社会に適応したくない
最近少しずつですが自分の殻を破れてる感じがする。行動的になってきてるというか。いやね、本音を言えばずっと家に引きこもってたいし、店員に声かけるの一つとってももじもじしてたいし、人と会話をするたびに鬱になってたいんです。でも私にはやらなきゃいけないことがたくさんあって、そのためには人と口も利かなきゃなんないし、人の集まりの中に分け入っていかなきゃなんないし、自分の主義主張を行動で表さなきゃなんない。この性格は嫌いじゃないし直そうとか変えようとかは思わないけど、目標のために克服しなきゃならないこと、これはある。
まあ元来行動力のない私のことですから色々出来るようになってきたといっても高が知れてるんですが、最近だと死刑が執行されれば法務省にメールを出したりだとか、色々な集会に参加したりだとか、公開講座に参加したりだとか、そんなことをやってます。ただ活動家になるためには(活動家になりたかったのかよ)こんなもんじゃダメで、もっと積極的にデモに参加したり抗議文を出しまくったりしなきゃ。どこかに所属するってことも考えなきゃダメだし。結局あれです。こんな社会じゃダメだという強烈な問題意識と人と関わるのは嫌だという強烈な内向き思考とのせめぎあい。ただ最近は前者の問題意識が若干勝ってるかなという状態で、この社会を変えるための一歩を踏み出さんとしている所です。
でもその流れでいろいろな事ができるようになっていく自分というのが寂しくもあって、例えば昔だったら飲食店に入るんでも「どうしよう混んでるかな、座る場所がなかったらどうしよう、っていうか店に入っても店員に気付かれなかったらどうしよう」とかなんとか逡巡した結果、結局入んないで帰ってきちゃったりしてたのが、最近ではそれほど考え込む事もなくパっと店に入ってチャチャっと注文して普通に食べて帰ってきちゃったりするわけで、そういう時に「ああ私変わったなあ」としみじみ思うわけです。
そうやって色んなことが出来るようになって、どんどん社会に適応していって、私普通になっちゃうんじゃないか、と思うと無性に悲しくなったり…。だって私といえば5年間同じ場所に通って結構な割合でコンビニで買い食いしていたにもかかわらず、一度も肉まんを買ったことがない人間ですよ。なぜなら「肉まんく下さい」を言うのが嫌だったから。肉まん食べたいけど言うのやだなあとかいうレベルでなく、店員に言わなきゃ買えないようなものはそもそも選択肢としてなかった。そんな私がいまや普通に飲食店に入っちゃうんですもの。人間って望むと望まないとに関わらず成長するもんですね。
他にも挨拶ができるようになってきちゃったり、外出のハードルも下がった気がするし、全般杞憂も減ってきてるし…。だんだん自分がつまらない人間になっていくようで、日々の生活で自分の成長や変化を感じるたびなんとなく後ろめたい。私がまともになっちゃったら後には何も残らないのです。日本国民じゃなくなっても何も困らないけど、この性格じゃなくなったら相当困る。私のアイデンティティは病気だということで、色んな事がそつなくこなせるようになればなるほど自分が自分じゃなくなっていくような気がして落ち込む。普通は喜ばしい事なんだろうけど。変りたくない、という思いが強いです。
ただ積極的に活動していく、という目標からすれば喜ばしい変化であることも事実。なるべくこの性格を踏み倒さずに活動にシフトしていければいいのですが。
さて、お知らせですが明日から2週間ほどパソコンがネットに繋がらなくなるので更新が滞ることが予想されます。携帯から更新するとか方法がなくもないんですが、まあ2週間ぐらい空いちゃうかも、という心構えでよろしくお願いします。
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