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2007年5月19日 (土)

今日の太田総理

見ました。太田総理。結論から言ってしまえば今日はちょっとがっかりです。今までずっと、太田総理が始まってからというもの、太田の考えに共感し、この人はこっち側の人だな、と嬉しく眺めてきました。でも今回のマニフェストは最悪。太田の事は教育問題や憲法9条についての話などを聞いて以来すばらしい人だと思っているので、これだけで嫌いになるって事はありませんが、やっぱりちょっと残念でした。

メタボリックシンドロームの議員は辞職、タレントは出演禁止とかいう内容でしたが、私はメタボリックシンドローム自体がうさんくさくてしかたがない。どういう根拠があるのか知りませんが、急に出てきたものにみんなが飛びついて、必死にメタボリックかそうでないかを気にしてる様っつうのは滑稽というかなんというか。

何でそうなのか、誰が言っているのか、そしてその根拠はなんなのか。そういうことを一切無視してメタボリックメタボリック騒いでいるようにしか見えんのですよ。

確かに健康は大切です。健康でいるに越した事はない。しかしその健康ばかりに気を取られて、他の事がおざなりになってしまうのもこれどうかという話なのです。

例えば心の健康、太っている権利、タバコを吸う権利、病気になる権利。体の健康もさることながら、個々人が自分らしく在ることだって十分尊重されるべき事のはずです。最近の喫煙者は犯罪者だとでも言いたげな禁煙運動や、今回のような太っていると病気になりやすくなり医療費がかかって迷惑だ、とはばかりなく言ってしまうデブ=悪の風潮も、行き過ぎだと言わなければなりません。

大体集団の迷惑になるからといって個人に自制を促す姿勢というのは最低です。確かに最低限自分の健康に気を配るということは必要でしょう。でもそれは自発的に行われるべきものであって、病気になったら医療費がかさんで迷惑をかけてしまう、なんて個々人が遠慮したり迷惑をかけないようにビクビクしあうような社会はろくなもんじゃありません。

健康は大切ですが、それは絶対的な価値として個々人に奨励するような性質のものなのでしょうか。自分の好きなようにできる権利もあるのでは。禁煙ではなく分煙を。介護予防を押し付けるのではなく安心して介護を受けられる環境を。病気になるなという圧力ではなく、個々人が自分らしく在る事のできる社会を。メタボリックになったらどうしようなんてビクビクしながら暮すより、好きなものを食べて心が健康であることの方が大切です。

そういう社会環境の下で個々人が高齢化や国家の財政危機などのことを考えて、自発的に自分の健康を気遣うのならそれはすばらしい事だと思います。集団は個人に何かを強いるべきではない。いくら国の財政が苦しかろうとも、安心して病気になれる社会の在り方は大切です。ですから集団や政府はあくまで個人にお願いをするというスタンスでなければなりません。「デブは金が掛かって迷惑だから痩せろ」という強硬な姿勢ではなく「実は今国の財政は大変厳しく、もしよろしければ医療費抑制にお力をお貸しいただけないでしょうか」というのが本来の話ですし、それだってもちろんこっちには断る権利があります。

それにメタボリックは本当に信用できませんからね。ほんとに痩せたら医療費抑制に繋がるのかも怪しいもんです。ああいうぽっと出のものをあっさり信用してさもずっと昔から知っていたかのように振舞う人たちってのはほんとに滑稽。もっと色々と勉強してメタボリックの嘘や矛盾を暴きたいと思います。

とはいえ、こういった独善主義に陥りがちなのはメタボリック云々に限りません。環境問題にしろ政治問題にしろ、なんかそういう活動って自分達がやっていることだけが正しいんだという独善主義に陥りがちですよね。

環境問題についていうなら、例えば食品などで、中国から運ばれてきた物と国内から運ばれてきた物ではそこに運ぶまでの燃料の消費量が違いますから、国内から運ばれてきた物の方がCO2の発生量が少ないという事が言われます。でも、値段では中国産のほうが安かったりするので、そうするとお金がない人は中国産を買う事になる。この時環境にいい事をするのが何にも勝る正義なのだという発想があると、個々人の金銭状況を案じることもなく、国内産を買うことばかりを声高に訴えかけるような事になってしまう。

このように、確かに環境にいい事をするのは正しいのですが、それが個々人の状況を無視したものになってしまうと押し付けになったり、強制になってしまったりする。だから何をするにもその事だけが絶対的な正義なのだ、という独善主義はできる限り押さえるべきであると考えます。

そういう理由で、前述のメタボリック論争も腹が立つことしきりだったわけです。健康は大事ですが、そのために個々人の私生活にまで立ち入ってあれダメこれダメと詮索する事が許されるのか。そしてもしそれが医療費抑制の名の下に許されてしまうのだとしたら、私はそんな社会は嫌だと心底思う。

医療費の増大や要介護者を迷惑だと捉えるような考え方は私は非常に怖いと思うんですね。人間生きてれば病気もするし、年を取れば介護が必要になることも当然あるわけですから、もっとそういう事に寛容になれないものかな、と思うわけです。

病気をしないように、迷惑をかけないようにと思いながら生きていくのは苦しい。自己否定感情が強い人ほど苦しむのではないでしょうか。「私なんか医療費を掛けてもらうほどの価値があるのだろうか」とか考え出したらきりないですよ、ほんとに。

私はまだデブっていうほど太っちゃいませんが、もし私が太っててその事によって病気をしたとして「ほら見ろ、だからデブは医療費ばっか掛かって迷惑なんだよ」とか言われたら普通に死のうかと思いますね。病気になる権利は誰にだってあるのです。太っている権利も。自己管理がどうのとか言いますが、それが出来ないからってなんだっつーの。それはそれで人間味があっていいんだい。文句ばっか付けんじゃねえ。

というわけで、別にそれをひけらかしたいわけではありませんが、私はデブに対する偏見はありません。太っていようが痩せていようがそれぞれの生き方、在り方を尊重すればいいのです。どうしても健康上直して欲しい時は押し付けではなく丁重にお願いするという姿勢が大切です。個人の在り方を変えてもらうにはそれなりの態度が必要ですからね。健康は無条件に人の在り方を変更できるほど絶対的な権力を付与されたものではないと思うし、そんなものであってもならないと。

また長く書いてしまいました。最後に長文を詫びるのは何度目なのか。もう次から謝るのはやめます。こっちは書きたいことを書いてるだけなんだし。それではそろそろ寝ようかと思います。

前回言ってた映画ブラッドダイヤモンドや共謀罪集会の事は当面は書かない可能性が高いです。なんか時間経っちゃったしー。というわけなので、また思うところがあれば随時更新します。当たり前か。それではおやすみなさい。

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