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2008年6月29日 (日)

さよなら江原さん

昨日のオーラの泉は酷かったですね。私はもう完全に見限りました。

狩野英孝、私結構好きなのにもう散々な言われよう。

神主は神主らしく?逃れられない宿命もある?んなもんクソくらえだ!自分の生きたいように生きて何が悪いの?生まれた時からどう生きるかが決められてる人生なんて最悪じゃん!

下衆の勘繰りとか言うけど、無償の愛というのは言わなくたって伝わるものです。本当に無償の愛だったなら「神社なんて継がなくてもいいんだよ」というメッセージを発する機会なんていくらでもあったはずでしょ?子供にそんな勘繰りをさせるほうが悪いんで、下衆の勘繰りという断罪はまったくナンセンスだ。

小さい頃から神社を継げということを言われまくって育ったのは事実なんだから、その結果「僕は跡取りとしてしか愛されてないんだ」と思ったらそれがすべて。それはそう思っちゃった子供が悪いの?否!そんなものは親の期待が悪いに決まってる。

で、結局最後は神主になります、ってオイ!お前はそれでいいのか狩野英孝。地域の人達のためってさあ、人間って地域の人達のために生きてんの?へ~、常にみんなのために何かをしている立派な人間しか存在意義はないんだ。それは知りませんでした。

そもそも誰かのためなんていうのは欺瞞なのです。なんにしたってそう。自分がやりたいからやってるという事実を見失い「人のため」とか言ってる人間のタチの悪さを考えれば分かるでしょう。人間なんて結局は自分のためでしかないのに。

私は誰にも感謝しないし、誰にも束縛されないし、誰のためにも生きない。全ては「自分がそうしたいから」そうするのです。これは前にも書いた。

人一人の人生や苦しみを無視して神主は神主らしく生きろなどとは言語道断、愚の骨頂。狩野の今まで生きてきた苦しみやわだかまりをあんな風に片付けるなんて。人をなんだと思ってるんだ。

結局は家のために神社を継ぐってことが狩野にとっていい選択だったのか?江原さんに言われてその時は継ごうと思ったっていざ実家に帰って親の顔を見たらやっぱり自分じゃない誰かが求められてる気がして苦しむんじゃないの?大丈夫?と要らぬ心配をしてしまう。

狩野がそれでいいならいいけどさ。でもあんなつまらない説教で人がどうにかなるのを見せられるのは気分よくない。

神々とかなんとかいって行動を制約されるのはまっぴらだ。江原さん、一時期好きだったのが嫌になる。やっぱりあなたは変わられてしまったのですね。もういい。もうスピリチュアルなんて信じない。

私のこの壊滅的な性格がもしかしたら悲劇的な前世によるものかも、という考えももう捨てる。私の性格は私のせいだ。

信じてたのに、信じてたのにぃ!もうあんな番組二度と見るもんか!でも来週は小島よしお。見ますよ。ええ見ますよ。だって好きだもん。

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2008年6月25日 (水)

過去記事発掘ぅ2

まだあった、下書きのまま眠ってる記事。って言ってもこれで最後だけど。これで貯金は食い潰した。次からはネタを探し出して書かなければ…。慢性的なネタ不足はブログ開始から1年8ヶ月、変わってないもんね。

確かこの記事は書いてた時にちょうど世界陸上が始まって、世間とかぶるのが嫌だったから公開延期にしてたところ、そのまま日が経っちゃったということだったと思います。それではどうぞ。

               2007年8月23日 「付き合いきれない~」

今さっきふと、多数派と少数派は陸上の短距離と長距離で表せるという事に気がつきました。私達少数派は長距離、そちら側多数派は短距離。

なんでかは分かりませんが、短距離の選手達は短距離のルールしか知らないんです。ここからそこまでの距離を全速力で走ることしか知らない。だから全員をその競技に巻き込もうとする。長距離の選手が「私達は長距離ですから」と言っても聞く耳を持たず、短距離のルールを説明するばかり。そしてわけも分からないうちにピストルが鳴り、一斉に走らされる。

しかし当然ながら走る距離もペース配分も何もかもが違う。短距離の人達のようには走らない、走れない。でも短距離の人達は長距離と短距離の違いも分からないから「遅い、トロい、なにやってるの」となじってくる。そんな中で長距離を卑下し短距離に転向したくて悩む人、短距離に適合し長距離を見下すようになる人など色々現れると思いますが、これは自分の競技じゃない、と競技場を飛び出す人ももちろん出てくる。そして外から短距離の独善を批判する人、長距離選手を迫害から守ろうとする人も出てくる。

そもそも同じ土俵にないものを同じように走らせ勝手に評価を下す。迷惑以外のなにものでもない。私には多数派の短距離に付き合う義理はない。個人個人の適性も無視してみんな一律短距離で競わせ遅いだの速いだのお話になりませんね。私は競技場を飛び出した人かな。

自分の競技じゃないものをやらされ勝手に評価を下される事ほど虚しい事はない。余計なお世話かもしれませんけど、皆さんだって短距離に付き合ってあげる必要なんてないんですよ。もちろん離脱できないような環境というのは腐るほどあるのでやめりゃあいいじゃんと簡単に言えない部分はあります。でも私達はあの人たちよりも長ーく走らないといけないんです。あの人たちと同じペースで走ってたら脱水症状と熱中症で死んじゃいますよ。

年に1回ぐらいたまーに付き合ってあげるのはいいかも知れませんが、あの人達と同じ土俵に上がる事自体が時間の無駄労力の無駄。私達は自分達の競技場で長距離を走っているのが一番いいのです。あの人達はそれを異端と切り捨てますが、世の中に短距離と長距離があるのは当たり前の事なんですから、それをわきまえない向こうが間違いなく悪いのです。目先の事しか見えてないって事ですね。

私は基本「私達」とか「われわれ」よりも「私は」という一人称が好きなのですが、なんかやたら私達私達言ってますねこの記事は。ま、世の中がこうも酷いと「私達」とか団結していかないとね、喰われちゃうんで。協調性の欠片もない人間としては悩ましい。2008年6月25日現在。

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2008年6月19日 (木)

過去記事発掘ぅ

気が付いた方もおられるかもしれませんが、右側に出てるカテゴリーを、増やしたり昇順を調整したりしてみた。ココログはカテゴリーの順番を好きなように変えるのに妙に苦労するんですが、なんとか解決。こんな方法があるんだって。

で一部イタい記事もちゃんとまとめて「できれば消したい記事」に。恋愛の話なんて何で書いてしまったのかと死ぬほど後悔している。今後あの記事たちの存在は間違いなくこのブログの足を引っ張る!どれだけ社会派っぽい事を書いたってあのチャラい記事が私の文章の権威を下げるんだわ、いや元からないとか分かりきってるんで黙っててください。

それでまあ、その中でも私の卑屈っぽさが現れててまあいいかな、というものは色恋の話に残し、救いようのなさそうなやつをできれば消したい記事にポイっとしました。

で、他にも色々見ているうちに下書きのまま眠っている記事を見つけたので、今日はそれを公開。それほど酷くない、というか昔の私いいこと言うじゃないか、とちょっと思ってしまった。恥ずかしい。

              2007年7月8日  「思い上がりスピリチュアル」 

江原さんって最近変わりましたよね。江原啓之。オーラの泉の。

オーラの泉は始まった当初は結構好きで、テレビ欄に丸をつけて毎週見てました。まだ23時台だった頃の話。知らない方のために番組内容をざっと説明すると、江原啓之と美輪明宏と国文太一が毎週ゲストを向かえ、そのゲストのオーラの色や前世、守護霊のことについて語らう番組です。

まずこの手の番組に対しては、スピリチュアルな事を信じるか信じないかという問題が出てくるので最初に言っておくと、私は結構信じます。江原さんのあの言い方を聞いているととても嘘を言っているようには見えないし、そういう力のある人なんだなあ、とは思ってます。

私が最初の頃なぜこの番組が好きだったかというと、それは江原さんがとても謙虚だったからです。上記のような守護霊や前世のこともそうですが、そういうこの世とは違う世界のことが見通せる力があって、様々なことが見えているのにもかかわらず、その考えをそのまま押し付けることが江原さんは無かった。あの人の言葉はその人その人の生き方や考え方を尊重した上で、こういう世界もあるんですよ、というあくまでも提示であった。昔はね。

一つ話を分かりやすくするために言っておくと、基本的に多くの人の考えや認識よりも様々なことを悟っている人間が、それをまったく理解していない人間ひとりひとりに一から説明をし続けた場合、思い上がりを伴わないケースは極めて稀です。あの人もその例に漏れず、何も分かっていない人間にオーラとはこうで、守護霊とはこうで、霊はこのようなものだ、と初心者向けに噛み砕いて説明するうちに、段々そんなことも知らないのか、だからそう言ってるでしょ、という気持ちが芽生え始め、やはり思い上がったと私は見る。

だんだんそちら側の世界、すなわち霊界での常識や当たり前とされていることを押し付けてくるようになりました。実はこうこうこうなんですよ、という説明口調は影をひそめ、だってそうでしょ、という断定にとって変わった。自分が知っている事が何にも勝る真理であり、霊界はこういう風になっているんだから、あなたもこうあるべき、と本人の在り方を無視した一方的なものになってしまったように私には見えるのです。

例えば、自殺は悪だとあの人は言う。自殺をしても救われない、死んでから苦しむのだと。なんか江原さんも最近優しくないな、と思い始めていた時に、このセリフを聞き、この人はもうダメだと私に思わせました。正直この人はなんて酷いことを言うんだろう、と。

今ある苦しみから脱したいと思った時に、死という方法しか思いつかない人がいる。死というものが最終的な心の拠り所になっている人もいる。何かあっても死ねば楽になれる、と思って現実に耐え一生懸命生きている人がいる。そういう人に対してたとえそれが真実だとしても、自殺したら死んでから苦しむんだよ、なんてセリフがよく吐ける。生きても地獄死んでも地獄ならその人は何を頼りに生きていけばいいのか。

私が知ってる番組が始まった時の江原さんなら、きっとこんなセリフは分かってても言わなかったと思う。自分が知っているスピリチュアルな世界というのはたくさんある思想や価値観の一つであり、苦しんでいる時になにかの役に立つこともあるかもしれません、というスタンスだったはずなんです、最初は。その人その人の在り方によって、オーダーメイドのようにその思想を噛み砕き、人を傷つけることは絶対に言わない。そういうやり方でこの人はものを言っているなあ、と思ったから私はあの番組を毎週見ていた。どんなにゲストがウザくても我慢して見たさ。

でもあの人は変わった。あんなに力がある人でも自分の思い上がりには気付けないのか。どんなことでもそれが全てってことはない。正義も真理も十人十色です。あの人の能力は確かにすごいけれども、それが何にも勝る超越的なものってことはやっぱりないよ。江原さんにとってそのスピリチュアルの世界が正しくても、唯一の真理でも、他の人には違う。そんなの信じないよ、という人もいればこの部分は分かるけどそっちの部分は分からない、という人もいるだろうし。やっぱり傲慢になったよなあ。

安易なこうあるべき論を振りまくようになってしまったオーラの泉。もう私は見れません。関係ないですが、美輪さんは最初からああいう考え方だったと思うな。江原さんが優しかったからバランス取れてたけど、江原さんがそっちに流れたらもう見れたもんじゃない。ああいう弱者に優しくない番組は大っ嫌いです。国文の今まで何の悲哀も知らずに生きてきましたよぉ、みたいな馬鹿ヅラも嫌い。全部嫌いです。いくら言っている事が正しくても、本人の今を無視した一方通行では意味がありません。昔はその人その人の今を汲み取って話すことができていたのに。

私はああやって思い上がるぐらいなら一生卑屈のままでいいや。人にこうあるべきなんてえらそうな説教たれるようになったら私の存在意義はその時点で消滅する。お前何様だよという言葉を一生自分に投げかけながら生きていきたいと思う。

この記事から1年ほど経過した今、江原さんがどうなっているかは知らない。ゲストがあまりにも嫌いなヤツばかりなので、最近じゃオーラの泉なんて見たこともなかったのです。「江原さんは今」企画もその内成立させます。

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2008年6月15日 (日)

コメント欄を設けます

なんだか色々考えているうちにあっさり気が変ってコメント欄を設けてみた。今まで頑なになんか煩わしいということで設けてなかったんですが、メールというのは敷居が高いかもしれないし、安易な誹謗中傷にも慣れといた方がいいだろうし。

どうせ書き込む人など大していないでしょうが、ちょっとした事でも色々な意見を拾っていけたらと急に思い直しました。注目されてないからこそ荒れる可能性も低いのだし。平岡秀夫の騒ぎの時とかコメント欄設けてたら案外面白かったかもな、と思ったりもするので。

そう思うと、もっと早く設置しとけばよかったと思います。というわけで、メールするほどじゃないんだよなー、とか、こんな得体の知れない奴にアドレス晒すのはちょっと…、という時にはご活用ください。

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2008年6月13日 (金)

加藤智大をひきずる私

仕事に余裕が出てくるとつまらない話を聞かされて困る。こっちは加藤智大の事で頭がいっぱいだっていうのに、そういうときに限って世間が私の心に土足で踏み込んでくる。こういう人間ばっかりだったから加藤智大は救われなかったんだ、と思った。忙しい方がずっとマシ。

一人っ子はわがままに育つという迷信を信じているようだった。一人だと相手の気持ちを考えるとかそういう能力が育たないんだって。ここまで根拠のない決め付けも久しぶりに聞きましたけれど。私はここで敢えて言ったことはなかったかもしれませんが、一人っ子です。そしたら一人っ子なのにちゃんとバイトに来ててえらいって。今までどんな一人っ子を見てきたんだろう。テメーは6人兄弟でその体たらくじゃねーか。それで人の気持ちが分かるとか思いやりがあるだとか思ってるわけ?これだからマジョリティは。今の職場で一番デリカシーがねーのはお前だよ、お前。加藤智大効果なのかいつにもまして腹が立ってきて、抑えるのが大変だった。他にも墓の話とか男はやっぱり性格なんだよとかくだらない話ばっかり。絶対今後の私の人生で豪も役に立たない話だったと思う。

さすがに休憩時間みんなと一緒に座るのはためらわれた。これ以上一緒にいると汚れそうな気がしたから。休憩中一人で座っている間も馬鹿な男が私に話しかけてくる。「大学何年生?」。学生かどうかを確認するうちはいい方で、もう学校行ってるだろうという決め打ちでくるのね。「いや、大学行ってないんですよ」つったら「なにかなりたいものとかないの?」とくる。大学行ってる=やりたい事ある夢ある希望ある、大学行ってない=夢ない目標ないブラブラしてるという固定観念はもうウンザリ。なりたいものならちゃんとある。活動家。行動力ないけど。

そんな馬鹿男をスルーしつつ私は休憩中もずっと加藤智大のことを考えていた。後輩の幸せ自慢を聞かされていた彼も私と同じような気持ちだったんだろうか。どこに行っても一人でこんな状態がずっと続くならそれは本当に辛いだろう。私なんて今日はたまたま気分の悪さとマジョリティとの会話増が重なっちゃって具合悪くなってるだけだけど、加藤智大はこれがずっと毎日延々と続いてたわけなんだよね。そりゃあ気もおかしくなるさ。そんな事をあれこれ考えていると段々私が加藤智大に救いを求めるような心境になっている事に少し驚いた。救いってなんだよ。あの人は私とはまったく関係ない赤の他人、掲示板を見てちょっと分かったような気になったぐらいでここまで傾斜するかね。私ってそんな不幸だったっけ。

ワイドショーを見ては怒鳴る。そうじゃねーだろ、と。私だってほんの一部しか分かってない、でも報道はとにかく酷すぎるんだよ。この国の構造とか社会の責任とか前よりは言うようになってきてるようだけど、にもかかわらずあそこまで的外れな見解を述べ続けるというのはこれどういうことなのよ。口だけだったら言わない方がマシ、社会の責任なんて本当に解明する気があるのかどうか疑ってしまう、ああ数字が取れればそれでいいんだったよね、ごめんごめん。

身勝手という言葉が嫌い。確かにその通り、17人もの人を巻き込んでしまった事実はあるわけだけど、でも私はそんな言葉であの人を突き放せるほどには幸せじゃない。辛い。

前回の記事は思ったよりアクセス数が伸びなかった。書き込んでも書き込んでも誰からも答えが返ってこなかった加藤智大の気持ちはこんなかな?誰からも相手にされないって寂しいよね。誹謗中傷でいいから誰かもっと見てくれよ、という気持ち分かる気がする。気がする。そう、あくまで「気がする」です。

でも私は薄情な人間だからしばらくすればほとぼりが冷めて、もう加藤加藤言わなくなると思います。これはたぶん一過性のものでしばらくすれば治る。でも加藤智大は治らない。ずっと壊れたまま。いい出会いが彼にも訪れるだろうか。

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秋葉原無差別殺傷事件 携帯書き込みを見て

見つけた、加藤智大の携帯書き込みがいっぱい出てるとこ(ここね)。読めば読むほど苦しい。分かる部分はとっても多い。だけど分かったような顔はしたくない。私のような人間には人を理解する能力も救う能力もないのだ。それが痛いほど分かってるから余計苦しい。私は彼の言う「幸せな奴」に入ってしまうのだろうか?人の苦しみってのはどうしてこうも…ああ嫌だ。

全体を通して不細工な自分というものに対する劣等感たるや半端なく、「不細工な俺」という言葉が出てくるたびに私はその自虐的な響きにやられてしまう。親しみが湧いてしょうがないのです。「そんなこと」で、今まで色々言われたりしたんだろうけど、でもやっぱり「そんなこと」で、うじうじ悩んだり、諦めようとしたり、でもやっぱり諦められなかったりしている様は滑稽だけど、だからこそ魅力的でもある。悩み苦しんでる人というのは素敵だ。その人の悩みや苦しみが深ければ深いほどに。

どうでもいいじゃん顔なんて。確かに今はイケメンだとか美人だとか、可愛いカッコいいばかりが持て囃される世の中かもしんないけど、そんなの大多数の人間の価値基準が狂ってるんであって馬鹿なんであって。その価値基準からどう外れるか、その分類では下層に位置せざるを得ない自分をどう自己肯定できるか、これが大事。でもそれを達成するには最低でも一人ぐらいは今の自分を無条件に受け入れてくれる人間と出会っとかなきゃ無理。周りの誰もが世間の腐った物差しで自分を測ってくるのだとしたらそこから外れるのは難しいよね。自分が腐るか物差しを叩き割るか二つに一つ、あの人はその物差しの叩き割り方がまずかった。

誰か一人でも世間のつまらない枠組みからあの人を引っ張り出すことが出来ていたらこんな事にならなかったのに。いいんだよ不細工だって。この社会に適応できなかったってだけでもそこら辺の奴よりずっと魅力的なのに。誰からも愛されず認められずにここまできたんでしょう。殺人という事実を度外視すればこの人は何も悪くない。おそらくああいう境地に至るまでには何度ももがいたはずだし行動もしたはず。でもうまくいかなかった。誰だって傷つくのは怖い、拒絶されるのは怖い。そんなにいつまでもは頑張れない。だから最終的には諦めて自分の殻に閉じこもらざるを得ない。でも人とのつながりを完全に諦めてしまう事もできない。加藤智大の「イライラする、まだ何かに期待している自分にイライラする、諦めれば幸せになれるのに」という言葉はその人間の苦しみを端的に表しています。

んなこと言ったって私の理解度なんてクソみたいなもんだろう。それに今更ああだったよねこうだったよね、と言ってみたって仕方ない。焼け石に水、覆水盆に返らず。私はあの人に何もできなかった。社会からの落伍者、離脱者、不適合者を自任する私なのになんの異なった価値も伝えられなかった。誰の何の役にも立たず駄文を書き連ねるだけの私なんて生きててなんになるんだ。それでもここでだらだら書くのは、クソワイドショーのクソコメンテーターよりは加藤智大の事が分かっていると思うから。

苦しいのはみんな同じとか言う奴の鈍感さが私は我慢ならない。みんな同じ?お前ともかよ。お前と加藤智大の苦しみが同じ?笑わせるな。あなたが普段当たり前にやっている事の一つも加藤智大は満足に出来なかっただろうし、あなたが普段当然のように享受している事の一つも加藤智大は享受してない。みんなにとっての当たり前が自分にだけ当たり前じゃないこの不全感がお前に分かるのかよ。みんな同じって言うけどだったらなんで加藤智大には理解者が一人も現れなかったの?みんな同じなら何でお前は加藤智大が犯罪に至るまでの経緯をちゃんと説明できないの?みんな同じならあんなに思い詰めなくたってよかったじゃん。悩みが共有できる人がいたならあんな事にはならなかったんですよ。それが見つからなくてああいうことになったという事実が加藤智大の苦しみが大多数の人間のそれとは違っていたという証左でしょう。「普通」って幸せですよ。楽ですよ。クソつまんなくもあるわけですがね。

派遣などの人間使い捨ての労働環境を今回の事と結びつけようという向きもあるようですが、そんなものは問題の矮小化と言うしかない。確かに生活が不安定だということは精神的にきついのでしょう、でも本当にきついのはこの社会に受け入れてもらえないという事じゃないのか。労働環境がしっかりしたってこの社会の排他的な態度が改まらなければどうしようもない。顔で弾かれ性格で弾かれどう精神を健全に保って生きていけというのかね。無理でしょ。

私は加藤智大という人間が好きです。何も知らないけど、17人殺傷という事実と携帯書き込みしか知らないけど、それでもそこら辺の人間よりはずっと親しみを感じる。感情として死刑になって欲しくないし、死刑制度廃止という思想からも死刑には反対していきたいと思います。私は刑務所で罪を償った彼を社会の一員としてもう一度この社会の中に受け入れたいと思う。なんにしてもバイト先の誰よりもテレビの中の犯罪者が身近な存在というこの状況は決して幸せではないですね。以下例の掲示板から心に留まったものを少し載せます。

06/03 10:45
表面だけの薄っぺらなつきあい

06/03 10:50
それすら希薄

06/03 17:00
髪切った
不細工のくせに、髪切った

06/03 17:09
リコピンにはストレスを抑える効果がどうのこうの
トマト、食べようかな
一人で

06/03 17:12
新入社員の群れが乗った
電車の中で大騒ぎ
高校生と変わらん

06/03 17:13
こういう「明るい」奴じゃないと彼女はもちろん女友達もできないんだろ

06/03 17:33
歩くの辛い 俺だけ一人

06/03 17:42
女子小学生に話しかけられた
華麗にスルーした

06/03 17:42
どうせ不細工なおっさんですよ

06/03 18:39
人口の男女比はおおよそ1:1なんだから、そんなにたくさんの男性が余るわけがない

06/03 18:40
余る理由はただ一つ、イケメソがたくさんの女性を確保してるから

06/03 18:40
俺が余る理由は不細工だからだけど

06/03 18:52
電気くらいつけよう

06/03 18:54
部屋は明るい
気持ちは暗い

06/04 00:55
勝ち組はみんな死んでしまえ

06/04 00:55
そしたら、日本には俺しか残らないか
あはは

06/04 00:58
俺がなにか事件を起こしたら、みんな「まさかあいつが」って言うんだろ

06/04 00:58
「いつかやると思ってた」
そんなコメントする奴がいたら、そいつは理解者だったかもしれない

06/04 08:33
「無事故で帰ろう。あなたを待ってる人がいる」
安全標語だそうでバカにされてる気分です

06/05 05:24
社交性を持てって
お前らが不細工と関わらないんだろうが
お前らが避けてるんだろうが

06/05 05:29
何が彼女のモーニングコールじゃ
死ねばいいのに

06/05 05:30
どうせ一人だよ
悪いかよ

06/05 05:45
何も考えてない奴らって幸せそうでうらやましい

06/05 06:17
作業場行ったらツナギが無かった
辞めろってか
わかったよ

06/05 06:19
鮮やかに帰宅
やってらんね

06/05 06:47
美しくなんかなくて
優しくもできなくて
それでも呼吸が続くことは許されるだろうか

06/05 06:56
その場しのぎで笑って
鏡の前で泣いて
当たり前だろ
隠してるから気づかれないんだよ

06/05 14:23
永遠の愛?
んなもん、あるわけねぇだろ

06/05 14:57
雨、やんでる
素晴らしいことだ

06/05 15:00
俺、病んでる
素晴らしいことだ

06/05 15:45
「ちょっとしたことでキレる」
幸せな人がよう言う

06/05 15:46
ギリギリいっぱいだから、ちょっとしたことが引き金になるんだろ

06/05 17:06
ティラミスのチョコレート吸い込んだ
苦しい

06/05 17:22
小魚の骨が刺さった
痛い

06/05 17:57
プレゼントね
大事な友達にお礼がしたくて、でもお金が無くて、マフラーを編んでみたことがある

06/05 18:05
結局、来るなって言われて渡せなかったけど
一人でバカみたい

06/05 18:05
ほどいて捨てた
二度と編み物なんかしないし

06/06 09:33
こんなメールが来た
>ネガティブな言葉は使わない方がいいと思うょ
面白くなくても☆笑顔を作ったり☆願いや希望を常に想い続けたり☆ポジティブに過ごすほうが☆ずっと楽に生活できるはずだょo(^-^)o
難しいかもしれないけど頑張ってね~(^_-)-☆

06/06 09:36
いちいちごもっともなんだけど、それに疲れたの
幸せ者にはわからないだろうけど

06/06 11:14
酔った
気持ち悪い

06/06 11:15
俺の顔の方が気持ち悪いですかそうですか

06/07 19:36
「死ぬ気になればなんでもできるだろ」
死ぬ気にならなくてもなんでもできちゃう人のセリフですね

なんか引用しだすときりがない。髪を切るという行為一つとっても不細工のくせにという言葉が入る卑屈根性は私の胸にどストライクでした。明るいに「」をつける感性もよく分かる。時に何も考えてない奴が羨ましく見えるのも。美しくなんかなくて、優しくもできなくて、それでも呼吸が続くことが許されるだろうか、というメッセージは私の胸に居座ってどかない。

この引用ではそれほど取り上げませんでしたが、随所に一人、不細工、彼女出来ない、友達欲しいとあって、これはもうややあって追い詰まった後といった様相です。なぜなら人間というのはやっぱり見栄を張るしプライドもある。寂しいとか友達欲しいとか本来ならおおっぴらには言い辛い事だし、寂しくたって寂しくないって言うんですよね、ある程度余裕のある人間なら。それをあそこまで自分を刃物で切りつけるみたいに何度も何度も言うというのはもう誰かに見付けてもらいたい、救い上げて欲しいという欲求が極限まで高まっている状態だったといえる。

そんな風に追い詰められたきっかけの一つでもありそうなこれも見つけた。友達になりたいとか言って寄ってくる奴はいたようだけど、そのままでいいって言ってくれた人は一人も居なかったんだね。私だったら絶対そう言ったのに。学歴だとかファッションだとか前向きにだとかそんなんどうでもいい。ただ一言そのままでいいって私なら絶対そう言った。助けられただなんておこがましくてとても言えない、でももしその掲示板を私が見てたら、とどうしても考えてしまいます。しょうもない自己啓発めいた事を言う奴なんかよりは私の方が少しはマシだったんじゃ…?時間が戻せるならあの人の掲示板に書き込んでみたい。何も変らないかもしれないけど、でもどっかで私なら助けられたんじゃないかという思い上がりに近い気持ちがある。

今日はこのことを考えていて一日潰れた。明日も明後日も潰れるかもしれない。ああなる前に何とかできなかったのかな。あの人の書き込みを見れば見るほど私が追い詰まる。辛い辛い辛い。なんだかだんだんシャレにならないレベルになってきそうだ。

それと前回の記事に志村建世さんのブログからトラックバックをいただきました。なんだかだらだら長くなってしまったのですが、お返しにこの記事をトラックバックします。ありがとうございました。

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2008年6月11日 (水)

秋葉原無差別殺傷事件

気が重い。弊害あるかもですが、私は殺人事件には興味がなくマスコミが騒ぐたびにケッとか思ってたんですが、今回の事件は少し違う。たくさんの人が死んだからとか関係のない人が通り魔的に殺されたからとかじゃなくて、加藤智大その人の存在によって私にとってこの事件は深く印象に残った。携帯サイトなんかの書き込みを見ているととても他人事じゃない、というかむしろ「分かる」という部分が多くやりきれない思いが募る。

私は社会不適合者です。以前社会に適応したくないという記事で社会に適応してっちゃってどうしようみたいな事をふざけて書きましたが、あんなものは本当に冗談というか生ぬるい話で、究極のことを言えば私が社会に適応できるはずはない。学校、結婚、家族、労働などに関して日本でスタンダードとされている考え方からはことごとく外れているし、今更あわせる気もない。しかもそういう思想面だけでなく私は性格面でも日本的価値観からすると落第点でなにせとにかく暗い。私なんか、私みたいな人間はどうせ死んだ方がいいんだ、といつも思ってる。私ほど無価値な人間もそういないと思うのね。だから、…だからなんだろう。何が言いたかったのか分からなくなってきた。

私が死んだ方がいい理由。暗いから。なんでも自分のせいだと思うから。人に話しかけるのにものすごい勇気がいるから。挨拶が苦手だから。時候の挨拶に魅力を感じないから。べんちゃらが言えないから。ちょっとした事ですぐ被害妄想に入るから。人とコミュニケーションがうまく取れないから。油断するとすみませんばっかり言っちゃうから。基本生きててすみませんと思ってるから。私みたいな人間は誰にも好かれないと強固に信じてるから。自分が生きてる事を自分自身嘲っているから。しょうもない人生だといつも思っているから。と言いながら自らの無価値性に酔ったりしてるのがまたウザいから。欠陥品だから。ゴミだから。とにかくこの世にいないほうがいいから。とまあざっとこれぐらいの(たぶんもっとあるけど)マイナス思考を抱え込みながら私は生きてる。

何で急にこんな話を始めたのかよく分かりません。秋葉原の事件の話だったのに。まあとにかくこういう人間からするとあの携帯サイトの書き込みが胸に迫るといいますか。もう少し何らかの価値の転換、世間に対して吹っ切れた気持ちになれていたならあんな事件を起こすこともなかったのに、と思います。ちょっとした事だと思うんです。エリートだとか成績がいいなんてのは数ある価値の中の一つに過ぎないし、顔だってそうです。そんなものに囚われないで自分の価値を自分で見出して自分の人生を生きれたなら、あんな事にはならなかった絶対。

私は上記のようなコンプレックスの塊です。でも私は自分の人生を生きてる。自分なりの価値基準を見付けられた。寒いだの暑いだの晴れただの曇っただの、そんな事しか話す事がないのかくだらねえと思えるし、根暗で対人恐怖症チックな自分に愛着も感じている。要するに世間の価値基準とは一線を画して生きる事ができてるって事で、これは私の周りの環境や人とのめぐり合わせによる偶然の産物で私が加藤智大よりも強いとか人間できてるとかでは間違ってもないのですが、紙一重だよな、とほんとに思って。私みたいな人間が人も殺さずに「まともに」生きてて、それって結構すごい事ですよね。

そんなわけで、とてもじゃないけど気持ち悪いとか不気味だとか信じられないだとかいう感想を抱く気にはなれない。でもそれが被害者感情を無視してるとか不謹慎だとかいうわけではないんだと私は思ってる。というか思いたい。何かこういう事件が起きた時、被害者に同調して犯人を断罪するばかりがものの見方ではないと私は思うんです。許されざる犯罪が起きた、これは事実です。でもだからといって排除して「はいお終い」では済まない。刑罰は淡々と下す、その中で被害者支援を考える、再発防止を考える、加害者の人権も考える、これでいいじゃないですか。なぜ被害者を神輿にして発狂しなければならないのか。被害者の方は厳罰のシンボルとしてマスコミの晒し者になるのではなく、社会の中で自然に守られるべき存在なのではないのか。被害者の心情なんていうのは詭弁で、結局は自らの処罰感情を満たす道具として被害者を利用しているだけなのだという事実にさっさと気付くべきです。

彼は今刑務所で何を思うのか。私は今猛烈に例の携帯サイトの犯行当日にとどまらない全内容が読みたくてたまらないのですが、やっぱり閲覧は出来なくなっている。こういうのこそ情報公開だと思うんですけどね。本人も見られるつもりで書いてるんだからプライバシー侵害にも当たらないし。犯行に至る経緯が分かる格好の材料なのにね、マスコミとかの都合のいい抜き出しは本当に当てにならないし。世論誘導以外のなにものでもない。

久しぶりの夜更かし。早朝バイトをやってる割には結構無茶してます。中島みゆきが胸に沁みる深夜4時50分。

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