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2008年9月23日 (火)

ウザい。ほんとウザい。

大分正気に戻ってきました。大体目安は2週間ですが、今回は1週間と約半分で完治しており、なかなか順調ではないかと思います。前回前々回と妙な記事を更新してしまいましたが、世間と比べれば私なんて全然恋愛に振り回されてない方なんですよ。そうでしょ?ちょっと恋愛の記事書いたからって俗物扱いしないでよね!

まったく失礼しちゃうわ、それはそうと職場で食事に誘われる事件が事態悪化。一回断って安心してたら先日職員全員に暇な日の聞き取り用紙が配られはじめまして、それの結果によって4つの候補日の中から一番参加人数の多い日で決定するんだってさ。これは難易度高いですよ。どうやって断ろう。

4つ全部バツを付けて出すのか?いやそれはあからさま過ぎる。かといって義理で1個マルでも付けてその日になっちゃったら目も当てられん。大体4日も候補があったらどこか一つは空いてるだろという目論見なんだろうし。本当に迷惑千万な話です。そんな仰々しく紙なんて配らなくたって勝手に日程調整してやってくれよ。私をそういうつまらない雑事に巻き込むのは本当にやめて欲しいわ。

一番妥当なのはしばらく様子を見て決まりそうな日を外すということなんでしょうが、それはなに、私に空気を読めって?人の話に耳を欹てろって?ああもうやってられるか!何で私がテメーらごときに貴重なエネルギーを割いてですよ、本当にもう!ありえん。

まあ私なんて影薄いだろうし、主要メンバーで勝手に流れができてってくれるんだとは思うんですけどね。それだったら紙を出さずにうやむやにするとか。聞かれたらギリギリまで「いやちょっと予定わかんないんですよね」と言い張り揉み消すとか。あ、あと最終兵器「親が厳しい」というのもありか?未成年という特性を生かして。でもさすがにそんな対極にある嘘をつくのも嫌だな。

というわけで心の声。

あああめんどくせえ!たった3時間の早朝バイトからも人間関係を捻り出す多数派にはもはや脱帽!
私にはそんなものは必要ねえんだよ!

たった3時間。そういうフルタイム勤務のようなめんどくさい人間関係がないのが魅力だったのに。当然今以上関係を深めたい人間などいるはずもない。仲のいい人達だけでこそっと行ってくれればいいのになあ。社交辞令的な「みんな」への気遣いなんて糞だ。私はそんな誘われる事で安心するような小物じゃないんだから。

煩わしい。そういう俗世間とは距離を置いた生活の糧の得方、ってやっぱ物書き?

ふざけてる場合じゃないな。ほんとにちゃんとしないと。

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2008年9月17日 (水)

恋愛とは何か?

せっかくだからもう少し恋愛の話を掘り下げてもいいかなって思ってるんですが。

でも怖いですよね、ほんと。大した話じゃないって思っても、段々段々あの人が私を好きじゃないって事実が絶望に感じられてくるんです。絶望って何よ?別に何も実害は発生してないのに。だってそうでしょ。別にあの人が私を好きじゃなくたってなんの困る事がある?でもその手の届かなさが絶望になる。じゃあ幸せだったらいいのかと言えば逆もそうなんだよね。仮に付き合えるようになって喜んだってそこには何の価値も発生してない。

良くも悪くもどうでもいい事がどうでもよくなくなる魔法、それが恋愛なのねえ。嫌だわ、もう。

恋愛感情による執着ってなんなんだろう?ほんと不思議。別にあの人がいてもいなくても私の人生にはさしたる影響はないはずなんだよ?でもそれと私の感情がまったく一致しないわけ。私はあの人が「彼氏」という存在として隣にいることを強く望んでいるわけだよねえ。なぜ?まあおそらくそういう理由をあれこれ考える事も無粋なのでしょうけどね。恋愛は理屈じゃないなんて言葉もよく聞くしさ。

でもだからって、そうと分かったからって、何も考えず理不尽な恋愛感情に身を任せる事がいいの?なんだか分からないからこそ、理屈じゃないからこそ、私はそれを見て考えて理性で理解しようと思うわけ。そういうあがきって必要じゃない?馬鹿みたいに好き好き言っててもしょうがないじゃない。

恋愛感情なんて不必要な孤独を生むだけなんじゃないのか?私なんてその典型的な例ですよ。私は一人が好き。一人が寂しいなんて思わない。でも恋愛はその私の生き方さえも奪う。壊す。一人が寂しくなると私の生き方は途端に不安定になるのです。恋愛感情はそういう普通の判断ができなくなる。自分にとってそこまで必要とは思えない人間にこうも執着した挙句、一人の時間は快適じゃなくなるわ、色んな事は手につかなくなるわ…。

しかもですよ、そんな思いをしてまでしているこの恋愛ですが、私はこの先万が一恋愛が成就したとしたって、それが私にとってプラスなのか?という疑問まで払拭できずにいるのです。恋愛で幸せになることって「いい」の?そりゃあ主観で言えばこれ以上の幸せはないと思う。それこそそんなものは理屈じゃなくて、そうなったら嬉しいだろうな、というのは容易に想像できる事です。でもそれって価値ある?と。自分の好きな対象と付き合うというゴールはもしかして限りなく無価値なんじゃないか?恋愛における幸せなんて何の意味もないんじゃないの?

これは無価値上等じゃねえかというニヒリズム的な開き直りとは一見対立するんですけどね。普段の私の論調なら、超越的な価値など何もなく、存在するのは自分にとっての快不快のみであるから、私は価値が無ければ無いほどその対象に魅力を感じるという自分の特性を生かして、自分の感情の赴くまま無価値な快楽をむさぼっていればいい、と。でも私はそれと同時に主観などというくだらないものを至高のものとし、それが満たされる事は無根拠にいいに決まってるみたいな思考停止も嫌悪してるわけ。それはそれで下品。

私にとって恋愛はその後者、下品なものとして映らないでもない。自分がよきゃあいいのかよ。ニヒリズムは自分の感情にすら価値を見出してはいけないんです。何もかもが無価値、ということは自分が幸せだったからって「それが何?」と思ってないと。

まあ実際付き合えるなんて事になったらそんな理性なんて吹っ飛んで理不尽な幸せに身も心も委ねてしまう事は目に見えてるんですけどね、でも色々とちゃんと考える事は必要かな、と思って冷めた目線で自らを蔑んでいるわけです。

幸せになりたいという欲求と、それが本当に幸せか?という問いと、てかお前の幸せに価値あんの?という根源的な疑義と。やっぱりぃ~頭のいい人間が恋愛するとぉ~ただ付き合いたいとかセックスしたいとかじゃ済まないんだよ。そういうことってあるよね?ね。

恋愛って難しいテーマだな。愚かしいものではあると思うけど、こうやって書いてみるとなかなか考察には値するテーマかもしれません。なんかね、あれに似てる。病気に関する研究をしている医者が最終的には自分もその病気に罹っちゃって、今まで研究の対象として軽く見下してた病魔に自分も犯されるのね。そしてついには自嘲を含みながらどんどん蝕まれてゆく自分の体も研究対象として扱っちゃう、みたいな。「あれ」とか言う割には具体的な対象ではないんですが。なんか映画にありそう。

というわけで、私は恋愛という愚かしいものに躓いてコケてしまった自分を直視し、「で、どうする?」ということに向き合っていきたいんです。でもここまで理論的に恋愛を語ったのは初めてかなあ。昔の記事なんて目も当てられないし。恋愛感情という主観を飛び出せば少しは読めたものになるって事かな?これからはあまり恥ずかしがらず恋愛についても語っていこうかしら。

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2008年9月15日 (月)

また性懲りもなく

今日は友達に会った。友達って言ってもただの友達じゃない。私の好きな人。

なるべくイタくならないように客観的に事実を述べようと思いますが、また失敗するかもしれません。

もっとも普遍的且つ破壊力があるもの、それが恋愛。私は馬鹿らしいと思うしそんなものに価値を見い出したくはないけれど、好きになってしまったものはしょうがない。

会うと今まで積み上げてきた生活リズムとか、気の持ち方とか、そういうのを根こそぎ持ってかれちゃうのよね。もうほんと綺麗に全部。また何にもしたくなくなりました。ちなみに片思い期間は9年。何回か振られてるけど、まだ引きずってるという状態です。

ありがちな話。本当につまらない。でも破壊力はある。自分にとって手に入らないものをまざまざと見せつけられるあの感覚ね。また2週間ほどほとぼりが冷めるのを待ちながら寂しい思いをしなければならないわけです。バッカみたい。

疲れました、もう。やっぱり恋愛なんてするもんじゃないやね。

よくある話なのに、もう同じ事を何回も繰り返してるのに、慣れない。ほんとつまらない話のくせしてダメージでかいなあ。どうせだったらもっとブログのネタになりそうなところで傷つけよ。

というわけでしばらくは使い物になりません。

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2008年9月11日 (木)

人生は糞だ

私最近レジ袋がうまく断れるようになっちゃいました。ここ何日かでは失敗してない。それでできた余裕で小銭をピッタリ払うことまでできるようになって。凄い凄い。

というのもきっかけはレジで私の前の人が「袋要らないです」って断ってたからなの。私はいつも「袋いいです」と言って断る。これがまずかったのね。「いいです」という言葉は一息で言える分なんかボソボソしちゃって「ああ言えなかった~」とか時々聞き返されたり散々だった。その点「いらない」という言葉は「い」「ら」「な」と3回息を切らないと言えない分、滑舌よく視線も定まってスムーズにいくんです。

これは結構発見だ。これからは何でも「要らない」と断ろう。「いいです」はダメだ。よく考えたらマックでガムシロとミルクを強制的に付けられてしまうのも「いいです」って言うからだと思うし。要らない、要らない…いつでも言えるように練習せねば。

さて本題に、と思ったら特に書きたいことがなかった。こんな前置きレベルの着想しかないんだ、今日は。どうしようかな、軽めの文章というカテゴリーを新設したはいいものの、ここまで軽くても内容がないって事になりそうだ。

何かないか…あ、そうだ今日バイト先で、7月にやめてしまった人も誘って今度皆で食事を的な話が持ち上がってたんですが、なんと誘われました。 

もちろん講座があるからといって即行で断りましたが、私はものすごくショックでした。そんなコミュニティに参入しているつもりなんてなかったから。一瞬「はあ?」とも思ったし。私が行ってどうすんだよ!でも世の中には職場で疎外感を感じて苦しんでる人もいるってのにせっかく誘ってもらって不快だなんて言ってたらバチ当たるよなあ。でも私は本当に誘われたくなかったんです。万が一断りきれてなかったらと思うとゾッとする。

やっぱり私のような人間にとってこの世はリスキー。鬱と隣り合わせの茶番。バカバカしい人生です。あ、私の理想の死に方はね、「本当に何の意味も価値もない人生だった、少しもこの世の中に利潤を生み出さなかった、むしろ害悪だった、ああ何で途中でやめなかったんだろ」と言いながら死ぬことなんです。まあ寿命まで生きることが前提となってる矛盾はあるんですけどね、でも間違っても「いい人生だった」なんて言い捨てて死んだりはしないように今後の人生気を付けて生きたい思ってます。

だって人生なんて無意味をどれだけ楽しめるかの勝負でしょ?生きること自体が馬鹿のやることなんだから。人生に意味とか価値があるなんて考え方は一番向き合わなきゃならないことから逃げている。そうやって嘘を信じ込んだまま死んでゆく人間が国内外に腐るほどいるわけなの。信じられない。生きることに価値なんてない。死ぬことにあるかどうかは分からないけど。でも明らかに無価値と分かってる生と価値の有無が不確定な死とどちらが魅力的に映るかっていったら、あ、流れ的に死を選ぶ感じになっちゃってるけど、私は断然生きるほうを選ぶね。

だって死んで間違って価値でも生み出しちゃったらどうする?取り返しがつかないじゃないか。私は価値や意味がないことが大好き。自分の人生や自説を否定されればされるほど嬉しい。「お前の人生なんて誰の役にも立ってない、糞だ」と言われても嬉しい。その通りだと思うから。糞で何が悪い?逆に糞じゃない人生なんてあるの?世界が認めれば糞じゃない人生を生きたことになる?ならない。なるわけがない。誰が認めようと誰が否定しようと、人生が糞であることは変わらない。誰が生きたって一緒。人生は糞だ。

もうほんと私はこういう話をするのが好き。自分の人生が無価値だっていうこと以外にこんなに幸せなことがあるだろうか。一生誰の役にも立たずに、一生誰かのためなんて思わずに、自分のためだけに、自分を喜ばすためだけに生きて死ぬ。そしてそれは糞。こんな幸せなことってないと思うわ。

何の話をしてたんだっけ?こういう書き方をするとタイトルを付けづらいんだよなあ。後半部分が話の核心なわけですが、するつもりがなかった話なのでそれをタイトルにすると冒頭のつまらない話とタイトルとがミスマッチに。まあいいや、根気よく読み進んでくれれば分かってもらえることなんだし。というわけで、人生は糞だ。

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2008年9月 8日 (月)

芸能リポーターはクズだ

職に貴賎はないと言います。でもあの仕事はない。私もめったな事では人を見下したり差別したりはしない人間のつもりですが、芸能リポーターだけは本当にクズのやる仕事だと思う。人のプライバシーに土足で上がりこみ、憶測に過ぎないことをもっともらしく、さも真実のようにベラベラベラベラ…ああ目障り!

しかも時には図々しく真面目な話題の時まで口を挟んでくる。お前が言うな!というかお前のようなクズに他人を批判する資格などあろうはずもない。他人の私生活をのぞき見てへらへらしてるような人間に何が言えるというのか。人として恥ずかしいとは思わないのか?私が軽蔑という言葉を遠慮なく使える数少ない人種、それが芸能リポーター。

とはいえこんなクズが金をもらって飯を食ってるのも需要があるからだ。需要…芸能人のゴシップなんて何がそんなに面白い?芸能人がどんな生活をしていて誰とセックスしてるのかについてそんなにも関心があるのか。私には理解できない。芸能ニュースなんてやってた時点で即チャンネル変えるし。

というか私は全般他人に関心が無いのだ。他の人が何をして生きてようと大半の事はどうでもいい。興味が無い。よく「○○ちゃんが○○のこと好きらしいよ」的な話で盛り上がってる集団とかもありますが、私はずっと「はあ?だから?」としか思えなかった。恋愛なんて自分がしてたって馬鹿らしくて反吐が出そうなのに、他人のなんてもっとじゃん!見たくもない、聞きたくもない、触れたくもない。そういうのを至高の楽しみとしてる奴も結構軽蔑に値する。

本当にくだらない…この国の人間はいつも他人の行動を気にしてばかり。人生が浮ついてる奴ほど他人がどうしてるかを知りたがるんです。自分の人生が他者と独立して成り立っていれば他人がどうしてるかなんてそう気にならないはずです。なんとなく周りを見ながら生きてる人間は、自分が他人より劣ってないか、今世の中では何が流行ってるか、みんなの動きに送れないように常に必死。バッカみたい。

まあ日本社会の主体性を徹底的に収奪し尽くす教育をまともに受けてしまってるわけですから、同情には値するけどね。可哀想な人達。でもそれならそれで、もっと悩んで憔悴しきってくれてれば私だってもっと優しくできるのにね。自分がないくせに偉そう、これが一番腹が立つ。まあ積極的に差別的空間を作り出してる人間なんてほんの一握りで後の人達は何も考えてないだけなんだから、悪意のない傲慢さが生まれるのはある意味必然だけどね。

枯れ木も山の賑わいって言うけど枯れ木ばっかりじゃ枯れ山になって終わりです。他山の石以って玉を攻むべしにしたってさ、そんなに磨く用の石いらねーから!残念!!この国は枯れ木と石でできてます斬りっ!!(古っ)

今怒りにもう少し闘魂を注入するためテレビを点けてみた。よし芸能ニュースを見るぞ!って相撲の話ばっかかよ!だから私はそれはいいって言ってるじゃないか!うーんでも信用できないから検査受けないってのもね、どういう検査なら信用できて何ならダメなのかを科学的根拠をもって言ってくれないと…って真面目に喋っちゃったよ!

早く次の話題にいってくれないと間に合わないのに。私はこれから講座です。芸能ニュースの感想はまた今度。

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2008年9月 5日 (金)

角界大荒れ?

ロシア人力士が大麻を吸ったの吸わないだの…ってどうでもいいよ!と思ってるのは私だけ?

だってこの間見たテレビの情報によると栽培などをしていなければ別に罪にはならないらしいじゃん。吸うだけなら大丈夫って事でしょ?極端な話大麻吸ってたって相撲が強けりゃいいんじゃないの?誰にも迷惑かけてないし朝青龍のサッカーなんかよりはずっと個人的な問題ですよねえ。相撲に品格とかつまらないものを求めるからこんな大騒ぎになるんですよ。相撲なんてデブが押し合ってるだけと言い切った野中英次を見習ってほしいわ。

というわけで私がこの件に関して思うのは内館牧子を目にする機会が増えて不快だということぐらいです。しょうもなっ。

って下書きのつもりが更新されちゃってるし。半日気が付かなかった…。まだ書きかけだったのに。でももういいや。とりあえずこんなんで。

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