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2008年2月19日 (火)

無題

このあいだの16日で19になりました。世界中の誰よりもこの私が「だから?」と思っております。今まで生きてきた中で一番どうでもいい誕生日でしたね、まったく。18だろうと19だろうと私にとっては同じこと。誕生日に対する飽きもここら辺で極致に達しており、来年からはそろそろ自分の誕生日を忘れる事にも挑戦してみたい。20が節目だなんて常識も私には関係ないので。

とりあえず今日は近況報告でもたらたら書いてみようかと思ってるんですが、まず太った。バイトを始めればそりゃあ痩身効果もバッチリだろうと思ってたのに、早く起きたら起きたで物を食うので、今までどおりの朝起きないから朝飯食わねえ生活ができなくなり、結果従来より摂取カロリーが増えてんじゃないかと思います。困ったなあ。でも身長と体重から計算できるBMIとかいうのによれば53キロまで大丈夫らしいのでまあいいか。

バイトの方はまだ慣れません。バイト前日は夕方過ぎたぐらいからイライラし始め、溜息の数が尋常でないぐらい増えます。なんなんでしょうね、際立って性格が悪い人がいるわけでもないし、前にも書いたように職場環境それほど悪くないはずなんですが。でもまあ強いて言うなら性格がよかろうと悪かろうと世間一般の普通の人間というのはやはり私に嫌悪感を抱かせるには十分過ぎるほどの破壊力を持っており、普段は軽蔑しているような人種に囲まれて仕事をするって事はやっぱそういうことなのかなあ。

あのマジョリティ特有の鈍感さ残虐さ傲慢さ。世間にでればあんな人達しかいないのは分かりきっていたこと。私の言語が通じ、ある程度の価値観が共有できる人間との出会いなんてこの先そうない。最初から諦めているしバイト先でのそんな出会いなんて1%も期待してない。だから普通の人ばっかりなんて当たり前の事を今更愚痴る気もなかったんですが、やっぱり疲れる。贅沢すぎると分かっちゃいますが意地くそ悪くなければ何でもいいというものではない。

こうして書いてみて分かりました。私が嫌なのは自分の仕事が遅い事でもなんでもなく、あの人達そのものなんだ。そうか。でもあんな程度で嫌だと言ってたら私の働き口なんてもうどこにもないだろう。人生は妥協の連続。分かっちゃいるけどもうあの人達の顔は見たくない。何か泥のような疲労が堆積していくんだよね。それに加えて私の仕事が遅いことがまた疲労具合に拍車をかけている。

別に辞める気はないんですが仕事がもう少し速くこなせるようになるまでの間、こういう生殺し的な憂鬱感を味わい続けなければならないという話です。まあ仕事なんてのはそもそもそういう不快に対して金をもらうもので、しかも私の職場環境なんて恵まれてる方だというのは重々分かってますが。

今日は愚痴です。明日はバイトじゃないだけ気分が楽だなあ。

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2008年2月 7日 (木)

「将来」のことは考えない

うふふふー、ライブのチケット買っちゃいました。東京腸捻転~忘我混沌。なんとあの鳥居みゆきも出てるんですよ。生で見れると思うと今から楽しみで楽しみで笑いが止まらないわ。うふふふふ。その他にもラバーガールから我が家からニュースペーパーからEE男(コンバット見てるよー)私の好きな芸人目白押し、場所が六本木ってのがネックですが、まあ以前映画を観に一度は訪れた事がある場所なのでなんとかなるかあ、という勢いで。初お給料を投入しチケットを買ってしまいました。祝日の六本木、大丈夫だろうか。

話は変わりますが、夢とかやりたい事とかって何で見つけないといけないんですかね。というのも最近ね、よく言われるんですよ。なんかやりたい事はないのか、将来の夢は、目標は、といった感じに。夢に向かって邁進する若者らしさを求められているのはよく分かるのですが、私には残念ながらそういった夢や目標はないし、もっと言えば私にはそんなものは必要ない。そんなものがなくてもこの先どう生きるかという事が分かってればそれでいい。

そもそも私は夢とかやりたい事とかいう考え方が大っ嫌いなんですね。非常に中途半端な要求であり枠組みだと思うんですよ。夢だの何だの言ったって、そんな事を30、40にもなって追いかけていれば今度は定職にも就かないで、といった蔑視の対象になってしまう。若いうちはそれなりに夢を追いかけ、少し年を取ったら適当な所で諦めをつけて、定職に就く。そんな人工的なレールが敷かれてるんじゃあ夢だのやりたいことだのと言ってみたところでやり辛くって仕方がない。天然でこのレールの上を走れる人や好きな事が仕事に繋がる稀な人はいいですが、そんなことじゃあ結局「やりたい事」という枠組みに沿ったやりたい事が見つからなかったり、世間の程よいレベルを超えてやりたい事にのめり込んでしまったりする人も少なくないはず。

「将来のことを考える」って言葉は曲者です。直訳すれば「将来のことを考える」は「人と同じ人生を送れるようきちんと考える」で、親の「将来のことを考えなさい」は「俺の世間体も考えろ」です。私に言わせれば「もうこのまま一生働かないで親の金を食い潰そう」と決心する事だって将来を考える事だし、「しばらくの間は引きこもってだらだらしてよう」と思う事だって将来を考える事です。この先どう生きるかを自分の頭を使ってちゃんと考えてる。何の問題もないじゃないですかってなもんですが、「将来のことを考える」という言葉の意味は人並みに就職して人並みに結婚して人並みに子を持つ人生に価値を見出すことに収斂されてしまっているので、それ以外の思案は無為無策の扱いを受ける。

そんなしょうもない意味で「将来のことを考える」という言葉が使われてしまっている以上、私が将来を考える意味はないし考えたくもないしむしろ考えないべきだ。いわゆる「将来」を考えるでもなく、それを考えずに済む免罪符的な役割を果たす若者らしい夢もない。夢を追うわけでもなければ堅実な将来を目指すわけでもない私は傍から見れば何を考えているのか分からない無気力な若者とでも言ったところか。でも月並みですが、私は他人にどう思われようと関係ない。

やりたい事はいくらでもあるのです。死刑廃止、環境保護、人権の擁護。それらの目標に向けて少しずつでも行動を起こすのが私の将来。世間の基準に自分を寄せようとするからしょうもない悩みが生まれる。将来ってのは文字通り自分の行く末なんであって、世間の基準の通り思い描く行く末じゃない。自分がどうしたいかが分かってれば将来の悩みなんて生じようもないのです。金とか物理的な問題はまた別の話ですけどね。

とにかく。私は行きたいように生きるという話なんです。夢とかやりたい事とか、ある意味ではもう既に体現しているとも言えるしね。後は今の生活と経済力の獲得との折り合いをどうつけるか。これが問題です。もうしばらくは現状維持で色々と充電したいと思いますが。そのためのバイトでもあるんだし。

さて、この記事もちまちま書き足し書き足ししてたら書き上げるのに1週間以上掛かってしまいました。冒頭のチケット買った話なんて随分前な気がするし。随時書きたいこともあったんですがこの記事があったから書けませんでした。あまり一つの記事を抱え込むと余計何も書けなくなりますね。気をつけよう。

それはそうと、私は今、今朝のバイトでしょうもないミスを連発し憔悴しきっています。なんせ食欲が減退しましたからね。働いてる働いてないとか仕事ができるできないとか、そんな普段はなんでもないと思ってる事が、いざ自分の事となるとプチコンプレックスとなってのしかかってくるんですよね。いつになったら慣れたと言えるようになるんでしょうか。もうすぐ2ヶ月経つっていうのに。明日行きたくないなあ。でも明日のためにもう寝なきゃ。というわけでそろそろ切り上げます。おやすみなさい。

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