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2008年8月 6日 (水)

ふざけきったジレンマ

何で人は沈黙が流れると天気の話を始めるのだろう。黙ってりゃいいのに。その態度がものすごく軽薄な気がして気に入らない。そうまでして人と話していなければ落ち着きませんか。私はそんな奴とは絶対に友達にならない。あと加藤智大に共感できないような奴とも(略)

久しぶりにちゃんと前置きを書いてみた。最近は考えるのもやめていたのだけど。

それはそうと、私は最近悩んでいる。書くことについて…なんてもったいぶって書くとサムいのでさっさと言ってしまいますが、私はとっても気が小さい。自分の言いたいことを言って、後は知らなーいなんてことができるような人間ではない。それが悩みの入り口。

表現とは誰かを傷つける事、と爆笑問題の太田が言ってましたが、本当にその通りで、何かを書くって事は誰かを傷つける事だと思う。誰も傷つけない表現なんてない。あったとしてもそれは実質的に何も言っていないに等しいような表現に過ぎないでしょう。だから自分の思ってることを言おう思ったら傷つく人がいるのは覚悟しなきゃならない。

なのにあろうことか私は悪者になりきれていない。自分の書くことによって傷つく誰かの事が気になったりする。馬鹿じゃないかと思う。今までだって誰かが傷つくのは分かっていたんだけど、コメント欄を設置した事によってその傷つく誰かの存在がより生々しく感じられ、恥ずかしながら、少し、筆が鈍る、ことがある。

私の心は二律背反どころではない。三律背反、四律背反である。優しいとかいい人だとかは死んでも言われたくない、でも誰かが傷つくのは気になる。言いたいことが言いたい、でも感情的な人間とは思われたくない。憤ってる、でも同時にどうでもいいと思ってる。そりゃあもうここでは書き表せないぐらい複雑に相反するものたちがね…。

傷つく人がいるから書かない方がいいというのは違うと思う。そんなものいようがいまいが書かなきゃならないことはあるし、そんなことに気を取られてたら言いたいことが言えない、伝わらない。医者が患者一人ひとりの死に感情移入してたら務まらないように、物書きもそうだと思う。自分の吐いた言葉によって傷ついた人間一人ひとりに気を取られてたら務まらない。まあまったく無感覚になってもダメなんだけど、私の場合そのバランスがあんまりうまくない。

これを読んでる人ってのは私がきつい言葉を何の遠慮も躊躇もなく書いてると思ってる?まあそれならそれでキャラが通ってるって事でいいんだろうけど、残念ながら私はそんなカッコいい人間じゃないのね。本当に残念だけど。

気持ち悪い。私はそんなきつい人間じゃないんだ、分かってくれなんて言ってると思ったら大間違い、そんな言葉書いただけで反吐が出る。ただここは私の場所で、私が思ってることを遠慮せずに思う存分書いていい場所で、それなのにつまらない配慮なんてものに取り付かれそうになってる私を少し叱咤激励しようと思ってこれを書いてる。偽悪はダサい。でも単純ないい人もダサい。何を書いてもこの題材じゃダサくなってしまう。私という人間のどうしようもなさを象徴しているようだ。

「知ったことか」と言いたいけれど。そう言うべきなんだろうな。本物の「悪」になるしか抜け道はない。

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虚無的思考」カテゴリの記事

コメント

なんか、ニヒリストさんの悩みを聞いていると…悪く思わないでほしいのですが…あなたはアスペルガー症候群なんじゃありませんか?

本当に、そーゆー悩みを抱えるのって、自閉症者独特のことなんじゃありませんか?


>表現とは誰かを傷つける事、と爆笑問題の太田が言ってましたが、

それは凄い! 叡智ですね。

投稿: オールドニック | 2008年8月 6日 (水) 23時39分

えっ、私が…?これが自閉症者特有の悩み?

悪く思うなんてとんでもない、むしろ私の生き辛さに病名を付けていただけるのは嬉しいです。とうかそうやって病名をだされてしまうと今すぐそれに縋りつきたい気持ちでいっぱいです。アスペルガー症候群だったらいいのに。

私なんて所詮は単なる健常者じゃないかという思いはありますが、当事者であるオールドニックさんが言うんですから、信憑性ありますよね。情報収集してみます。

>それは凄い! 叡智ですね。

そうなんです、ハゲをイジればハゲが傷つく、チビをイジればチビが傷つく、笑いを取るってことは誰かを傷つける事なんだ、という流れで表現自体がそうだという話をしていました。この人は本当に、少年犯罪関連の話をしなければいい人です。

投稿: ニヒリスト | 2008年8月 7日 (木) 19時24分

>この人は本当に、少年犯罪関連の話をしなければいい人です。

私が思うに、少年が弱者たる所以は「低年齢者は概して知識が乏しいから」だと思います。
その意味では知能の低い大人もまた、保護されねばならない。

知能の高い少年を守ったり、知能の低い大人を吊るし上げたりといったコトは、勘違いだと思います。

私がIQに恵まれたインテリ社会学者だったら、“知能説”という論文を発表するんですがねぇ…。

投稿: オールドニック | 2008年8月 7日 (木) 21時26分

>病名をだされてしまうと今すぐそれに縋りつきたい気持ちでいっぱいです。アスペルガー症候群だったらいいのに。

よく考えてみると、アスペルガー症候群の診断を受けても何の支援もありません。差別されるだけ損かも…。
みんなに“異文化”受け入れる度量があれば、「私はアスペルガーだから許して!」が通じるのに…。

投稿: オールドニック | 2008年8月12日 (火) 17時02分

>アスペルガー症候群の診断を受けても何の支援もありません。差別されるだけ損かも…。

そうなんですね。でも私が欲しいのは支援よりも自分に対する安心とか得心みたいなものなんです。他の人が当たり前のようにやっているあれやこれができない理由が病名によって説明できればものすごく自分の中でスッキリするなあと。

別に病名が付いたからって私自身が何か別のものに変質するわけではない、というのは言うまでもありませんが、やはり心強いものはあると思うんです。他人に対して「私はアスペルガーです」と言って得する事が何もなくても、自分自身に対して「だからか」という納得が得られる事は私にとって何物にも変えがたいものです。

病名というのは本来はその人がその人らしく生きたり、必要な支援を受けるための方便のようなものなんだと思います。単なる差別のためのレッテル貼りならそんな病名に価値はないわけで。だから日本の病気の概念は違う人達を作り出す役割しか担えない役立たずなんです。

私はそういう意味ではなくて「病気」になりたいと思ってます。私のらしさを端的に表してくれる何かが欲しいのです。アスペルガーでも回避性人格障害でも、私が普通じゃない理由を説明して欲しい。この国ではまだそれによって得する事はないでしょうが、自分自身に対して得心できればそれでいいんです。差別なんて怖くない。私が納得できれば。

投稿: ニヒリスト | 2008年8月13日 (水) 21時23分

>自分自身に対して「だからか」という納得が得られる事は私にとって何物にも変えがたいものです。

同じようなコトを中高年アスペルガーから言われたことがありますが、私には理解できません。
「納得」したところで、今度はまた別の悩みが出てくるので、苦しみの軽減にはなりません!

投稿: オールドニック | 2008年8月14日 (木) 20時14分

加藤に共感する、割には内罰的、ナイーブな方なのですねえ、難儀ですな。頭が良くて感受性に富みすぎてるからペンを振るって他人に負わせる傷に思いをはせてしまう、のかもしれませんが。他人に迷惑をかけてはいけない、傷つけてはいけない、という当為は我々に本能レベルで刷り込まれていますからねえ、しょうがないのかもしれません。なんの良心の呵責も無く他人を害することができるのは、所謂サイコパスだけでしょう。優しいと言われたくない!そのお気持ちはよくわかります。自分は本当は他罰的で身勝手な人間の筈なのに。自己イメージを掻き乱さないでくれ。

まあ何がダサイって自己嫌悪や韜晦をオープンにしちゃうのは一番ダサいと思いますよ。「悩み苦しんでる僕、私」を演出して悦に入ってるやつはきらいだ。悲憤と憎悪を滾らせてる人は好きですけどね。

思ったままを書けばいンですよ、無理して自分を変える必要なんかない。ひらきなおれ!支離滅裂でもいいんだ!キャラ作らなくたっていいんだ。

投稿: MINORU | 2008年8月16日 (土) 14時48分

オールドニックさんへ

うーん、納得した後、別の悩みが出現するかどうかはその人に置かれている状況によるのかもしれませんね。

オールドニックさんは現状において明確に困っておられるようにお見受けします。家族の理解がない、必要な支援が受けられない等々。

だから「そうだったのか」と思ったところで今度はどうやって生きていくかという問題が迫ってくる。

私にももちろん、アスペルがー症候群だった、回避性人格障害だった、「で?」という問題は存在しますが、オールドニックさんと違うのは、ある程度自分らしく生きられる環境があるということです。それは気持ちが悪い言葉で表現すれば母親の理解とかそんなものです。だからどう生きていくかという悩みがそこまで深刻じゃない。

この社会でどうやって生きていくのかという根源的な悩みはいかなる病名が付こうと解決される事はありません。この国が大きく変わらない限りは。

ただ私は環境に恵まれてる分、病名で軽減された後の悩みが少なくてすんでるということです。そもそもあの人達とは「違う」んだからできなくて当然なんだと思えれば「私は」楽になるんだと思います。

投稿: ニヒリスト | 2008年8月16日 (土) 19時54分

MINORUさんへ

>自己嫌悪や韜晦をオープンにしちゃうのは一番ダサいと思いますよ。

分かります、そういう見方もありますね。

でも悩んでるのを隠して、何の躊躇もなく書いてる風を装ってこの場所をやるのもそれはそれでダサいと思ったので。自分をかっこよく見せようというのも小物のやる事ですからね。所詮私なんてこの程度、というのをハッキリさせておくのは大事かと思いまして。

「悩み苦しんでる私」にならないように「分かってくれなんて言ってると思ったら大間違い、反吐が出る」と書いたのでとりあえずそれで勘弁してください。

>思ったままを書けばいンですよ、無理して自分を変える必要なんかない。ひらきなおれ!支離滅裂でもいいんだ!キャラ作らなくたっていいんだ。

そうですよね、まあ今回の記事もその一環なのですよ。というか当初はそういう自己嫌悪の垂れ流しのようなブログだったので最初に戻っただけとも言えますし。別に常に多数派にキレてるブログじゃなかったんですよ。

MINORUさんにダサいと言われようと、そういう自己嫌悪もぶちまけるのが私のブログですから、あんまり気にしないでやろうと思います。

投稿: ニヒリスト | 2008年8月16日 (土) 21時38分

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