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2008年8月28日 (木)

コミュニケーションに障害が2

最近落ちてないなあ、調子いいなあ、と思うと「ああそうか、人と関わってないからだ」と気付かされる事がよくある。私にとってやはり人と関わるということは不快要因でしかないのか。落ち込まずに人と関わる方法ってないかなあ。

なんて話はさておき、最近パン屋にはまってます。パン屋は私のような人間にピッタリ。なぜなら店員と口を利く回数が一回で済むからです。どこか店に入って座ろうもんなら入店時、注文時、注文した品がやってくる時、会計時と4回も店員と接触しなければならない。これはかなりハードル高い。調子よくないと入れない。それがパン屋なら勝手に入って勝手に選んで一回お金だけ払えば後は勝手に帰っていいんです。これは楽。

元来何かにはまると何日もそればっかというB型人間なのも手伝って、週に何度もパン屋に行ってしまう。一回あたり500円前後は散財してしまいあまりよろしくはないのですが。というかコーヒーが268円というのは法外だ。何回かに一回しか頼めないじゃないか。ブラックコーヒーは私の必須アイテムなのに。

にしても、店員とコミュニケーションをとるのって難しくないですか?レシートの要る要らない、レジ袋の要る要らない、小銭をピッタリ出す出さない…3分の1ぐらいの確立で絶対くっちゃくちゃになって失敗するんですけど。大体私の言っていることをちゃんと聞き取ってくれないし、私も不意を衝かれると向こうの言っていることは半分ぐらいし分からない。「いいです」と言ってもつけられ、「要ります」と言っても捨てられ。店員は化け物だ!もはや私の言語は通じない…。

私が薄っぺらな中身のない会話が苦手なのは上記のような欠陥が絡んでいると思われます。殺人は悪かについて喧々諤々の議論を交わすことはできても、その一方で天気の話とか寒暖の話にはついていけない。「だから?」と思ってしまうからです。世間の人のそういう会話ってどういう意味があって行われてるんでしょう。暑さ寒さなんて人によって感じ方は個人差あるし、逆に誰もが感じるぐらい暑かったり寒かったりすれば、そんな事は言わなくたってみんな分かってるわけで。ますます何で数ある中からそれを話のネタとしてチョイスするのか分からない。

みんな何も考えずに生きてるってこと?そんな馬鹿なと思いたいけどやっぱそうなのかな。

別にそんなつもりはなかったけどまたコミュニケーションの話になってしまったのでタイトルを適当に2とかに。ネタがないわ。最近真面目な話をしてないもの。ハッ、世間の馬鹿に毒されて私も馬鹿に?ああものが考えられなくなったよぉ。でもそっちの方がきっと世間に適応するには有利なのでしょうね。

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2008年8月21日 (木)

コミュニケーションに障害が

私ヤマハに通ってるんですけど。ああキャラが崩れる?似合わない?ま、エレクトーンを少々やってまして。

で、そのレッスンが(レッスンって響きが気持ち悪い、他に何かいい言い方はないかしら)木曜の3時半で私はそれを変えたくて変えたくて。図書館は空いてないし(寄れなーい)、3時半に行かなきゃいけないと思うとそれまでの時間が有意義に使えないし、次の日バイトだし。時間も曜日も最悪。じゃあ何でそんな時間にしたのかと言えば最初に「じゃあ木曜のこの時間でいいですか?」と言われて適当にはいはい答えてしまったからに他ならない。

私は人と会話をしているとつい、なるべく発話数を少なくさっさと終わらそうとするところがあって、最短距離を突っ走ってしまうのです。「はい」で済むことは「はい」じゃなくても「はい」と答えてしまうんです。聞き返したり、「いえ、○○でお願いします」なんてことはよほど準備していない限り言えない。それでいつも言えなかった後悔を抱えて溜息ばかりついているわけなんです。

それで今日やっと曜日の変更を言い出せたのですが、これを言うのになんと半年も掛かってしまいました。言い辛いことが言い出せないのは人間誰しもそうだと思いますが、私の場合苦手なのは発話そのもの。言い辛くもなんともないことが言えない。なんでもはいはい答えちゃってしかも自分から言葉が発せないなんて、これじゃあ人とコミュニケーションが取れないじゃないか!なんてことはずっと前から気付いてたけどね、うん気付いてた。

しんどい。人生自体がしんどい。誰とも関わらずひっそりと、以外に解決法はないのかしら…。

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2008年8月17日 (日)

江戸博にぃ、行ってました

なんか最近コメントを書くともう結構書いた気になっちゃって記事まで行かない。更新頻度はまたしても下がるばっかり。5日に1回ぐらいは更新したいのに。

昨日は江戸博に行ってました。おお世間っぽい。逆家族サービス、みたいな。私は行くならなんでもない平日に行きたいんですが、父親は夏休みに行くという世間行事重視派なので仕方がない。両国国技館前でG1に思いを馳せました。私にとって国技館は相撲よりプロレスなのよね。

にしても、ああいうのって見だすと結構真剣に見ちゃって父親を待たせたまんまうろうろと。世間行事重視派の人はとにかく江戸博に行ったという事実が重要で、何を見たかなんて二の次なんだろうけど、私の場合わざわざ外に出て、わざわざ夏休み中に行って、真面目に見ないと割合わない!というのがあります。だから半ば強迫的に見入ってました。結構面白かったです。

親父のデジカメもあったんだからブログ用に写真の一つでも撮ってくればいいのにね。なんかみんな見事に写真を撮ってるからそれに加わるのも腰が引け。親父は撮ってたけど。

というかこのブログの文字ばっかぶりもどうかって話ですね。でも携帯で撮ってもパソコンにメモリーカードが挿せないからメールで送るしかないし。写真のサイズもよく分かってないし。面倒なのです。

なんか普段のつまらない話を書くのに気が引けるようになってきた。いつのまにそんな主義主張ブログにっ。そうやって気が引けてしまうから更新頻度が下がってしまうんですが、更新しないよりはこうやってつまらない話でも更新した方がいいに違いない。そうだそうだ。

それにこういう話の時間の掛からなさにはびっくりするね。中身がないことは速く書けるんだ。そう考えると頻繁に更新する事ぐらい難しくない気がするんだけど。問題はつまらない事を書くに堪える精神だよね。途中で嫌になってくるんですよ、あんまり中身がないから。

でもやろうと思う。ブログは更新しないと。

そういえば昨日停電がありました。面白おかしく書けばこれだって記事が一本かけるぐらいの出来事なのかもしれませんが…別に30分ばかし電気が止まったってそれだけだし。まあ一般的な意見を言わせてもらえば本当に人間というのは電気がないと何もできませんね。手動充電式の懐中電灯を持ってうろうろするぐらいしかできませんでしたよ、私は。ビデオデッキが時間を覚えてたのが頭いいと思った。前使ってたやつはすぐ時間がリセットされちゃったのに。

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2008年8月 6日 (水)

ふざけきったジレンマ

何で人は沈黙が流れると天気の話を始めるのだろう。黙ってりゃいいのに。その態度がものすごく軽薄な気がして気に入らない。そうまでして人と話していなければ落ち着きませんか。私はそんな奴とは絶対に友達にならない。あと加藤智大に共感できないような奴とも(略)

久しぶりにちゃんと前置きを書いてみた。最近は考えるのもやめていたのだけど。

それはそうと、私は最近悩んでいる。書くことについて…なんてもったいぶって書くとサムいのでさっさと言ってしまいますが、私はとっても気が小さい。自分の言いたいことを言って、後は知らなーいなんてことができるような人間ではない。それが悩みの入り口。

表現とは誰かを傷つける事、と爆笑問題の太田が言ってましたが、本当にその通りで、何かを書くって事は誰かを傷つける事だと思う。誰も傷つけない表現なんてない。あったとしてもそれは実質的に何も言っていないに等しいような表現に過ぎないでしょう。だから自分の思ってることを言おう思ったら傷つく人がいるのは覚悟しなきゃならない。

なのにあろうことか私は悪者になりきれていない。自分の書くことによって傷つく誰かの事が気になったりする。馬鹿じゃないかと思う。今までだって誰かが傷つくのは分かっていたんだけど、コメント欄を設置した事によってその傷つく誰かの存在がより生々しく感じられ、恥ずかしながら、少し、筆が鈍る、ことがある。

私の心は二律背反どころではない。三律背反、四律背反である。優しいとかいい人だとかは死んでも言われたくない、でも誰かが傷つくのは気になる。言いたいことが言いたい、でも感情的な人間とは思われたくない。憤ってる、でも同時にどうでもいいと思ってる。そりゃあもうここでは書き表せないぐらい複雑に相反するものたちがね…。

傷つく人がいるから書かない方がいいというのは違うと思う。そんなものいようがいまいが書かなきゃならないことはあるし、そんなことに気を取られてたら言いたいことが言えない、伝わらない。医者が患者一人ひとりの死に感情移入してたら務まらないように、物書きもそうだと思う。自分の吐いた言葉によって傷ついた人間一人ひとりに気を取られてたら務まらない。まあまったく無感覚になってもダメなんだけど、私の場合そのバランスがあんまりうまくない。

これを読んでる人ってのは私がきつい言葉を何の遠慮も躊躇もなく書いてると思ってる?まあそれならそれでキャラが通ってるって事でいいんだろうけど、残念ながら私はそんなカッコいい人間じゃないのね。本当に残念だけど。

気持ち悪い。私はそんなきつい人間じゃないんだ、分かってくれなんて言ってると思ったら大間違い、そんな言葉書いただけで反吐が出る。ただここは私の場所で、私が思ってることを遠慮せずに思う存分書いていい場所で、それなのにつまらない配慮なんてものに取り付かれそうになってる私を少し叱咤激励しようと思ってこれを書いてる。偽悪はダサい。でも単純ないい人もダサい。何を書いてもこの題材じゃダサくなってしまう。私という人間のどうしようもなさを象徴しているようだ。

「知ったことか」と言いたいけれど。そう言うべきなんだろうな。本物の「悪」になるしか抜け道はない。

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