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2007年1月25日 (木)

自分自身を強制終了

最近起きるのが辛い。もう何回も聞いたよとか言われそうなんですが、最近は特にひどいんです。

私の好きな作家に町田康という人がいる。この人はもう世の中の営みからこぼれ落ちていく人間の悲哀、みたいなものを書くのがこれでもかってぐらいうまい。だからめちゃくちゃ好きなんですが、今までこの人の話に触れなかったのは、何となくこの人の事を書くなら軽い感じではなく、どこがいいのか吐き気がするぐらい煮詰めて書いた方がいいんじゃないかと思えたからです。でもまあそこまで思いつめなくてもいいか、という心境になってきたので、今日は気に入った部分を少しだけ。

一応冒頭の起きるのが辛いって部分にも繋がるんですが、町田の小説のもう今日も酒を飲んで寝てしまおうという場面で、町田は「自分自身を強制的に終了してしまおう」という言葉を使っていたのです。ああもうこの人すげえなあと。正直読んだ直後より今の方がきてます。

寝てしまえば自分という人間をやらずに済む。まさに強制終了ですよね。そこにもう一刻も早く自分という人間を終了してしまいたい、という感情がありありと表れていてなんかいい。

で、私の場合も寝るじゃん?でぇ、起きるじゃん。もうなんか起きるって動作が最近辛くてしょうがないの。町田の言葉の逆を言うなら自分自身を起動したくない。もうずっと終了したままにしておきたいのね。ただ眠いから起きたくないとかそういう事だけじゃなくて、なんていうのかなー、もう自分という人間がこれから起きてすること、それを想像するだけで鬱になってくる。

飯は食うよね、とりあえず。で、録画したビデオでも見るのかな。後はほら、新聞とか片付けてー、ってつまんねえ。その動作には何の価値も無い。そのほかにも自分が考えそうなつまんない事とか先取りして考えてみたりすると、なんかもう吐き気だよね、すべてが。吐き気と鬱って言葉がずっと頭の中をぐるぐるしてて1時間ぐらい布団の中でうだうだしてました。

で、やっとの思いで布団から這い出して、飯食って、ここでうだうだ書いてたら、あら不思議、もう外が真っ暗だー、あははははー、笑っちゃうね。

強制終了の究極の形は死ですよね。でも私は漠然と死について考える事はよくあるけど、本気で死のうと思ったことはまだ1度も無い。なんだかんだ言って、私は人よりは恵まれているからね。幸せなはず。

もうなんか疲れてきました。とりあえず、これからも日々自分自身を強制終了しつつ生きながらえる所存です。なんか急にこの強制終了ってフレーズが気に入っちゃったもんで、たぶんこれから結構使います。

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