2009年2月22日 (日)

ああ更新できない

もう更新頻度のことは諦めた。今の状態ではマメな更新なんて不可能だ。

というわけで、この間誕生日だったりしました。どうでもいいとは思ってきましたが、本当に当日も何の感慨もありませんでした。社会保険庁から年金加入の通知が来たり物理的な変化はありましたが、ほんとに全く何も感じません。

前にも書いたけど、世間の奴らの大人の自覚云々の糞発言は、ほんとふざけんなと思いますね。そういうことを言うならお前ら世代の人間全部を「大人」とやらにふさわしい人間に改造してからモノ言えよ、と。不可能だろ?んなことは。

二十歳だろうと年寄りだろうと、駄目な奴は駄目だし、いい奴はいい。「大人」かどうかなんて生きた年月じゃなくて常日頃からの心構えだという当たり前のことが理解できない頭の構造がどうなってんのか一回かち割って見てやりたい、ほんとに。

大体が小中高大と自分の頭を使うこともせず学校教育に浸かってきた奴が急に大人になんかなるわけないじゃん。しょうもない。


にしても。記事は更新されないのに昔の記事のコメント欄だけが増殖していくというのも奇妙なブログだよね。なんとかせねば。

とにかくマメな更新はもう少し待ってくれ。きっと時間の使い方がもっとうまくなるはずだ、もう少し経てば。一応目論見はある。もう少しで…。

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2008年12月15日 (月)

クリスマスの話と自己分析

やっぱりパソコンが使えないと更新する気が失せるんだよね。自分の文章の意味のなさ稚拙さに気を取られずに勢いで書くってことができないのよ、携帯は。書きかけてやめた回数、数知れず。打つのが遅いから途中で嫌になる。

色々考えてたことはあった。いくつかネタもあったし。でも「ああこれブログに書いたらいいなあ」と思ってもすぐ忘れる。あんまり捗らないからパソコンが来るまでは手書きで文章を考えることにしました。ちょうど無駄に漢字の練習も始めてたとこだったし。携帯よりは捗ります。

さて。この間考えてたつまんない話をいくつか。

世はクリスマスとかなんとかでイルミネーションもたけなわですが、毎度の事ながらフライング過ぎるよね。11月下旬からもうやってたし、日本人は待てなくなったなんてなことを最近よく耳にしますが、これもそのせいかしら。

キャラ的にはイルミネーションを見るたびに苦々しい思いをしてた方がいいんだろうけど、残念ながらイルミネーションには特に何の思いもない。むしろどちらかといえばちょっと好きなぐらいで。

というのも不幸な奴ほど他人の幸せとか華やかなものに腹を立てているというのは自明の理でしょ?私ぐらい幸せだと街がクリスマスモードだからってイライラしたりしないのよ。カップルが歩いていようと。家族連れが仲睦まじく歩いていようと。究極の自己肯定の末の平穏はちょっとやそっとのことじゃ乱れない。私って何でこんなに幸せになっちゃったんだろ。

まあそんなこと言って強がってるみたいに思われても嫌だから何でも正直に白状すれば、私だって寂しいとまったく思わないわけじゃない。時々人と話したいと思うこともあるし、恋愛云々にしたってそう。でもそれはクリスマスだからどうとかいう質のものじゃないわけです。

クリスマスに一人で寂しいというのはクリスマスは誰かと過ごすのが当然という常識があるから派生してくるものでしょう?私にはそんな常識ないもの。大体もし彼氏ができたとしてもクリスマスを一緒に過ごしたいなんてちっとも思わない。あんなものの何がいいのかさっぱり。

世のクリスマスムードに負けて一人が寂しいなんて思ってる奴には「そんなくだらないことに拘ってんじゃねえよ」と言いたいんです。一人の寂しさは普遍的なもの。でもクリスマスの寂しさは俗物の浮薄な悩みです。

だから私は残念ながらイルミネーションに憎悪を抱きながら鬱々としてるような生活を送ってはいないというわけ。でもツリーに火をつけて器物破損か何かで逮捕された男の言い分が「クリスマスの雰囲気に腹が立った」とかだったら間違いなく同情するけどね。イライラはしなくても好きではないクリスマス。わざわざ鬱積物を抱え込んだ人間を刺激するような雰囲気を作ることないのよ、一ヶ月も前から。

さて。二個目の話題。最近自己分析がはやりです。というか常日頃から自分の複雑怪奇な精神構造を見極めるのには余念がないのですが、さっきまた思いついたのが、私は自分の存在が軽んじられるのが死ぬほど嫌なのだということ。

自己分析なんてのはいつも何かに気づいて、忘れて、の繰り返しなのですが、今回はわりといい線いってる気がする。私が人と関わりたがらない理由として。

私はかなり屈折してはいるものの、自分が大好きなんです。私は私の事をいつも100%愛してる。でも他人は違う。自分にとっての100%が他人から見ると10%であったり50%であったりする。この落差に耐えられないわけです。それなりの会話。それなりの付き合い。自分が他人にとってのその他大勢に堕ちるあの感覚。ありえな~い。

私ほど私の事を愛してくれる人がいるか?私ほど私の事を理解してくれる人がいるか?いない。この自分への愛が強すぎるために、それより下回ることしかありえない他人の好意に自分を差し出すのが嫌なんですね。恐いと言ってもいい。私は私を傷つけないけどその逆はもちろん保証の限りではないからです。

イメージとしては、私自身が私の手を掴んで離さないって感じ。私も居心地がいいからその手を振り払ったりはしないというかできないというか。他人の評価が介在する余地がない分、絶対的で一生途切れることはないであろう自己愛。人と関わる煩わしさを考えればこの安定供給されている自己愛を手放す理由もないわな。

というか。もっと恐ろしいことを言ってしまえば他人なんて自己愛の邪魔、という考え方もできる。一人でいればまさしく上記の通り、安定した生き方が保証されてる。でもそこに他人が入り込んできたらどうなるか。私は今まで自分で供給してきた愛を他人に頼ることになるわけです。愛の自給率が下がる。何を言ってるんだろう。

60%が自己愛で40%が他者からの愛、なんて折衷案は私にはない。人と関わるとしたら「あんたに私の代わりができんの?私の代わりに100%私の事を愛してくれるのかしら」という話になる。なんというめんどくさい人間だろう。やっぱり一人でいるのが一番いいというのが結論。

なんだか更に一段階吹っ切れた気がする。誰も私の代わりなんてできんのだ。私が他人を求めるということはもはや自己愛への背信行為である。

ふふ。私は一人なんじゃなくて死ぬまで「私」と一緒なのね。もういいや、誰とも関わらなくても…。

こうやって書いてるとどんどん考えが極端な方へいくのよね。書き上げてみるとなんだか新しい悟りでも開けたようだけど、たぶん明日になったらまた忘れてるんだろうなあ。さっきも書いたけど自己分析ってそういうもんだからね。私だけかもしれないけども。

ああ疲れた。年末か年明けまではパソコンがないので、年内の更新はもう後二回か三回程度になりそうです。まあパソコンあってもその程度かもしれませんけどぉ、ごめんね。

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2008年8月21日 (木)

コミュニケーションに障害が

私ヤマハに通ってるんですけど。ああキャラが崩れる?似合わない?ま、エレクトーンを少々やってまして。

で、そのレッスンが(レッスンって響きが気持ち悪い、他に何かいい言い方はないかしら)木曜の3時半で私はそれを変えたくて変えたくて。図書館は空いてないし(寄れなーい)、3時半に行かなきゃいけないと思うとそれまでの時間が有意義に使えないし、次の日バイトだし。時間も曜日も最悪。じゃあ何でそんな時間にしたのかと言えば最初に「じゃあ木曜のこの時間でいいですか?」と言われて適当にはいはい答えてしまったからに他ならない。

私は人と会話をしているとつい、なるべく発話数を少なくさっさと終わらそうとするところがあって、最短距離を突っ走ってしまうのです。「はい」で済むことは「はい」じゃなくても「はい」と答えてしまうんです。聞き返したり、「いえ、○○でお願いします」なんてことはよほど準備していない限り言えない。それでいつも言えなかった後悔を抱えて溜息ばかりついているわけなんです。

それで今日やっと曜日の変更を言い出せたのですが、これを言うのになんと半年も掛かってしまいました。言い辛いことが言い出せないのは人間誰しもそうだと思いますが、私の場合苦手なのは発話そのもの。言い辛くもなんともないことが言えない。なんでもはいはい答えちゃってしかも自分から言葉が発せないなんて、これじゃあ人とコミュニケーションが取れないじゃないか!なんてことはずっと前から気付いてたけどね、うん気付いてた。

しんどい。人生自体がしんどい。誰とも関わらずひっそりと、以外に解決法はないのかしら…。

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2007年1月30日 (火)

私の傷の癒し方

なんかそれほど書きたいこと無くてもパッと更新できるような、便利な手抜き更新は無いだろうか。それを見つけないと果てしなく更新頻度が下がりそう。だって書くこと無いんだもん。

というわけでー、今日は私の愛すべきのなー(野中英次の略)にあやかって、自分の中のネタの大掃除をしたいと思います。魁クロマティ高校第1巻参照なんですが、のなーが書きかけのマンガを3つぐらい寄せ集めて1話にしてたんです。ここまで書いてほったらかしてあったとか言って。その時点でいい加減すぎますが。

だから私もそれを踏襲し、普段思ってるけどブログに書くほどでもなくて細切れになっちゃってた事を適当に2つ3つ。

この間オリキュンは水10に上がるほど面白くない、といった内容の記事を書きましたが、先々週ぐらいに一応初回はチェックしてみました。感想としてはやっぱねー、いまいち。理由は前回書いた通り、私がかっこいい芸人が好かんから。

まずあれがブサイク芸人だったら、ということを考えてみると分かるんだけど、ブサイク芸人はどれだけ町を歩いたってキスしてくれる人なんて見つからないだろうし、バスケのロングシュートに挑戦したって、あの藤森ほど盛り上がるだろうか。無理ですよね。

あの番組自体笑いというよりも「いやー、藤森君かっこいー」という女子層が対象な感じがする。なんか全体的に軽いし。流して見るにはいい番組だと思いますけどね。

っていうか今チンパンニュースにブラックマヨネーズが。嬉しいなあ、最近番宣女優ばっかりだったから。油断せずに見ててよかった。

さて、この辺で2つ目のネタにゴー。私にとって書くこととは。みたいなー。私は書くということには結構救われてますね。ただしここではなくて非公開の日記の方で。私はやっぱりここでは人に見られるという事で、どう思われるかという事に頭がとらわれて自然に思ってることを書く、という自分にはなれずにいます。

以前そういうことは気にせずにありのままを、という記事も書いたんですが、思いのほか誰かが読むということがプレッシャーになっているらしく、なかなか思っている事がそのままは出てきません。遅筆になりがちですし、言葉も陳腐なものになりがちですし、なかなか難しいものです。

でもいつか自分の書き方やあり方が確立されて、どう思われるかという縛りが外れた時、もっと自然ないい文章が書けるようになるだろう、と思います。ただ今はまだその呪縛から逃れられそうもありません。まだしばらくは陳腐な私で我慢です。

で、話を戻すと、私は書くということはすごく好き。自分の考えを整理できるし、過去のものを読めば今の自分が忘れているような事も当時の感情そのままに蘇る。今の私の何が問題なのか、できる事は何なのか、大抵の事は書いてしまえばあらかた分かる。

傷ついた時や行き詰まった時、自分が今思っていることを文脈なんて気にせずに、片っ端からガーっと書くと気分がすっとして、今までほんとに救われてきました。

ちょっと話が変わりますが、私自分の傷の治し方、立ち直り方はちゃんと知ってるんです。今までの記事の感じだと意外かもしれませんが、私はあまりひとつの事でずっと悩んでいるということはない。早ければ2、3日、長くても1週間もすれば大抵の傷は癒え、悩みは消滅する。

私が単純なのか大した悩みに直面したことがないのか、はたまたほんとに傷を癒すのがうまいのかは分かりませんが、とりあえず片っ端から書いて、泣けそうなら泣いて、後は時間の経過に任せれば、完璧です。

別に合理的な解決法が思いつくとかではないけど、考えてもしょうがないことは考えないし、傷の治し方を知ってるというよりは、目を背けるというか、何も求めないという心境に持っていくのがうまいのかもしれません。

欲しいものが手に入らないとか、今の自分にできないことをやろうとするとそれは悩みですが、今の自分に妥協して、多くを求めなければそれはもう悩みではない。ああだったらいいのにこうだったらいいのに、ということはクソほどありますが、そういう事から極力目を逸らし現状に満足する事が悩まないコツ、って私なんかの立ち直り方を3分クッキングっぽく述べてもしょうがないですよね。もうやめます。

それに解決と放棄は違う。私がしている事がどっちなのか、んー、微妙。でも手に入らないものをいつまでも欲しい欲しい喚いてたってどうにもならないわけだし。考えるべきことは考えるけど、どうにもならないものはどうにもならない訳で、そういう場合は考えないようにするって事だって立派な解決法だしー、ああ収拾つかなくなってきた。とにかく、私は書く事に救われていて、今はこれといった悩みはないと。

なんか悩みがないって言うと響きがバカっぽくてやなんですが、あえて言うなら私自身が悩みって言うか人生自体が悩みそのものっていうか、こう具体的にこれがこうだったらいいのに、という悩みはないっていうか、なんかもういいや。書きすぎました、今日は。つまらない事をつらつらと。こんな長く書くつもりなかったんだけど。

ふあー、なんか眠くなってきた気がする。もう今日は歯磨いてテレメンみて寝るね。おやすみー。

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2006年12月12日 (火)

サンタさんにお願いしたいもの

久々にまたトラックバック野郎のお題に答えてみようと思う。どうでもいいけど何でココログのトラックバックはこんなに男男してるんだろう。

で、テーマはお願いサンタさんクリスマスにコレくださいっ!だそうです。

因みに私は幼稚園児の頃からサンタさんを信じていた記憶がまったく無い。欲しいものは母親に言うと母親が夜中に枕元に置いといてくれる、と普通に思ってたのです。サンタさんを信じてないとなると、枕元に置くという行為に一体どういう意味があったのかが疑問ですが、それなりに楽しかった気がするので気にしないでおきます。

それで本題のサンタさんにお願いしたいもの。幼稚園時代ですら信じてなかったくせにお願いするのも気がひけますが、まあお題だしね。ズバリ言って時間と経済力

時間についてはここでも何度か書いてきた通り、まったく足りてない。新聞読みたい、映画も見たい、本も数冊溜まってる、MDも編集しなきゃ、とかなんとか。まあ時間が欲しいと言いながら早く寝れない起きれないというダメダメスパイラルから抜け出せない私にも矛盾があるわけですが。やっぱり何かしたかったら早く起きないとだめなんですね。

で、もう一つが経済力。コレについてはもう何年も前からその必要性を感じていた。別にウチが貧乏だったとかいう意味ではなく、自分を食わせていくって事は大変な事だと思うし、自分の衣食住を満足させられるだけの収入を自分で得る、という事には強い憧れがあったのです。

だからお金が欲しい、という事とはちょっと違う。毎月自分が暮らせるだけのお金を与えられれば満足、という事でもない。要するに家賃光熱費を引いて、少しばかり貯金に回せる分が残ってる、ぐらいの収入を自分で得る力が欲しいんです。私は前回の記事にも書いたように物欲はないし、お金を使うって事自体が好きじゃないので贅沢もしません。だから私が望むものはとても少ない。

でもそれを得る事はそんなに簡単な事じゃない。犠牲にしなければならないものもたくさんある。時間だってそうで、働いて経済力を得よう思えば時間は犠牲にせざるを得ない。時間と経済力ってのは反比例の関係なんですね。

まあだからこそ両方サンタさんにお願いするって事で。はー、私に向いてるいい仕事をお願いしますよサンタさん。やりたい事ができる時間もお願いしますよサンタさん。今まで信じてこなくてごめんねサンタさん。ついでに新しい恋も運んできておくれよサンタさん。

そういえばサンタさんなんて単語を発したのももう何年ぶりだろう。ずっとクリスマスなんて無視して生きてきたからね。久しぶりに世の中の行事に迎合しちゃった感じ?こんだけお願いしちゃったんで今年のクリスマスは少しはサンタさんに思いを馳せてみようと思います。

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2006年10月26日 (木)

投げ遣りな日記

前置きなんてまどろっこしいものは私のブログには必要ないのだー。なんて、思いつかないという事を巧妙にカバーした前置きをしつつ、今日はこのブログがあまりにも愚痴の割合が高くなってきた事を考慮し、たまには普通の話題で書いてやろうじゃねえか、ということで意気揚々と書き出したところでございます。

愚痴以外、愚痴以外でしょ、えーっと、えーと、えーと…。あはは。思いつきません。そんなお約束をかましている場合じゃない。本当に思いつかないじゃないか。じゃあなにか、あんたの頭の中は愚痴でできてんのか、と聞きたくなるような体たらくです。えーい、でも私は諦めませんよ。

そうだ、風邪薬ってのは何で効かないくせにあんなえらそうに宣伝してるんでしょうね。そりゃあ私だってきれいサッパリ風邪がその日から治るなんて事は期待してないですよ。でもそれにしたって緩和すらされてるのか疑わしいぐらいの効かなさ。でもかといって飲まなかったらもっとひどかったんじゃないか、とか言う考え方が出来てしまう所がたちが悪い。効かなかったということを証明する手だてがないんですもの。

えーっと、今テレビでぼったくり水道修理をやってます。ひっかかりたくないものですよねー。えーと、えーっと、ちょっと待ってくださいね。……ごめんなさい。もう無理です。何も書けない。何も思いつかない。わーん、泣いてなんかないもん。

というか、つくづく思うのが、何で私はこんなタイミングでブログを始めたのかと。正直考えうる非日常はすべて済んでしまっている。7月に約7年半通っていた場所をやめ、8月に高卒認定試験を受け、同月両親の実家に帰省し、9月には失恋。ネタの宝庫ではないか。

今待っている事と言えば、8月と同じ試験会場でなんの驚きも感動もない試験と、それに向かってしなければならない、したくもない数学と生物に向き合う日々。ネタもクソもあるかって思いません?思いますよね。うん、絶対思うはずです。

だから私のブログのクオリティが下がるのは仕方がないことなんです。同情の余地がありまくりなんです。寛大な処置を希望します。あなたの山よりも高く海よりも広い神憑り的なお心でもって…ああもうめんどくさくなってきた。

もう締めなんか真剣に考えてられるか、ってことで今日はこの辺で。こんな文章でも更新に時間を取られる自分に
辟易。今日も一日が終わる。

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