« 政治と小嶋よしおのコラボ | トップページ | 私は卑屈 »

2007年8月 3日 (金)

松本再考

ええ今日は松本の話です。ダウンタウンのね。

大日本人を観てから何となく気になり始め、一体どういう人なんだろう、との思いから松本を追いかけてきました。それは以前ここで書いた通りです(今思えばイッタい記事ですけどねえ。別に読んで頂かなくとも話は繋がると思いますが)。

最近の音楽やアーティストには何の興味もないのにHEY!HEY!HEY!を見たり、ゲストがどれだけウザくても我慢してダウンタウンDXを見たり、他の番組を録画して放送室を聴いてみたり色々してました。

で、その延長でこないだ図書館で本を借りたんです。松本の「遺書」と「好きか嫌いか」を読みました。これはねー。遺書はわりとサックリ読めたんです。語調も一貫してたしある種のフィクションというか、「センスとオツムがない奴に俺の笑いは理解できない」とかそんなことばっかり書いてあるんですが、この人はこういうキャラで書いてるんだなあ、というか偉そうなのがわかりやすい分許容できるとでも言いましょうか。

でも好きか嫌いかに関してはまったくダメでした。私の嫌いな奴の3大条件として、せっかち、すぐイライラする、待てない、というのがありますが松本はそれ全てを兼ね備えていたのです。

ほんと嫌いなんですよ、何をそんなに急ぐ事があるのかサッパリ分かりませんし。例えば松本が行列のできるラーメン屋の話をしてた時に、食べるの遅い奴は来るなとか言ってましたがああいう考えもまあ嫌いです。

自分はああいうところで食べる時は早い、煙草なんてもってのほか、人が並んでるんですから…。(松本)

まあ間違っちゃいませんよ。でもうっせえなあと思ってしまいます。誤解のないよう言っておくと、私もそういう店に行ったら次の人を待たせないようになるべく早く食って早く出ます。でもそれを人に求めるか?といえば答えはNOです。

自分はそういう回転効率の事が頭に入ってるというのなら、自分は気を付けよう、と勝手に思ってれば済む事じゃないですか。それを食べるのが遅い奴にイライラしたり、回転効率なんてのは一面の正義に過ぎないのに、それが唯一の正義だと思い込み、それを阻害するものを口汚く罵っているわけです。こういう人が今の健常者中心の世の中を形作っているのではないかと思う。

混んでる店内でマンガ読んでる奴がいたから、連れとそいつを挟んで座ってわざと大声で話してやったとか、やることが陰険ですしね。俺がやってるんだからお前もやれよ、というのは人間としてとっても浅ましい。その漫画の奴は非常識ですが早さ効率第一人間もどうかと思います。金さえ払えばそのラーメンを自分のペースで味わう権利があるわけでね。早く食える人が早く食ってその人の分まで回転効率を高めてあげればいいじゃないですか。ちっちゃい男。

そういうムカつきがあの本を読んでいると随所にあって、読み終わった時には松本が嫌いになってました。映画一本面白かったからってうっかりついていったらどんでもない事になりますね。ああいう人は何か障害でも負って自分の思う「効率的」な動きができなくなったらどうするんでしょう。突き飛ばされたり舌打ちされたりしながら自分は間違っていたと思うのでしょうか。それとも「迷惑」をかけることに耐えられなくて引きこもる?

とりあえず松本の評価は今までの「面白いけどあんまり好きじゃない」から「面白いけど嫌い」になりました。やっぱり私の顔で人を見抜く能力はそれなりのもんです。あの顔で私が好きになれるような人間のわけないもん。映画に惑わされてはいけませんね。

私は「松本ファン」ではないということをここに公言しておきます。幻滅されたくないですから。大日本人は好きですけどね。もう一度あの大佐藤を松本だと思って観たら評価も変わるかなあ。本人曰く後半はもう自分そのものだったらしいので。

|

« 政治と小嶋よしおのコラボ | トップページ | 私は卑屈 »

お笑い芸人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/191322/15993704

この記事へのトラックバック一覧です: 松本再考:

« 政治と小嶋よしおのコラボ | トップページ | 私は卑屈 »