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2007年6月30日 (土)

昨日の太田総理について

アクセス数があ、アクセス数があ!今までこのブログがどれだけの低空飛行だったか知ってます?昨日の夜から今日の昼まででもう私が完全にびびっちゃうようなアクセス数を記録してます。昨晩の太田総理は思いのほか波紋を呼んでいたようですね。私のまったく希望しない方向に、ですが。

平岡バッシングが物凄いことになっているのをあの記事を更新してから知りました。平岡秀夫で検索しても出る記事出る記事バッシングの嵐。これでは私まで被害者感情を無視した鬼畜のように言われてしまいますねー。私はあの人いい事言ってると思っちゃいましたし、それを昨日の記事でも書いてしまいましたからね。

あのバッシングの中で平岡秀夫いいこと言ってるなんて書いた私の記事はきっと浮きまくりなんでしょう。このアクセス数もその好奇の目プラス軽蔑しきりみたいな事で記録されたんでしょうか。

でもねえ、私は考え方を変えるつもりはありませんよ。だってこれ以上多数派の横暴を許せませんもの。平岡さんは確かに配慮に欠けていたかもしれないけれど、だからといって自らの偏った考えを棚に上げ、こちら側に対して被害者のことを考えてないじゃないか、なんていけしゃあしゃあと述べるような人間がのさばってるこの世では、私は書かねばなりません。

まずね、偏ってるって何なの。私今日は頭に来てるんで全般的に口が悪くなるかと思いますがご容赦いただいて言わせていただくと、てめえが言えた口かよ、と。偏ってる?あんたらにだけは言われたくねえわ。人に対して偏ってるというのなら、自分は公平な目でもって世の中を見れていることが大前提でしょう?

自分は加害者の側にも配慮した意見なんてのとは一切無縁なくせして、こちらが加害者を守れば被害者を無視してると喚く。じゃああんたらはどうなんだ。加害者を無視してるじゃないか。こんな横暴な理論がありますか。そもそも加害者にだって人権があるというごく当たり前のことすら理解できないような人間に、こちらの考えを偏ってるだの被害者を無視してるだの言う資格なんてないんです。それが言いたいのならそちら側も加害者の人権を配慮したような発言を心がけるべきでしょう。

平岡さんの問題となってるシーンは私も見てましたが、平岡さんの言っていることは間違ってはいなかったと思います。ただ被害者の方に直接言うには配慮がなかったと言わざるを得ないし「死んだってその人は帰ってこないんだよ」とか「じゃあ死ねば満足なんですか」的なことは本人に言うにはきつすぎる言葉であることは私も分かります。だから言ってる事は間違ってないけどそれを本人に言っちゃあ、と私は思いました。結局それが自分の事は棚上げ軍団からのバッシングの糸口を作ってもしまったわけですから。

でもそれはあの番組構成にも問題があると思いませんか。被害者の方を連れてきちゃったら、加害者側の人権を守ろうなんて言ってる人は何を言っても悪者じゃないですか。そうやって何を言っても被害者の事を考えていない、被害者感情を無視してる、なんて言われるようなフィールドに人を上げる事自体がフェアじゃない。とても姑息な方法だと思います。被害にあっても加害者に更生してほしいと思ってる被害者の方だっているわけですから、そういう方をもう一人呼ぶとか、そういう風にしないとこっちが一方的に悪者になるだけですよ。

で、その番組構成にそのまま流されてバッシングに走ってしまうような人がいるんでしょ。話になんねえよ。大体他の人と同じような事を言ってどうしようというのでしょう。別に私は気をてらう意味でこのような考えを表明しているわけではありませんが、他の人が散々言ってる事なら、ああみんな言ってるからもういいやって思いません?だってあなたが言わなくたって他の人がもう言ってますから、同じような事をね。

どうしても書きたいならもう散々言われてますが、みたいな前置きをするとか、さも自分が初めてこう考えたんだ、みたいに言ってるのを見るとちょっと笑ってしまいます。他の人がもう言ってる意見を声高に言うのって意味あるんですか。多数派の示威行為?これはこの件以外にも言えることですがね。平岡さんの配慮のない発言よりも、自分が常日頃からどれだけ傍若無人な発言をしているのか考えてみたらいいよ。

私は常日頃から犯罪は個人の責任だけに還元できるものではないと明言しています。それが子供ならなおの事、家庭環境や、社会環境に押し潰されてしまう事はままある。ですが今回の事で、他の人のブログを検索して読んでみてもそうだし、太田総理での竹山の発言を聞いてもそうだし、要するにそれがなんなんだ、とそっち側の奴は言うわけです。

だからなんなんだ。家庭環境が悪くたってちゃんと育つ奴はいるじゃないか。そんな事は罪を軽くする理由にはならないよ、と。

頭が痛くなります。このセリフに潜んでいるおぞましさに皆様はお気づきでしょうか。こんな人間が多数派を占めている世の中に私はゾッとします。ほんとに背筋が寒くなる思い。

あなた方が言っている事はこうです。虐待をされたってちゃんと育つ奴はいるんだから、犯罪に走るのはお前が弱いからだ。いじめを受けたって死なない奴は死なないんだから自殺するなんてちょっと精神がたるんでるね。受験のプレッシャーぐらいで何なの。そんな事で親を殺すなんてどうかしてる、弱過ぎる。そんな弱い人間は死刑で当然。社会にはお前みたいな弱い人間はいらねえんだよ。

そういうことでしょう?あなた方が普段言っているのは。強い人が、環境によらなかった人が一人いたら、私たち弱い人間はみんなそれに合わせねばならないのですか?居場所がなく拠り所もなく、押し潰され踏みにじられされた挙句人を殺せば我関せずなのですか。あなたのせいではないのですか。普段から人を差別してませんか。人をふるいにかけていませんか。そのせいで人殺しに走った人はほんとに一人もいませんか?

このように、普段あなた方が発している暴言に比べれば、平岡さんの配慮のなさは100倍ぐらいマシです。自分の考えが全てだと思ってるというような批判も見られましたが、私に言わせればどっちがだよという事になります。自分の偏りきった考えを棚上げし、人の考えを偏っているとなじる。人間として最低です。

想像力がない、人としての柔軟さがない、自分の正義が全てに適用されると信じて疑わない、相手の意見を聞かない。それがあなた方です。私はあなた方が怖い。太田総理の投票によれば、9割がたの人間が人殺しは死刑で当然と思い込み、9割がたの人間が自分が正義の鉄槌と信じて疑わないものを加害者に向けて全力で振り下ろしてくる。そんな状況じゃ私は被害者に寄り添えません。

だってそうでしょ。あなた方は偏った見方で加害者を断じるのが許されているわけですから、もうその時点で世論自体が偏ってるんです。そんな時に私が「被害者の心情も考えなきゃね、そういう法律を作ろう」と一歩でもそちらに歩み寄れば、その時点で加害者はリンチにされて殺される。そういう恐怖感、危機感が私にはあるのです。

私は被害者の心情を無視していいなんて言っていない。事情があるから殺しても仕方がないなんて言ってないし、責任を負う必要がないとも言ってない。こちらの言葉の意味を曲解し加害者を殺してもいい人間に仕立て上げようとするのは即刻やめていただきたい。あなた方が想像できようとできまいと、加害者に人権がある事も、犯罪に至る経緯を知る必要がある事も、死刑が人道上問題がある事も事実です。加害者が何をしようと、死刑を認める理由にはなりません。

私は今回の事は多数派の卑劣な言論統制であると考えます。まず相手の意見を冷静に聞く。その上で世論はどう動くのか想像してみる。そしてそれが多数派によるリンチになっているとしたら、じゃあ自分はやめておこうぐらいの自制心は持っていただけませんか。そうでなければ少数派はものが言えなくなる。あなた方は数に守られているいわば温室にいるのだという事をもう少し自覚した方がよろしいかと。

私は加害者をあなた方には殺させません。あなた方の想像力の欠如を加害者に負わせるわけにはいかないからです。世論の力は大変強い。だから私はこんな中で裁判員制度を入れるのには反対なのですが、決まったものは仕方がない。どうせあなた方は死刑を乱発するのでしょうね。被害者も法廷に乗り込んで報復裁判を作り出すでしょう。でも私は加害者を守ります。9割がたの人間が被害者に偏っている状況で、果たして私の態度が不公平だと批判できる資格を持った人間が存在するでしょうか。無理ですよね、自分の事を棚上げしなきゃ。

いずれにせよ、今回の事で私の考えは大声で表明したら投石ものなのだという事がよく分かりました。私がマイノリティたる所以もね。コメント欄を設けてたら完全に炎上してたでしょう。でも最後に言っておきたいのは、私だって被害者の事を考えなくてもいいなんて言っているわけではないという事です。私がここで被害者の立場についてあまり述べなかったのは、そちらが9割の圧力で加害者に死を迫ってくるからであって、それから加害者を守るにはこちらも被害者と加害者を同じ比率で論じていては手緩くなってしまうという事情があるのです。

ですから私は、被害者の人権も加害者の人権もどちらも同じように守っていかなければならないものだと思っています。同じようになんて表現を使うとまた棚上げ軍団に怒られそうですが。

とにかく殺されていい人間も人権を軽視されていい人間も存在しないということです。加害者だけの人権を見ているわけでも何でもないんですけどね。私の今回のこの文、かなり感情的で攻撃的な文章になっている事を認めます。ですが普段からあなた方が加害者に投げつけている暴言などに比べたらかわいいものかと。偏った見方に対して偏った見方で応酬するというのは子供じみているかもしれませんが、今の私はまだそこまで大人になる事ができません。まだ10代ですから。

そちら側の方を侮辱するような文言も含まれていたかもしれません。一応謝っておきます。申し訳ございませんでした。

7月2日追記:この記事に直接飛んできた方は、できればこの後の多数派の暴力も読んでいただけるといいかもしれません。この記事の方が比較的被害者の方の事も書いてあるので、私がただ単に加害者徹底擁護を主張しているわけではない、という事が多少なりとも分かっていただけるかと思います。長文なので無理強いはしませんが。リンクはこの記事の下にあります。

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» 少年法は廃止していいものか? [リシングルダメかーさんの「とほほ」日記]
結論から先に言おう。「反対」である。今回は、議論の前提が「事件の真犯人が被疑者の少年である場合」であったので、反対側は「加害者の擁護」にのみ焦点を置いた形になったのだろう。アタシの反対理由はまったく別の所にある。「ウチの子は何かやらかしそうだから」?(ソ....... [続きを読む]

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