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2006年10月25日 (水)

私の遍歴

今日も明日も明後日も生きてくことがとっても辛いぜー。なんて、いい加減な前置きをしつつ、なんとなく煮詰まってきたので、私が何でこんなんになったのか、勝手に振り返ります。

私は自分が自分でいていいんだ、この人は私の事を好きでいてくれてるんだ、という心の底からの安心感をもう何年も得たことがない。たえず何かに怯えて何かが不安で。何でかなーと思ったらやっぱり私はある種の虚像を抱えていて、今本来の自分と他人からみた自分がなんか違う、という思いがあるからだと思います。

私は一時期妙なキャラで活躍していた時期があって、いわゆる所の男勝りというか、やれクラッシャーだの、やれ粗暴だの言われながら、暴力的なキャラで生きてた事があった。今の私では考えられませんが、周りの言葉に乗せられて私も調子に乗ってそのキャラを謳歌していたりなんだったり。暴言を吐く、あからさまに不機嫌そうなオーラを出して人を引かせるなど、そりゃあひどいもんでした。思い出したくない痛い思い出の一つですね。

最近ではすっかり丸くなって、かつての面影はなくなりましたが、やはりかつてのイメージというものは抜けきっていないような気がして、未だに強い人、サバサバしてる人などの部分だけが一人歩きしている感がある。私はそんな強い人間じゃない。私はそんなかっこいい人間じゃない。いつも自分の中でそう叫んでる。

私は今の人間関係は、私という人間のつまらなさ、かっこ悪さ、くだらなさ、、暗さなど、あらゆる欠陥がばれていない、分かられていないからもっているようなものだと思えてならない。私みたいな人間のありのままを知ったらみんな離れていくに決まってるんだ、という考えがどうしても抜けきらない。自信なんて数年前からとんと見かけなくなった。どこへやったっけなあ。数年前までは確かにここにあったはずなのに。探したら押入れの奥とかから出てきてくれないかなあ。

私は実はこんな性格が如実に表れだしてから結構日が浅い。気がつけばもうずっとこんな性格で生きてきたみたいな顔してるけど、4、5年前までは訳の分からないキャラで能天気に生きてましたからね。まあその頃から気質的には今みたいな人間になる兆候はあったのかもしれないけど。それでもその頃の私は今よりずっと強かった。いつからこんな弱体化したのかサッパリ分からない。

なんかきっかけは知人に「プラス思考過ぎじゃない?」って言われた事だった気がする。当時の私はそれが結構ショックで、ああそうか、私はプラス思考過ぎるんだ、とものの見事にそのまま受け取り、それから物事をいい方に考えなくなった。いや、ちょっとあんた単純すぎやしませんか。まあもとからそういう気質があってのきっかけに過ぎないとは思うんですけどね。

なんかそれを指摘された事によって、物事をいい方に考えてそれを信じて疑わない事の滑稽さを悟ってしまったように思う。自分が今までいかに愚かであったのか分かった時、子供ながらに恥ずかしかった。もうそんな恥ずかしい思いはするもんか、という発想が今のとりあえず最悪の結果を想定するといった行動につながっているんだと思う。私はわきまえている、身の丈以上の事を期待したりしないんだ、ということを誇示することによって過去を汚点を清算し、恥をかかないように、傷つかないように必死になっている。

傷つくことを避けようとすればするほど苦しみ、でも怖くて前が見れない。いやー、もう困った。どうやって生きていけばいいんでしょう。

なんかよく分からない内に色々と書き連ねてしまいました。こーんなもん誰が見て面白いって思うんだろう。まあ所詮はこんなもの自己満足に過ぎないんだから、その手の疑問はもう放っておこう。

生きてるだけで誰かしらに迷惑をかけているなんて考えは、自分の影響力に対する思い上がりなんだろうけど、それでも生きててごめんなさい的な感情を払拭できないでいる。そういえば生きる価値的なこともろくに向き合わずにここまで生きてきちゃったなあ。その内この場を借りて向き合ってみたいと思います。

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