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2008年7月 5日 (土)

偏狭で頑迷な皆様へ

加藤智大のこと、書き込みを読んだ直後ほどには胸が締め付けられるような思いはなくなりましたが、やはり今でもテレビなどで彼の話題が出ると緊張するのが分かる。彼の事を悪く言われるのは私の事を悪く言われるのと同義です。もちろん殺人は悪い。でも彼に対する批判の多くはその罪よりも彼の人間性そのものへの批判なのです。

私はそれを冷静に聞いていられない。「彼の話をしないで。私に聞こえる所で彼の話をしないで!」と叫びたくなる。前の記事では大きな声では言わなかったけれど、やはり私は彼の携帯書き込みを読んだ上で彼に共感できないような人間には興味がない、というか軽蔑すらしている。

人間の苦しみに対してどうしてそこまで鈍感になれるのか?私にはサッパリわからない。彼の書き込みを見て死刑だなんてなぜ言えるのか。そういう奴らが彼をあんな凶行へ追い込んだんじゃないのか?その自覚なくして彼を批判する資格のある人間などいるはずない。ましてやテレビのコメンテーターなんて腐りきってる。

彼の苦しみに共感することなくして犯罪なんて防げるだろうか?答えはNOです。共感とまでいかなくても、せめて頭の中だけでも彼もなんか辛かったんだな、と思うぐらいのことはできないものだろうか。彼を徹底的に指弾して、死刑死刑騒いで、実際に死刑が執行されて。それで殺人が減るのですか?それでもう第二の加藤智大は現れないのですか?これも答えはNOです。

人を殺そうがなにしようが、私達と「違う」人間などいない。当たり前の事です。彼を死刑にしてこの社会が得るものとは何か。何もない。不幸な事件を生み出す愚劣で醜悪で排他的なこの社会が温存されるだけ。私が今感じているこの不自由さ、これこそが犯罪の素地です。ひとり一人が生きたいように生きるという当たり前の事がなぜ保障されないのか。その結果息ができなくなって人を殺したってそれはかなりの割合で社会が悪いんじゃないの?ワーワー言う前に生きさせろってことでしょ。雨宮処凛じゃないけどさ。

この国で生きるのは辛い。息ができない。孤独だ。私にこんな思いをさせているうちはこの社会は不健全なんです。まずは私に息をさせてみろよ。私にこの国も捨てたもんじゃないと思わせてみろって。それからですよ加藤智大を批判するなんざ。

私程度も救えないで殺人のない社会なんて作れるわけがないでしょ。グダグダ言う前に犯罪抑止力を体現しろ!何もしないで自分達の社会が安泰だなんて甘いんだよ!

少数派を迫害し、復讐されたらまたその原因を彼、彼女が少数派であったことに持っていく。そんなところで還流させてたって犯罪減らねえっつーの、ばっかじゃねーの!少し心を広く持つだけで済む。たったそれだけの事です。少数派の存在を認めいわれのない非難、迫害をやめること。ただこれだけ。…やれよ!

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日本人批判」カテゴリの記事

コメント

>私にこの国も捨てたもんじゃないと思わせてみろって。

ウワサに聞いた話なんですが…貧しいはずのイギリス労働者階級の人々は
なぜか自国に満足し、「イギリスに生まれて良かった」と答えるそうです。

私が思うに、かの国にはホンモノのエリートがいて、ホンモノの庶民がいて、みんな自分のフィールドでマイペースに自己実現をしていける文化になっているのではないかと…(妄想)

労働者が労働者であるコトを堂々と披瀝する。ソレが許されるサバサバとした大人の社会。

“差別はいいの。偏見がいけないの” 細木数子

やはり、平等な差別は必要だ!
「障害」を「障がい」と書いては立派な社会人になったツモリでいるアホでマヌケな多数派スノッブの腐れ外道が、理由の説明も無しに「命は大切!」と通り一遍のお題目を唱え、あまつさえ少数派を批難するコトでみんなの共感を得ようとする!
そんなお前らは“KYM(空気読みマシーン)”だ!! 理性を無くした非人間だッ!!

反省しろ!! 定型発達の腐れ俗物めがッ!

投稿: オールドニック | 2008年7月 5日 (土) 22時27分

この記事を見てばっかじゃねーの自己責任だろと言い放つ人達の居る所を目指さなきゃと思った時期もありました。

そうでなければ惨めな気がしてならなかった。少し前なら実際ばっかじやねーのと思っていたでしょう。

思えなく、いや思わなくなったのは人間的進歩か社会的敗北かは何とも。今でも社会的成功という甘美な響きに心を奪われなくもないです。

しかし、そちらに踏み切らずに停滞しているのは行くべき方向あるべき姿を無意識が示唆しているのかもしれません。

少数派が楽な社会は多数派も楽なはずだけど、それでは社会は廻らないんでしょうね。少数派に負荷を引き受けて貰わないと優越が多数派の各層で無くなってしまいますもんね。旨みは手放したくないでしょうし。

でも多数派も幸せそうな人達がそんなに居る様に見えません。みんな必死。その対価も一部の人達以外は見合っているとも思えない。

もっと気楽な世界で良いと思う。辛い事を我慢した見返りなんてほとんど大した物じゃ無いし。その我慢の捌け口が少数派に向いてしまうんだから。思いきってみんなで辛い世界をやめてみませんか?
こう呼びかけたい気持ちでいっぱいです。

投稿: たくや | 2008年7月 6日 (日) 06時03分

>でも多数派も幸せそうな人達がそんなに居る様に見えません。みんな必死。その対価も一部の人達以外は見合っているとも思えない。

みんなは自分の夢をカリスマに託しているのでしょうか?
だとしたら異常な集団主義ですね。

投稿: オールドニック | 2008年7月 6日 (日) 22時41分

オールドニックさんへ

ちょっと話は違いますが、NHKかなんかの調査で十代の人達に一番落ち着く場所はと聞いた時に、他のアジア諸国ではほとんどの人が家と答えたのに対し、日本では家と答える人の割合が著しく低かったというのがありました。

各家庭にしろ国という単位にしろ、とにかく居心地が悪いというのがこの国の本質なのでしょうね。とてもこんな国に生まれてよかったなんて思えませんよ。むしろ恥ずかしい。

細木数子は嫌いですが、確かに平等な差別は必要でしょうね。というか世の中の人は平等と均等を履き違えているような所があります。もとから格差があるところで同じように扱ったってそれはもとある格差を温存、助長する事にしかならないわけで。それは平等ではなく均等なのです。

平等に扱うといった場合そこには扱いに差を設けるという意味が既に含まれているはずです。平等とはある一定の価値を全員が得られるようにする事なんであって、そのためには強者と弱者に扱いの差が発生するのは当然のことです。

でも世の中の人はそこで平等と均等を間違ってしまって、様々な能力差がある人間をみな一律に競わせ頑張らせる事が平等だと思っている。日本での平等とは押し付けがましい頑張りの強制でしかないわけです。これは酷い。

KYM、思わず笑ってしまいました。本当に、腐れ外道には反省していただきたいですね。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月 7日 (月) 16時12分

たくやさんへ

>この記事を見てばっかじゃねーの自己責任だろと言い放つ人達の居る所を目指さなきゃと思った時期もありました。

そうですよね、ネット右翼的な時期もあったんですもんね。それを私の記事で引き戻されたと(偉そう)。

>人間的進歩か社会的敗北かは何とも

人間的成長に決まっていますよ。たくやさんは人を見下しながら自己を保つ生き方をやめたでしょう?この日本であっち側からこっち側に戻ってくるのは凄い事だと思いますよ。すいません偉そうに。

>少数派が楽な社会は多数派も楽なはずだけど

そうなんですよね、でもその楽さが彼らにとっては強烈な悪なのでしょう。堕落と言ってもいいかもしれない。彼らにとっては与えられた枠組みからはみ出さないように生きることが絶対的に正しくて、それが精神的にも「楽」なのでしょう。歪んだ楽ですけどね。

>でも多数派も幸せそうな人達がそんなに居る様に見えません。

そうなんですかね、やっぱり。私から見ると馬鹿そうに見える、幸せそうに見える。それはたぶん私がまともにあちら側についたことが一度もないからでしょう。たくやさんはそこの所がバランスとれてていいですね。

私なんかは「自分が外れる勇気がないからって外れた人をボコボコにしてもいいわけ?辛いって…自業自得でしょっ、だったらそんな価値基準やめればいいじゃん!」とかすぐ言いたくなっちゃうんで。でも奴らの共感能力の欠如を非難するなら、私ももっと心を広げないとダメなんでしょうね。他者に対する迫害を伴った辛さには共感しづらいけど。

でもよく考えたらそれはあいつらが加藤智大に共感できないのと同じなのかもしれない。

「人を殺したような奴に共感できるわけないでしょ」(多)

「人を見下して自分を保ってるような奴に共感できるか!」(私)

同じだ。だったら私もその壁を乗り越えねばなるまい。彼らも辛い。彼らも辛い。ムカつくけど彼らも辛い。

たくやさんの言うようにみんなで思い切って辛い社会をやめよう。本当にそうです。筋金入りの差別者なんてそういないのかもしれない。残りはやっている事は同じでも内心そこから外れる恐怖に怯えている。

なんか書いてるうちに考えがとっ散らかって長くなりました。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月 7日 (月) 17時10分

オールドニックさんへ

やはり向上心を持ってバリバリ働くという(僕から見たら都市伝説的な)価値観がしっくりくる人達にはカリスマに憧れ夢を託し引っ張って貰うのは気持ちいいじゃないでしょうか。何より上司だったりしたら暑苦しいかもしれないけど頼もしいし楽なんじゃないかと。ガイアのナンタラとかに出て来る社長さんを見てるとそう思います。

ニヒリストさんへ

なぜ最後ニヒリストさんがとっ散らかったかというと僕の文章が一貫していないからに他なりません(笑)
三行ぐらい書くと辻褄が合ってるのか分からなくなり何度も読み返す始末なもので(泣)

それから、まだ三分の一ぐらいはネット右翼の感覚が残っている気がします。まさにニヒリストさんのブログと出会えてかなり引き戻されたのですが、まだあちら側に戻る激情の火種がくすぶっているのは自覚出来るので我が事ながら油断出来ません。これからも我が油(笑)であっていただければと。

他者への共感は人類の進歩に欠かせない核だと思っています。多数派も死刑囚が犯行に至る境遇を想像してみる或いは少数派も日頃嫌悪している多数派が本当に嫌悪するだけの対象かを想像 観察してみる。偽善の権化の様な意見かも知れないですが、どっちつかずで多くの時間を過ごした者からすると共に心地よく生きるには分からない物を分かろうとする事しか無い気がします。このバランス重視な考えは物足りないかも知れませんが。
お互い分からない物を分かろうとする意志は持っておきましょう。

投稿: たくや | 2008年7月 8日 (火) 00時32分

はじめまして、以前TB打たせて頂いた者です。

批判するなという前置きがついてる記事へのコメントとしてはアレですが、私はやはり彼が自分の辛い境遇とは関係のない第三者を(それも秋葉原という場所柄、被害者の中には彼に共感してくれる人だっていたかも知れないのに)殺してしまったという点で、同情する事はできません。
7人殺したという事を考えても、死刑が妥当であると言わざるを得ません。

ただ、今回の件でいきり立っている厳罰化論者にも賛同はできません。
彼らの中には、どう見てもある程度の割合で、自分の正義感をぶつける「敵」の役割を加藤(及び犯罪者)に担わせようとしている人がいるからです。
加藤は自分の罪に対する罰は受けるべきですが、犯罪者だ、というだけで、事件と関係のない人間の「正義の怒り」(という名のエゴ)の標的にされる謂れはないと考えます。

投稿: 黒屋ぶるー | 2008年7月 9日 (水) 01時06分

たくやさんへ

>少数派も日頃嫌悪している多数派が本当に嫌悪するだけの対象かを想像 観察してみる。

大切ですよね。本当の事を言うならそんなものは向こうの排他的で理不尽な態度が改まってからだろうと言いたいですが、そんなことを言っていては死ぬまで想像、観察できませんから今からやらないと。

彼らは私にとって不愉快極まりない存在ですが、だからといって私までもが彼らと同じように馬鹿になって彼らを排斥していては何もなりません。

偏狭で頑迷な馬鹿とならないためにも、向こう側の立場を想像することが必要ですね。向こう側の人間にも断固求めたいですが。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月 9日 (水) 13時21分

黒屋ぶるーさんへ

どうも、はじめまして。

その節はせっかくトラックバックを頂いたのに何もせずに申し訳ありませんでした。黒屋さんの記事はきちんと読ませていただいてまして、よっぽどコメントを残そうかトラックバックを打とうかと思ったのですが、なんだかんだと時間が経ってしまいうやむやに。失礼しました。

さて、本題ですが、私は自身の記事の冒頭で批判をするなと言いたかったわけではありません。ただ私にとって彼は少し特別な存在になってしまっているので、何の人間的価値も感じない人間が彼をなんやかんやと悪く言うのを聞いていると「加藤智大という名前はお前みたいな下衆が口にしていい名前じゃねえんだよ!」というどす黒い感情が湧き上がってきて頭をかち割りたくなる、というだけの話です。

これは私の個人的な何の正当性もない憎悪に過ぎませんから、別に批判を封殺する意図で言っているわけではありません。ただ私が気に入らない内容であれば反論も批判もしますよ、というだけで。

>第三者を殺してしまったという点で、同情する事はできません。

人が人に共感する時に、その人が何をしたかなんて事が関係ありますか?黒屋さんは彼が人殺しでなければ彼の苦しみに共感できたと思いますか?彼の書き込みを見て現時点で共感できないのであれば、それは黒屋さんには彼に共感するチャンネルがそもそもないのではないでしょうか。彼が人を殺していようといまいと関係ないのでは。

別に彼に共感する事がすべてではありませんから、その事によって黒屋さんを批判するつもりは毛頭ありませんが、人を殺したかどうかで共感、同情の有無が決まるのは変です。黒屋さんはまったく関係のない第三者を殺害した人間がどれだけ自分と近くともまったく心を動かされないんですか?ずいぶん道徳に忠実なのですね。私は彼が犯した取り返しのつかない罪を勘案しても彼に対する共感を消す事はできません。彼は殺人という一点を除けば何も悪くなかったのですから。

7人殺したから死刑。今の日本の量刑基準では間違いないでしょうが、私は彼を処刑するべきではないと思います。死刑廃止論者ですし、感情的にもそう思います。

黒屋さんは死刑死刑の大合唱とは一線を画しています。激情的に正義の鉄槌を下したい人達とは違うのに、それでも彼の死刑を求めるのはなぜです?彼に死刑を執行してなんになるのか私にはわかりません。殺すという究極の排除によって社会の治安を守るなんてグロテスクです。個人に対する罰として考えればもっとですね。死刑存置論者としての考えを聞かせてください。

最後に全然関係ないんですが、秋葉原って本当に「そういう人」が多いんですか?加藤智大の苦しみに共感できるような。私はそうも思えないんですけどね、現にオタクは殺人者と自分とを差別化するのに汲々としているばかりで大して役にも立ってないように見えるんですが。もちろん全員じゃないですけど。

すみません長くなって。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月 9日 (水) 14時15分

>人が人に共感する時に、その人が何をしたかなんて事が関係ありますか?

なるほど。
確かに彼がどんな犯罪を犯したかという事と、彼の人格や人生に対する評価はイコールではありませんね(「罪を犯した」という事実もまた彼の人生の一部である事を鑑みれば、全くの別物とも思いませんが)。

彼の書き込み全てを見たわけではないですが、なるほど彼には人格を歪めざるを得ない事情はあったと思います。
ただ彼のような生き方・人格をしている人が全員人を殺すわけではない。戦前の、年200件超の通り魔が発生していた時期ならともかく、現代では彼は、「彼のような人たち」のなかでも更にマイノリティであると言わざるを得ません。犯罪に至ったことについてはやはり不可解であると言わざるを得ない。
人を殺したいと思うことと人を殺してしまう事ではまるで違いますから。

そして何より、彼が復讐の対象を、彼の境遇とはなんら関係ない一般人に設定したことは、どんなに大目に見ても解せない。それはやはり行動だけがどうということではなく、彼の人格、あるいは彼という存在そのものが、自分の敵ではない第三者にしか(あるいは第三者を殺して社会全体に不安を与えるという形でしか)復讐できなかったヘタレであったということに他なりません。
正直、トヨタ本社なり経団連にでも殴りこんでいたならもう少し話は分かるのですよ。

>激情的に正義の鉄槌を下したい人達とは違うのに、それでも彼の死刑を求めるのはなぜです?

一つ言えるのは、私自身何が量刑の判断として適切なのかについて確信にいたるものがないから、暫定的に現行の慣例に従うべきだ、と判断したからです。
現行の法制度下において日本の犯罪、特に殺人や強姦といった凶悪性の高いものが沈静化している(私のブログにも常々書いている事ですが、テレビ等で言われる凶悪化説は大嘘です。)以上、それは今の社会にとって、今の法制度が最も適切であるからだという可能性があるはずです。
今までのやり方を変化させるというのは、それが厳罰化、死刑廃止のどちらの方向であっても治安のバランスを崩す可能性を考慮しなければなりません。私はその部分に対する回答が示されていない現段階では、現行の制度がベストであると判断し、厳罰化・死刑廃止双方に対して反対という立場をとるつもりでいます。

>現にオタクは殺人者と自分とを差別化するのに汲々としているばかりで大して役にも立ってないように見えるんですが。

うーん・・・それは彼が事件を起こした後の結果論としてですよね。
親に虐待されて精神的にやられてしまい、更に派遣の期間工という先行き不透明な仕事にしか就けなかった・・・この時点なら、叩く人もいるでしょうけど、いくらか同情的な人は多かろうと思うのですが。

オタクで厳罰化を言ってる人は(無論一括りにしてはいけませんが)、宮崎勤的にオタク=悪というイメージが形成されるのを回避する為に、批判の矛先を犯人個人に一極化させようとしているのかもしれません。憶測ですが。

投稿: 黒屋ぶるー | 2008年7月 9日 (水) 17時24分

黒屋ぶるーさんへ

オールドニックです。

確かに、アキバに突っ込んだのは解せませんね。
そんなトコロに多数派の人気者がいるとは思えないのですが…。

ひょっとしたらオタク連中の間でも「負け組」・「勝ち組」の格差があるのかもしれない。
アニメがただ好きなだけの凡庸な「ファン」と、膨大な知識を蓄えた「マニア」「カリスマ」。
この両者が対等な仲間になっているだろうか?

ジヘーメーソン団では集団でありながら、このような「序列」や「パワハラ」を否定しています。
まずは少数派同士が仲良くするコトから始めましょう!!(←暗に勧誘してる)

投稿: オールドニック | 2008年7月 9日 (水) 21時09分

黒屋ぶるーさんへ

>彼のような生き方・人格をしている人が全員人を殺すわけではない。

そりゃあそうですよ。でも殺す人間と殺さない人間が決定的に違っているとは思いません。殺人に及ぶか及ばないかなんて紙一重で、その人の性格、周りの環境、そんなものが適当に積み重なった結果が崩れるか持ちこたえるか、それだけのことでしかない。

別に私にとっては彼があのような凶行に及んだ事は不可解でも何でもないんです。私と彼の差はそう大きくない。黒屋さんに「彼のような人達」と実際殺人に及んだ彼が違う存在として見えるのはまったくの異人種として外から見ているからです。

>そして何より、彼が復讐の対象を、彼の境遇とはなんら関係ない一般人に設定したことは、どんなに大目に見ても解せない。

なんら関係ないというのは確かに物理的つながりから言えばそうですが、彼にとってはあの日秋葉原を歩いていた人達は明確な敵だったのでしょう。私にはその感覚がよく分かります。

彼を苦しめた社会を作ったものは何かといえば一人ひとりの腐った価値観です。特定の誰かだけが作っているわけではない。その社会への憎悪が頂点に達した時、それはこの社会で楽しそうにしてる奴全員に向くのです。明るくて馬鹿そうで世間的な評価を得てうまいこと生きてる奴に。彼にとってはあの凶行は明確な敵意に裏打ちされた正当なものだったのです。

経団連とかトヨタとか、派遣労働という自らの不安定な立場に対する鬱積ならそれもふさわしかったのかもしれませんが、彼が感じていたのはそれよりも多数派に対する徹底的な憎悪だったのではないでしょうか。

>それは今の社会にとって、今の法制度が最も適切であるからだという可能性があるはずです。

適切とかいう前に人を処刑して保たれている社会秩序なんて健全かという話があります。それに死刑の犯罪抑止力は証明されてませんよね。

最終的には社会の秩序と個人の命とどちらに重きをおくかの違いでしょうが、私は死刑は社会の治安が崩れる「可能性がある」からとか代替措置がないからとりあえずとかその程度の理由で存続させるほど軽いものではないと思います。

死刑がなくても社会を問題なく運営している国が多くを占めている現実もあるわけですから、人命第一ということで死刑を廃止してみてもいいんじゃないでしょうか。治安のバランスが崩れる可能性があるからって漫然と人を処刑するのもどうかという話で。

>オタク=悪というイメージが形成されるのを回避する為に、批判の矛先を犯人個人に一極化させようとしているのかもしれません。

やっぱりオタクは自己保身に必死なのですよ。中途半端に世間に取り入ろうとしてる様がダッサい。オタクなんて既に気持ち悪がられてんだからもっと世間からはみ出せばいいのに。殺人者予備軍、上等じゃないですか。

PS.オールドニックさんの勧誘が入りましたので私からも言いますがジヘーメーソン団会員募集中です(露骨)。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月10日 (木) 21時14分

やっぱし「露骨」と思われるんでしょうね。
みんなの文化ではハッキリ言葉で要求するのは悪しき行為なんです。

決して言葉には表さず、黙って“何か”を感じさせる。
そーゆー「曖昧チャンネル」に周波数を合わせるのは大変です!

投稿: オールドニック | 2008年7月10日 (木) 23時32分

敢えてニヒリストさんに質問したいのですが、警官が自己防衛 周囲の人達の命を守る為に発砲し加藤智大が命を落としていたらどう思われたのでしょうか。その場での治安維持社会秩序を守るという行為と死刑という二次的三次的に社会秩序を守るという行為で思う所の差異はあるのでしょうか?質問の意図は単純な興味とニヒリストさんの命に対する価値観をもう少し深く知りたくなったからです。人を試す様ないやらしい質問で申し訳ないと思いつつ質問してみます。

それからニヒリストさんは加藤智大の事については攻撃的な面 排他的な面が見え隠れしますね。(議論ってそう言う感情的な応酬も含めてこそ茶番から遠ざかれると思うので良い事だと思います、自分は遠慮して喜怒哀楽を殺しがちで情けないですが)
ブログ内ではいつもこうよと言われるでしょうけど人とのやりとりで厳しい表現になるとハッとしました。それほど彼はニヒリストさんの核心に近いのかと。嫉妬に似た感情も沸きましたよ恥ずかしながら。彼に対する感情をもう少し冷静に言葉に置き換える事が出来る日が来たらもっと理解を示す人達は増えるかも知れませんね。(今もかなり冷静だと思いますがなお一層)


話は全然違いますが、何か勝手なんですが自分役割はジヘーメーソンの肩書きよろしく営業マンすなわち少数派と多数派を、何らかの形で理解を深め結びつける工作員に成る事ではないかと思い始めたのです。そんな馬鹿な人間が居ないとどう見ても両者は平行線。お互い害がなければ平行線で構わないかも知れないけどもうちょっとでも何とか成るんじゃないかと思うので思案に暫く暮れてみようと思う朝の午前7時6分です。

投稿: たくや | 2008年7月11日 (金) 07時06分

確かに人殺しがなぜ人殺しに走ったのかを検証することは、今後の犯罪を防ぐ意味でも重要ですね。そして人殺しといえども人権があるのですから、個人的なネットへの書き込みや卒業アルバム等をテレビ雑誌でさらして笑い物にしたりするのはいかがかなと思います。あと、安易にゲームのせいだとかネットのせいだとか結論付けてるマスコミ・自称専門家は大嫌いです。

ただ私は「他人の人権をむやみに奪った奴の人権は放棄されるべき」という理由だけで人殺しの死刑賛成派です。人権は生きる権利に置き換えたほうが意味が通りやすいですね。(ちなみにレイプ犯には即刻去勢が最もふさわしい刑だと思っています。)

別に下等を死刑にしたって、残されたものがこの事件を忘れず、真剣に考えていけば、いつかこの国は良い国になるかもしれない。
それでも人殺しを生かし、更生させることが、社会にとって、また被害者にとっても最善だ、というのは一体どんな正義感なんでしょう。

投稿: pyromania | 2008年7月11日 (金) 11時04分

>営業マンすなわち少数派と多数派を、何らかの形で理解を深め結びつける工作員に成る事ではないかと思い始めたのです。

そんな人がいたら助かります!
実は私も、発達ウォーズの最終章ではルーズが武器を捨てて少数派と多数派の懸け橋になるというオチを考えていたところなんですよ!(←早くもネタバレ!)

投稿: オールドニック | 2008年7月11日 (金) 11時06分

>それでも人殺しを生かし、更生させることが、社会にとって、また被害者にとっても最善だ、というのは一体どんな正義感なんでしょう。

では厳罰化すれば犯罪が減るのですか?
犯罪者を罰する以前にやるコトがあるのでは?

多数派は怠慢なのです!

投稿: オールドニック | 2008年7月11日 (金) 11時11分

>オールドニックさん

よく読んでくださいね。
人殺しを死刑にしたって、犯罪の背景を知り犯罪抑止に役立てることとは可能なんじゃないの?と書いています。社会が悪いのか、家庭環境が悪いのか、そもそもそいつが狂っていただけなのか、その他諸々、それを考察することは非常に重要だと考えます。ただそれは「他人の人権を奪った奴の人権を護る」理由としては解せないんですよ。

投稿: | 2008年7月11日 (金) 11時49分

>「他人の人権を奪った奴の人権を護る」理由としては解せないんですよ。

ソレでは順番が逆だと思うんですよ。最初に人権を蹂躙したのは誰か?

投稿: オールドニック | 2008年7月11日 (金) 13時31分

オールドニックさんへ

>みんなの文化ではハッキリ言葉で要求するのは悪しき行為なんです。

確かに…そうですね。

オールドニックさんから見れば私も曖昧文化に浸かっているように見えますか?

やっぱり私も自分でも気がつかないうちに曖昧文化に適応して生きてるんでしょうか。

その都度言ってもらえれば「ああこういう曖昧さがダメなんだ」と分かるので言ってくださいね。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月11日 (金) 18時32分

たくやさんへ

>警官が自己防衛 周囲の人達の命を守る為に発砲し加藤智大が命を落としていたらどう思われたのでしょうか。

一個人が身の危険に迫られてやむを得ず発砲するのと国家権力が一人の無抵抗の人間を処刑するのとでは全く話が違いますね。現実に危機が迫っているのと治安や社会の秩序の悪化という過程の話とでは暴力の緊急性のレベルが全く違います。

そうしなければ明らかに人命が失われるという危険が迫っている場合の発砲はダメとは言えないでしょう。

ただそれにしたって急所を外す訓練とかちゃんとやってないのかよ!とは思います。殺しちゃったら何にもならないだろうと。警察官の仕事は被疑者を確保し刑罰を受けさせることなんですから死なせてしまうなんてことは極力避けなければなりません。

ただ身を守るということは当然認められるべき権利でありますから、いつまでもその警察官に対してねちねち言うのも悪いなと思います。結局その現場を目にしていなければ正当防衛として妥当であったかの判断ができないので、悶々とすると思います。

>ニヒリストさんは加藤智大の事については攻撃的な面 排他的な面が見え隠れしますね。自分は遠慮して喜怒哀楽を殺しがちで情けないですが

あの…私も相当の気ぃ遣いであると自分で思っていたんですが…。私はオールドニックさんが羨ましいのですよ。議論の途中で遠慮なく「くたばれ多数派!」とか言えませんもん。

たくやさんが言っているのは「お前みたいな下衆が口にしていい名前じゃねーんだよ」とか「頭をかち割りたくなる」の部分ですよね?私はあれは自分のブログ記事の「彼の話をしないで」部分の説明として書いたつもりで、なんの人間的価値も感じない人間に黒屋さんを含めたつもりじゃないんですよね。通常そのような取り方になる書き方に…なってますねえ。たぶん「何の正統性もない憎悪なので」と書いたところで充分なフォローになってると判断したのでしょう。失敗しました。

テレビなどで見る多数派には上記のような憎悪を感じますが、一対一で人と話す時は私はあそこまで言いません。加藤智大に共感しないということだって尊重されてしかるべきですし、そこまで自分の考えを押し付ける気もないので。そこは私が舌足らずだったというしかありません。

それ以外の部分だったらまた言ってください。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月11日 (金) 19時18分

pyromaniaさんへ

はじめまして。私はあなたのようなコメントこそを待っていました。考え方の違う人とほど話がしたい。オールドニックさんと議論中のようですが私は遠慮なく割り込みます。

>個人的なネットへの書き込みや卒業アルバム等をテレビ雑誌でさらして笑い物にしたりするのはいかがかなと思います。

別に笑い者にはなってないと思いますが…。書き込みはまあマスコミの都合のいい抜粋には腹立ちますが、本人も見られるつもりで書いてたんですからいいんじゃないですか。ゲーム云々は論外で。

>ただ私は「他人の人権をむやみに奪った奴の人権は放棄されるべき」という理由だけで人殺しの死刑賛成派です。

人権に例外を求めるのが納得いきません。~した奴には人権なんてないとか言い出したら殺人意外にもどんどんその範囲は広がっていきませんか。結局なし崩し的に「○○のような奴はどうなってもしかたないよね」と人権が軽視される世の中になっていくと思います。私はそれを避けたい。

人権が大事というのならそれを侵害した人間の人権さえも、尊重しなければなりません。逆に聞きますが、他人の人権を奪った者に対してそれはやってはいけない事だったのだと教え(あまりこういう真面目腐った言い方は好きませんが)反省を促し社会でもう一度受け入れることのなにが不満ですか?

pyromaniaさんの言うように殺人に及ぶような人間がごく少数の「下等」な人間であればよかった(?)のですが、現実はそうではありません。誰でも人を殺す可能性があります。pyromaniaさんの今まで生きてきた環境では殺人がそれほど近くにあるということは想像がつかないかもしれませんが、人の心は簡単に壊れます。ごく少数の「下等人種」を囲い込んで処刑したって国はよくならないのですよ。

私達と何も変わらないごくごく普通の人間が一線を越えてしまう。それがなぜなのかという事をとりあえず考えてみませんか。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月11日 (金) 19時49分

ニヒリストさんへ

気を遣われているのは十二分に伝わっていますよ(笑)
然りとて押さえきれないものが所々に感じられたという事です。ご自身で示された部分もそうですが、?を挟んだ前の文と後の文に思いの強さや攻撃性を感じ取ったのです。(完全な僕の主観です)確かにハッとはしましたが、ぶつかり合ってこそ意義深いと思うので変な抑制はいりませんよ。僕の様に歩み寄りや妥協が常になるとつまらないですからね。奔放にどうぞ(笑)


それから警官に発砲されて命を無くす場合と死刑で命を無くす場合のニヒリストさんの考えの違いは分かりました。緊急性の無い独房に繋がれた人を処刑台に送り、遺族の応報感情 社会秩序の安寧 触法の罰を死を持って清算させるのは野蛮でグロテスクな行為。緊急切迫した現場での防衛行為による死は正当性が明らかならば攻める事はしない。という事でしょうか。

かなりの部分で得心がいきます。昔の広島のシージャック事件の様に射殺した警官が責められるのはおかしな話ですからね。死刑執行に関しても頭では生きて何か生産的な活動に従事させながら天寿をまっとうするまで贖罪の日々を過ごさせる事が良い気がかなりしているのですが……

死刑が無いことを逆手に取ってニヤつきながら凶行に及ぶ人間に情のある人を殺されて死刑制度が有れば死刑なのに死刑制度が無ければ、反転して自分が犯人をニヤつきながら殺しに行く気がしてならないので100%死刑反対には成れないんです。此処でも狭間に嵌り込んで出られません。 生涯明確な立場は僕には無いのかも知れません。
故に営業マンなのかもしれませんが…

投稿: たくや | 2008年7月11日 (金) 23時02分

すいません(泣)投稿完了にならなかったので何回も押してしまいました。消せるものなら消して置いて頂ければ幸いです。

投稿: たくや | 2008年7月11日 (金) 23時10分

なるほど、たくやさんが何を指して言っているのかよく分かりました。そういう攻撃性に関してはまったく無自覚というわけではないので安心しました。気がつかないうちにやってたら怖いなあと思って。排他的にならない程度に下手な抑制はせずやってゆきますね。行き過ぎてると思ったらいつでもケチつけてくれてかまいませんので。

>緊急切迫した現場での防衛行為による死は正当性が明らかならば攻める事はしない。という事でしょうか。

まあそうですね。死刑の場合はなにを守るのかが漠然としすぎていて。社会とか秩序っていうのは個人を抹消して維持してゆくものではないと私は思っているので。

死刑がないからとニヤニヤしながら人を殺す人ってそんなにいるんですかね?私はパッとあの人!というのが思いつかないんですがたくやさんは思いつきます?人を殺してみたかったとか言ってもそう思うまでには膨大な背景があったりしますし。

よく分かりませんが、綺麗事を言うなら漠然とした危機意識のために人を処刑していいのか?ということは言えると思います。危険を全て除去しようと思ったら理不尽に排除される人が絶対に出てくるわけで。じゃあお前殺されていいのかと言われればそれは嫌ですが、人を処刑した結果の「平和」な社会に魅力を感じるかといえばそれもNOです。

平和も人権も途方もない理想を追い求めなければ達成されないものと思っていますので、綺麗事は大嫌いな私ですがダサいのは承知で全ての人間との共生を掲げたいのです。更生の可能性がない人間などいないと思います。今まで厳罰化に注いでいたエネルギーを犯罪者の更生に振り向ければやれない事はないと思いたい。

ダブっているコメントは消しておきました。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月11日 (金) 23時59分

お手数をおかけしました(礼)
確かにナチュラルボーンキラーなんて想像上の物で過去の猟奇的な殺人者もこちらの無理解や先入観で歪めているのかも知れません。下劣な例えですが部屋でゴキブリを見たら退治するまで落ち着かないという生理的嫌悪感を人に向けているとしたら確かにグロテスクですね。そんな事を言うと命ハラスメントだとオールドニックさんに怒られそうですが。

ニヒリストさんの理想への共感と躊躇…
よかったら共感の方に転ぶ様にダメ押しして下さい(笑)

投稿: たくや | 2008年7月12日 (土) 03時07分

返信が遅れてしまいました。

>ニヒリストさん

まず最初にお詫びを。下等というのは加藤の変換ミスです、他意はありません。私宛のレスポンスで気がつきました。

1.
尊重されるべきだから、剥奪するんですよ。殺された人には尊重されるべき人権そのものが無くなってしまったのだから。人権は等価なのですから。

2.
反省を促す事については賛成です。加藤に関して言えば、真に反省した暁には切腹でもするのでしょう。もしくは、自分が死刑台に立つその時自分の侵した罪の重さに涙し、そして死んでゆくのでしょう。その涙こそ真の反省の証です。

・・・上記のとおり、私の思考回路では「反省→社会復帰」の線自体がそもそも無いのですが、どのような反省が「もう一度社会が人殺しを受け入れるに値する反省」だとお考えですか?

3.
先にも書いていますが、なぜ一線を越えてしまったのかを考える事は非常に重要だと思います。それが出来なければ本当にこの国はお終いです。ただそれと、犯した罪への罰を加藤に対して与えるのとは関係無い様に思いますが。悪い例で言えば宮崎勤の事件について何か確信が得られましたか?

>オールドニックさん

>最初に人権を蹂躙したのは誰か?

加藤の件を例に出せば(誰の件を例に出しても一緒ですが)、誰も加藤の人権なんか蹂躙していませんよ。加藤の人権は、加藤が他人の人権を奪ったと同時に、加藤自身が放棄したのです。

ただ加藤は確かに「人権を蹂躙されている」と感じていたのでしょう、それは間違いないと思います。そんな加藤の「心の闇(なんて言い方は好きではありませんが)」の部分は理解していく必要がありますが、けどだからって八つ当たりみたいに他の人の命を絶っていいはずがない。

投稿: pyromania | 2008年7月13日 (日) 03時14分

>ただ加藤は確かに「人権を蹂躙されている」と感じていたのでしょう、それは間違いないと思います。

たとえば、セクハラの場合は被害妄想でも通りますよね? 誤解された奴が悪い、と。

被害に遭ったと感じた人が、ちゃんと不平不満を言える社会でないと、いつまで経ってもテロや冤罪が無くなりません。

投稿: オールドニック | 2008年7月13日 (日) 11時45分

正直、厳罰化論が人権尊重の立場から出ているとは考えにくいんですよ私は。

数年前のイラクだかアフガンの日本人人質事件のときに自己責任論が流行りましたけど、あれって「自分で決めたんだから、誰の助けもなく死んでも仕方ないよね」という事でしょう?
自殺に関してだって、全てではないにしろ「死ぬのは本人の自由、死にたきゃ勝手に死ね」という意見がかなりある。

それはつまり、自分の選択の結果として人権が尊重されなくても仕方がない、責任の所在がどこにあるかで人権の価値は変わってくるものだ、という事になる筈でして。
今回のような事件以外のトピックを見ると、人権というのはかなり相対化されています。

そんな見解を人権尊重とは言えないでしょう。

むしろ、自殺者や人質に対したときと同じ「自己責任論による人権軽視」の思想を殺人犯に対して用いているから厳罰化という発想が出てくるのではないか、と思います。

そもそも、遺族は苦しんでいると言うなら、その苦しみをいたずらに増大させているマスコミ、そしてその需要を生み出している我々一般人にだって責任はある。
そのことを無視して、事件に関するあらゆる事の責任を犯人に一極集中させるのは、結局のところ魔女狩りとそう大差ないのでは。


・・・とフォローしてみたものの、やはり加藤が一般人を狙ったことは許しがたいです。
彼にとって世の中全ての人は敵である。仮にそうだとしましょう。
それでも、彼に直接的な被害(感)を与えたのは他ならぬ彼の周囲にいた人物な訳で、その人たちがいわば「敵」の代表者たりえないのはおかしい。彼らではなく見ず知らずの一般大衆を標的にしたのは、自分自身の関係者を攻撃する事で受けるであろう非難の目に対する逃げの結果だったと考えたほうが納得がいきます。
私の経験上、自分を攻撃してくる相手本人に反撃を試みるのはそれなりの度胸を必要としますので。


>殺人者予備軍、上等じゃないですか。

いや、それはマジ勘弁してください。
いま殆どの政党で根拠のないオタ撲滅政策を進めようとしてますから、ここで認めちゃうのは戦略として非常にまずいです。
私は「オタク以外の何か」を身代わりにしてバッシングをかわそうとする態度は認められませんが、オタク=悪の構図に対してはまだ矛を収める時期ではないと考えます。

投稿: 黒屋ぶるー | 2008年7月13日 (日) 18時48分

pyromaniaさんへ

>下等というのは加藤の変換ミスです

はあっ、そうでしたか失礼しました。

>尊重されるべきだから、剥奪するんですよ。

なぜそんな原始的な方法に拘るんです?やられたらやり返せ的な刑罰には私は魅力を感じません。正直それで何の満足が得られるのか想像もつかない。異文化コミュニケーションです。

遺族の方が死刑を望むのは分かるんですよ。でも当事者でもなんでもないpyromaniaさんがなんでそんなに加害者を処刑したがるんですか?確かに反省しようがなにしようが死んでしまった人は戻ってこない。でもそれは死刑を執行したって同じ事です。取り返しのつかない罪をどう背負って生きていくかというのが人間らしい罪の償い方ではないですか?

私はそもそも死刑の執行に反対で、反省してるからいいじゃないかという論法はとる気がないのですが、反省させた上で処刑するというのは物凄い取り合わせですよね。有無を言わさずそんな殺人キチガイ野郎は処刑だというのでもなく、社会でもう一度受け入れようというのでもなく、反省という加害者の人間らしさを認めた上でやっぱり処刑するという。私には殺す必然性がわかりません。

>どのような反省が「もう一度社会が人殺しを受け入れるに値する反省」だとお考えですか?

値する反省をしているから受け入れるのではなく、社会で受け入れるために反省、更生をどう促していくかを社会全体で考えるんです。こいつはいい、あいつはダメなんて反省度を量って選別を行う事は本旨ではありません。そもそも処刑するべきだという人とは平行線になってしまいますけど。

>ただそれと、犯した罪への罰を加藤に対して与えるのとは関係無い様に思いますが。

罰を与えるのは結構ですがpyromaniaさんのいう罰は死刑でしょう?背景を探って原因が「分かったら」はいさようならと処刑する。pyromaniaさんにとって彼は次の犯罪を防ぐためのデータを取る道具に過ぎない。

分かる事と処刑する事が両立するはずないんですよ。分かる事は共生とセットです。そして都合のいい解釈は処刑とセットです。その価値観は犯罪者予備軍にとって救いにならない。だから犯罪のない社会も作れないと感覚的に思うのです。

>悪い例で言えば宮崎勤の事件について何か確信が得られましたか?

確信というのはどういう意味ですか?私は残念ながら彼の事件についてはこの間の執行で話題になるまで事件そのものを知らなかったのです。ちょうど私が生まれたぐらいの年代の事件ですので…。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月14日 (月) 22時11分

黒屋ぶるーさんへ

彼の書き込みに以下のようなものがあります。

06/05 12:04
人と関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別に殺すし
難しいね

これに尽きると私は思います。彼には殺すほど深い繋がりのある人間などいなかった。

週刊誌などの情報を信じるなら彼には上っ面だけの友達はいました。たぶん彼の周りの人は「それなりに」いい人だったのでしょう。でも「それなりに」いい人なだけでは本当の苦しみを共有することはできない。

彼は犯行に及ぶ前に携帯のメモリーを全部消していた。「迷惑を掛けたくなかったから」です。彼は自分の周りの人達を嫌いではなかったんじゃないでしょうか。理解者ではなかったにしても。

鈍感ないい人はタチが悪い。そういう人にはつい自分の全てを話して分かってもらいたくなる。でもそれが叶わない事は彼自身よく分かっていたのだと思います。だから憎悪は屈折し無差別に拡散した。彼は周りの人間を憎めなかったのです。中途半端にいい人達だったから。

もう彼の中では憎悪もコンプレックスも疎外感も全て今までの人生で出来上がってしまっていたから、それが他人に向くか知っている人に向くかはタイミングやめぐり合わせの問題でしかなかったと思います。

>いま殆どの政党で根拠のないオタ撲滅政策を進めようとしてますから、ここで認めちゃうのは戦略として非常にまずいです。

なるほどオタクには実害が及んでいるのですね、それは知りませんでした。具体的にはどのような弾圧を受けているのですか?

投稿: ニヒリスト | 2008年7月15日 (火) 16時06分

もうちょっと続けてみます。

――――――――――

オールドニックさん

>セクハラの場合は被害妄想でも通りますよね?

それが通っちゃってるのが一番の問題だと思いますが(苦笑)

>被害に遭ったと感じた人が、ちゃんと不平不満を言える社会

現代はどっちかって言うとそういう被害妄想の人の声ばかり大きくって大多数の人間にとって息苦しい世の中になってしまっていると思います。「本当に被害にあっている人」の不平不満をきちんと拾っていける社会になれば良いな、とオールドニックさんのレスを読んで思いました。

――――――――――

ニヒリストさん

>やられたらやり返せ的な刑罰には私は魅力を感じません。
>正直それで何の満足が得られるのか

人殺しは殺してしまえ=死刑だとお思いで?
人殺しに相応しい罰=死刑だと考えます。満足するしないではありません。
他に人殺しに与える罰として相応しい罰が見当たりません。

犯罪者の更生・社会復帰を考えていくのは非常に重要ですが(それでも日本は被害者遺族に対してと比べれば十分すぎるほど犯罪者へのケアは充実しているようですが)、社会秩序のためには、それと同時に罪に対して適宜罰を与える事を疎かにしてはいけません。

>遺族の方が死刑を望むのは分かるんですよ。でも当事者でもなんでもないpyromaniaさんがなんでそんなに加害者を処刑したがるんですか?

このセリフって本当によく見聞きするのですが、正直それの何処が悪いのかが解りません。私が「加害者を処刑したがる」のは、上記のような理由からですが、「私が被害者の家族・友人なら、許せない」っていうのはそれほどオカシイですか?無関心でいろって事?

今回のような無差別通り魔殺人の類は、誰しもが被害者になる可能性があるわけで、社会的な影響力の大きさから、私は世論としてそういうのはありだと思いますし、誰しもが加害者になる可能性もあるわけですから、「加藤の気持ちも解らないでもない」と加害者に感情移入しちゃう人も、それはそれでありだと思います。(あ、マスコミの被害者担ぎはまた別問題です。)

>確かに反省しようがなにしようが死んでしまった人は戻ってこない。でもそれは死刑を執行したって同じ事です。

でも、被害者(の家族、知人)の心に溜まった負の感情のほんの一部でも、晴れるかもしれない。死刑かどうかはこの際ともかくとして、きちんと相応の罰を与えないと、救われないですし、それは無視できないですよ。「死んだ人はもう戻らないから、良いじゃないか」的な発想は受け入れ難いです。でもそもそも刑罰と言うのは被害者感情を晴らすためにあるものではないことは重々承知してますから、これは個人的な感情論ですが。

>反省という加害者の人間らしさを認めた上でやっぱり処刑するという。

彼のためにも、せめて人間らしく死んで欲しいと思います。罪を憎んで人を憎まず、と言うでしょ?

>値する反省をしているから受け入れるのではなく、社会で受け入れるために反省、更生をどう促していくかを社会全体で考えるんです。

「私達も君を受け入れられるように変わるからさ、お前も反省して更生して、社会の一員として生きていけよ」って事ですかね。自分だけが社会から迫害されていると社会に不満を持っている人からすれば想像もつかないでしょうが、いわゆる多数派なんて人たちももちろん多かれ少なかれ、日々変化をし続ける社会に不満を抱えながら生きています。それこそ皆が皆「被害妄想」を胸に溜め込んで生きています。多数派も少数派も生きているハコ(社会)は同じですから。「そこにわずかでも希望を見出せるか否か」の差でしょう。

結論を言うと「反省は、お前が自分で考えて、自分でしろ」です。反省する事自体しない人には「反省しろよ」と言ってあげます。反省とは内向的なものですから、他人の内側に入り込むのはその程度が限度です。

>背景を探って原因が「分かったら」はいさようならと処刑する。pyromaniaさんにとって彼は次の犯罪を防ぐためのデータを取る道具に過ぎない。

そんな風に翻訳されると物凄いアクドイ奴みたいですね。。。。。でもまぁ概ねそんな感じです(感情的にはもう少しやわらかいですけどね)。

>都合のいい解釈は処刑とセットです。

この「都合のいい解釈」ってなんですかね。

>宮崎勤の事件

私も当時の事は詳しくありません。同じく小さな子供でしたから。死刑執行の報道で、結局何もわからずじまいで、彼自身には反省の色もなし、って事だったみたいなんで、そんなものなんだな、と。

投稿: pyromania | 2008年7月17日 (木) 02時30分

法律違反者を処罰する理由は、結局のところ皆に法律を守らせるため。

しかし処罰されるのが法律に違反した者だけという現状は、本物の悪人がノサバる温床になっていると思います。

刑務所に入るような奴は、しょせん大した悪党じゃないと思いますよ。小物です。

例えば「累犯障害者」なんかは、軽度知的障害や発達障害といったハンディ・キャップがあるのにも関わらず、
本人も周りもそれに気づかず、適切なケアを受けられずに社会から誤解され、挙句の果てに犯罪に手を染める…。

加藤クンに悪意があったか? あったのは多数派じゃないのか?

投稿: オールドニック | 2008年7月17日 (木) 10時57分

>人殺しに相応しい罰=死刑だと考えます。

これと人殺しは殺してしまえというのと何が違うのか私には分からないのですが。pyromaniaさんが死んで欲しいと思ってるからそうなるんでしょう。もう少し詳しく説明をお願いします。

>被害者遺族に対してと比べれば十分すぎるほど犯罪者へのケアは充実しているようですが

被害者支援が足りてないんだからそこと比べて充分すぎると言われても困ります。被害者に対する勝手な実名報道や国民の処罰感情を煽り立てるための酷使のされっぷりを何とかしなければなりません。勝手に低い所にあわせてもう充分だろうと言われてもちっとも充分じゃありませんよ。

>「私が被害者の家族・友人なら、許せない」っていうのはそれほどオカシイですか?無関心でいろって事?

んなことは言ってませんよ。ただ犯罪者に刑罰を科すって事はスポーツ観戦とは違うわけですよ。どっちかに感情移入して熱狂して刑罰や社会のあり方さえもそれに流されていく。それがいい事だとは私は思わないですから。私も加藤智大には相当感情移入しました。でもそれと加藤智大にどのような刑罰を科すかはまったく関係のないことです。個別具体的な一つひとつの事件と刑罰の在り方をどうするかという話は分けなければなりません。

pyromaniaさんも別に今回の事件で被害者がかわいそうだから加藤智大を死刑にすべきだなんて言ってるわけじゃないでしょう?ちゃんと社会とか刑罰全体のことを考えて死刑が妥当だと思って言ってるんですよね。だったら被害者云々でなく刑罰としての死刑の話をしましょう。

>彼のためにも、せめて人間らしく死んで欲しいと思います。罪を憎んで人を憎まず、と言うでしょ?

死刑で人間らしい死に方ができるわけないでしょう。罪を憎んで人を憎まずという言葉はそんな狭い意味の言葉じゃありません。死んでほしいと思ってる時点で思いっきり人を憎んでるじゃないですか。人間らしくって、そんなのたちの悪い侮辱でしょ?彼は今でも充分人間らしいんですよ。どうせ死ぬのは一緒なのに施しでも与えてやってるおつもりで?

>死んだ人はもう戻らないから、良いじゃないか」的な発想は受け入れ難いです。

本当に被害者みたいな物言いですね。言っておきますが私はpyromaniaさんが被害者じゃないから上記のような言い方をしたのです。被害者の方の中には愛する人を突然奪われて「せめてあいつが死ねばあの人も報われる」と思ってる人もいるでしょう。その感情をもう帰ってこないんだからと捻じ伏せる事は私はしません。

ただ刑罰の論議はそれとは離れたところでやるものです。pyromaniaさんのいうように刑罰は被害者の気持ちを晴らすためのものではないんですから。被害者の方がそう言っているからでいいのなら全員死刑です。第三者が刑罰について論議するというのはそういうことじゃないんですよ。

>結論を言うと「反省は、お前が自分で考えて、自分でしろ」です。反省する事自体しない人には「反省しろよ」と言ってあげます。反省とは内向的なものですから、他人の内側に入り込むのはその程度が限度です。

もちろん最終的には反省は本人が自発的に勝手にするのですよ。ただそれをするための環境を整える事は必要でしょう。今まで誰にも認められずそれでやけを起こして犯罪を行った人間に反省しろとただ口で言って「あげても」何の効果もありません。それで反省できるならそもそも人なんて殺しません。

その人の存在を認めること、社会で受け皿を用意する事が必要だと言っているだけです。

宮崎務の事件ですが、真相が分からない状況ならなおのこと死刑は執行すべきじゃなかったですよね?反省云々より本当に刑罰が受けられるような精神状況だったのかという問題もありますし。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月17日 (木) 12時45分

>その人の存在を認めること、社会で受け皿を用意する事が必要だと言っているだけです。

秘密結社ジヘーメーソン団!

投稿: オールドニック | 2008年7月17日 (木) 16時40分

>これと人殺しは殺してしまえというのと何が違うのか私には分からないのですが。pyromaniaさんが死んで欲しいと思ってるからそうなるんでしょう。

死刑は人を殺す行為ではなく、(誤解を恐れずにいえば)単なる刑罰です。「だれにも認められず、むしゃくしゃするから、酒飲んで首都高を爆走してやった」だと罰金もしくは懲役の刑罰、「だれにも認められず、むしゃくしゃするから、誰彼かまわず殺してやった」だと死刑、ただそれだけのことです。

>被害者支援が足りてないんだからそこと比べて充分すぎると言われても困ります。

被害者・加害者双方のケアは重要ですし不十分でもあるでしょう。ただ被害者のケアは加害者のケアと比べるとないがしろにされている事実を言ったまで。どちらも重要だけど、そのどちらにも引っ張られないで、きちんと犯罪者の犯した罪を罰していく事こそ社会秩序のためには重要だ、と言うのが本旨です。

>どっちかに感情移入して熱狂して刑罰や社会のあり方さえもそれに流されていく。

そんなのどっちもどっちと思いますがね。そもそも世論は世論であってそれで刑が重くなったり軽くなったりしないでしょう。そんな例は今まであったのでしょうかね。この国の全ての事件を把握しているわけではないので、私の知らないところで、世論によって死刑判決が出た、なんて事実があればお詫びするとともにそれは異常だなと考え直しもしますけどね。

>>死んだ人はもう戻らないから、良いじゃないか」的な発想は受け入れ難いです。
>本当に被害者みたいな物言いですね。

ですからこれは「個人的な感情論」だと断っています。まぁ、そんな発想の持ち主が思う「犯罪者を受け入れる社会」ってのはいったいどんな社会なのか、って意味ではそんなに外れてないとは思いますが。

>被害者の方がそう言っているからでいいのなら全員死刑です。第三者が刑罰について論議するというのはそういうことじゃないんですよ。

もちろんです。もし仮に被害者が「加害者に罰を与えないで」と懇願したとしても、現行法で人殺しに最も相応しい刑罰は死刑だと主張すると思います。

>それで反省できるならそもそも人なんて殺しません。

うつ病の治療や自己啓発セミナーじゃないんですから、そんなお膳立てしてさせる反省なんて意味ないですよ。

>その人の存在を認めること、社会で受け皿を用意する事が必要だと言っているだけです。

ん~、まとめると

加藤が殺人を起こしたのは加藤のせいではなく社会のせいなのに、都合のいい解釈で加藤は処刑されようとしていて許せない。そもそも殺された人間は加藤を処刑したって戻ってこないんだから、ここはひとつ罰を与える事よりも、加藤が人を殺したいって思わないような加藤の暮らしやすい社会を作っていくことを考えていこうよ。

てな感じですかね。どんだけ感情的なんだよと思わなくもないですが。

第2第3の加藤が現れて、次は私自身が無意味に殺されてしまうくらいならば、犯罪者予備軍の皆様の仰せのままにいたしてもよいかなとは思いますが、それとこれとは話は別で、加藤は殺人に見合った刑に処されるべきだと思いますがね。

私はそれが死刑だと思ってますけど、違うって言うなら、仮に何か殺人に見合った処罰があるのなら、別に何でも良いんじゃないですかね。

投稿: pyromania | 2008年7月18日 (金) 01時28分

>死刑は人を殺す行為ではなく、(誤解を恐れずにいえば)単なる刑罰です。

誤解って何ですか?ヒステリックな反論が嫌だからとりあえずつけたみたいな。誤解も何もpyromaniaさんが死刑は単なる刑罰だと思ってるってそれだけでしょ?

死刑は単なる刑罰を超えた殺人です。なぜ人を殺す行為じゃないんですか?実際に刑務官が吊るして処刑してるんですよ。どういう考え方のトリックなのか知りませんが、人の死に対してその程度の感性しかないのによく被害者の方がかわいそうだと思えますね。その感情はあるのに加害者の命はなくなってもいいなんてよく分かりません。

>そのどちらにも引っ張られないで、きちんと犯罪者の犯した罪を罰していく事こそ社会秩序のためには重要だ

結局制裁の面しかない。秩序秩序って多数派が安泰に暮せればそこからこぼれ落ちた人間はどうでもいいんですか?排除することで「安全な」社会を目指すことしか能がない。そういう排他的な考えでは犯罪が減りませんよ。

>そもそも世論は世論であってそれで刑が重くなったり軽くなったりしないでしょう。

世論が判決に影響を与えてる例などいくらでもあると思いますが。光市の事件だってそうです。元少年が書いた手紙の内容や裁判での供述などがマスコミでセンセーショナルに伝えられ、弁護士に対するわけの分からないバッシングまで。それが死刑判決に影響しなかったなんて思えませんけどね。本村さんの露出度もありますし。

>そんなお膳立てしてさせる反省なんて意味ないですよ。

何で意味がないのかが分からないのですが。だったらそれすらされずに行われる処刑には意味があるのですか?

私もまとめます。

そのように短絡的に訳されるとどうしようもないんですがね。大体私は個別具体的な事件と刑罰の話は分けようってさっき言いましたよね。加藤智大の話は別にいいんですよ。結局私がpyromaniaさんにとって生きているのも気に入らない犯罪者を庇うような素振りを見せるからそれが不快なんでしょ?

それにこれが感情的なら社会秩序のためには人を殺して排除するべきだという話はなぜ感情的じゃないんですか?私もpyromaniaさんも感情的だってこと?

pyromaniaさんの強固な処罰感情を満足させる死刑以外の刑罰を考え出すのは今の私には難しいかと…。終身刑でもきっとダメなんですよね。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月19日 (土) 00時54分

>大体私は個別具体的な事件と刑罰の話は分けようってさっき言いましたよね。

それは失礼。「加藤」を「殺人者」と置き換えてください。全て意味は通りますので。

>終身刑でもきっとダメなんですよね。

そんな事はないですよ。罪によっては懲役100年(つまるところ絶対的終身刑)とかね。相応の罰を与えるべきだと思うだけで、殺してしまえとは思わないですから。ただ、今現在の日本の刑罰じゃ殺人者に与える刑罰は死刑しかありえない(仮釈放前提の無期懲役じゃ殺人の罰として相応しくない)。

投稿: pyromania | 2008年7月19日 (土) 01時45分

ああ、終身刑でもいいんですか。それなら今死刑廃止派も存置派も超党派で集まって仮釈放の無い終身刑を創設しようと国会議員たちが動いてますよ。

終身刑を創設しても単なる厳罰化にしかならないんじゃないかという意見もありますが、pyromaniaさんのように終身刑でもいいという人もいるなら死刑を減らすのに一定の効果はあるのでしょうか…。

人を一生刑務所に入れておくのが人権上問題ないのかを考え出すと最近私も考えてしまうんですが、立場の違う人とも接点を見出しやすい題材ではあるんですよね、終身刑は。

というわけで終身刑創設を訴えている「量刑を考える超党派の会」の支持で接点を見出しませんか。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月19日 (土) 03時47分

平成生まれで大学にも行かれてないのに素晴らしい文章力と表現力ですねえ、御見逸れしました(汗 

私も加藤智大には自己投影していて、彼に対して「同情の余地がまったくない」とかいうワイドショーのコメンテーターには激しい悲憤を感じます。あんたのように想像力に欠ける人間ばかりだから彼は被害者であり続けたあげく、加害者にならなければならなかったんだよと。

ただ、我々(ってこの際言っちゃいます)のように社会に適応できない人間は、どんな古今東西どんな社会でも一定数出てくるものではないか、と言う気はします。あと、宅間や加藤の痛みに思いを馳せろ、と言ってもどうせ「世間の奴ら」には届きはしませんよ。言っても無駄です。

投稿: 宅間守シンパ | 2008年7月19日 (土) 08時53分

宅間守シンパさんへ

コメントありがとうございます。自分の書いたものが評価されるのは嬉しいです。

>あんたのように想像力に欠ける人間ばかりだから彼は被害者であり続けたあげく、加害者にならなければならなかったんだよと。

そうそう、ほんとに最近の若者は式の決めつけから、我慢が足りんだの、辛いのはみな同じだの、挙げていけば切りがありません。ああいう人達は自分が原因を作ってるなんて夢にも思わないんでしょうね。

社会に適応できない人間がいつの世も一定数出てくるのは当然のことだと思いますが、その社会自体が異質なものを認める度量がどれだけあるかで生き辛さは随分変わってきます。日本は不寛容の魔女狩り国家ですから生き辛く感じるのは当然です。

で、その言ってもなかなか分かってくれない「世間の奴ら」とは相反する理念で運営されているのがジヘーメーソン団です。宅間守シンパさんは我々という言葉も使ってくださったことですし、ぜひ入ってみませんか。

別に何をしなければならないということはないですし、軽い気持ちでなんとなく入っていただければと。理想の社会にするための第一歩です(たぶん)。

投稿: ニヒリスト | 2008年7月19日 (土) 17時38分

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