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2007年2月 5日 (月)

絶望を希望する

寝起きです。こんな時間にね。もういやんなっちゃう。

なんか段々暗くなっていく部屋で、布団の中に臥していると、ちょっと現実離れした気分になってくる。

このままこうしていれば誰かが闇の中に引き込んでくれそうで、このままこうしていればもう一生起きなくてもいいような気がして。

でも私は普通に起きた。起きて早々電気をつけ、現実に向き合う。今の私じゃ闇の中にいったところで眩しがられ、疎まれる。でもこっちの世界で認められるほどには明るくない。

絶望には年季がいって、希望には体力がいる。今の私にはどちらも手に入りそうもない。そして私の勘だと希望に耐えうる体力をつけるよりも、絶望を積むことの方が私に向いてる気がするんだよね。私はこれから前向きに一生懸命生きるけど、でも私は幸せよりも辛い思いをいっぱいすりゃあいいなあと思う。

人間幸せなだけじゃバカになるし、これからいっぱい辛い思いをすれば絶望しても文句言われない。なんか後ろ向きにも聞こえるかもしれませんが、私は十分前向きです。別に今ある希望を否定するわけではないし。ただそれらをちゃんと検証して、絶望に磨きをかけたいと、そういうことなのです。

私にとって辛い思いをするということはコンプレックス解消の手段でもあるのかもしれません。もっといっぱい辛い思いをして悲哀を知れば、私だって少しはマシな人間になれるかも。ここ1年ぐらいかな、そんな事考えるようになったの。

なんかさすがにこの時間に起きると感覚くるいますね。昨日の夜中の続きみたい。今がどっちの6時なのかちょっとあやふやだもん。

そういえば、今日布団から出るとき私が無意識に発した言葉があった。なんとなく書いておきたい。「私には光なんて必要ない」。なんなんでしょうね、こういう言葉を無意識に発する心境って。自分でもよく分かりません。

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