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2007年6月30日 (土)

クソマニフェスト再来

いやあもう腹立った。何って、今日の太田総理の事ですよ。あのカンニング竹山のマニフェスト、少年法を廃止しますってやつね。以前のメタボ議員はクビ法案から更にひどくなってます。もう今回の何が嫌だったって、太田が賛成に回ったこと、これ以外にない。あの人殺しがのうのうとテレビに映ってるのも心底嫌だったけどね。あの戸塚のことよ。

もうあんまり腹立ったから、番組終了後ですが、番組ホームページから意見を送り付けてやりました。以下その内容。

カンニングの竹山さんはじめ賛成席に座っていた方々は、殺人という犯罪がなぜ起こるのか、という事に思いを巡らせた事がないのだろうと思います。片一方ではこうあるべき、こうあらねばならないという考えを押し付け、加害者予備軍を作り上げておきながら、もう一方では事件の責任を本人に押し付け死刑も辞さないと嘯いている。これは明らかに論理矛盾ではないのでしょうか。もう少し社会全体の責任、ひいては自分自身の責任という事も考えてみるべきだと思います。賛成に回った太田総理にがっかりしました。

多少説明不足感はありますが、まあまあでしょ。ここで書くより丁寧ですよ、ここじゃあ竹山にさんなんて付けません。あんな奴は呼び捨てで十分だっつうんだよ、ほんとに。ああもう腹立っちゃって腹立っちゃって。

じゃあ厳罰化で反省を促せるのか、再犯を防げるのか。そういう管理的な方法でうまくいかなくなって犯罪を犯してしまったのに、刑務所の中でまたそういう方法で何とかしようとする。学習能力もへったくれもない。

それにしてもあの民主党の平岡秀夫って人はいい事言ってたなあ。あの高慢ちきな金に向かって「自分の責任じゃないみたいに言わないでくださいよ、あなただって大人なんですから」って言ったのはもうほんとすっとした。私が言いたかった事を分かりやすくビシッと言ってくれて素晴らしかった。

で、その平岡さんの言うように自尊心ってのはやっぱり大切だな、と思います。どうせ自分なんて社会にとって、また親にとって何の価値もない人間なんだ、と思って捨て鉢的な気持ちになってしまう事から、犯罪の芽が生まれる。だからまずはその人の存在を認めて、その上で反省を促し、ある程度の刑罰は受けてもらうというのが必要だと思うんですよね。

こういう事を言うとまた加害者の事ばかり考えているとか言われてしまう訳なんですが、でもやっぱり被害者の権利を望むなら被害者の権利を守るような法律を作っていけばいいわけであって、加害者の権利を剥奪する事によって同じ立ち位置に戻そうとするのはかなり強引な考え方でしょう。

日本の法律は復讐を認めていないし、裁判は報復の場にしてはならない。被害者の感情は尊重すべきものですが、だからといってそれを満たすために加害者を痛めつければそれでいいというものでもないでしょう。犯罪が凶悪な事と加害者に何をしてもいいという事は繋がってはいない。

国による死刑の執行は世の中には殺してもいい人間がいるというアピールになってしまう恐れがあり、人の命は大切なんだという言葉自体も説得力を失います。人間の命は何にも代えがたい大切なものだ、という事が言いたいのなら、どんな人間の命だって大切にすべきです。人を殺すような人間は国が殺してもいいという事なら、次はどんな人間が殺されて当然になるか分かったもんじゃない。

何故、という所を掘り下げていけば同情の余地のない犯罪者なんているはずないんです。それが子供なら特に。個人の責任に押し付けて死刑なんて事はあってはならないし、家庭的な雰囲気の中での更生という少年法の趣旨も尊重すべきです。

確かに被害者の事は常にきちんと考えなければならない。けど最近は報道も世論もあまりにも被害者に偏りすぎてるから、私も加害者の事を必死に庇わなければならなくなるのです。加害者が犯罪を犯すまでの過程をあまりにも誰も見ようとしないから。

自分だって加害者になるかもしれない、ぐらいの想像力を持ち合わせてたら、加害者の人権や社会復帰にも考慮した世論になっていくと思う。まああの少年院の1、2年で出てこれるってのは短すぎると私も思いますが。ある程度の期間刑に服してもらうという事は被害者感情からも更生の観点からも必要だと思います。でもそれと少年法を全廃するのとは全く次元が違いますから。刑務所で管理しても更生はできません。

最後に、竹山が反対席の民主党の人に「子供だって犯罪を犯さざるを得ないような状況に追い込まれているんですよ」みたいなことを言われた時に「そういう状況ってなんですか?」と聞いていたのが非常に印象的でした。まあ率直に言わせていただくとそんな事も人に聞かなきゃ分かんねーならこんなクソマニフェスト持ってくんなよという事になっちゃいますかね。想像力なさ過ぎでしょう。

被害者本人が加害者に対して感情的になるのは当然と言えますが、そうでない人までが第三者的な立場を超えて被害者にばかり同調するのは、やはり人を殺すような人間は自分達とは違う世界の人間なんだ、という考えがあるからのように思えます。そういう偏見がなくなれば厳罰化ありきの世論も変わってくれると思うんですが、なかなか難しいでしょうね。

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