« 別に。 | トップページ | 戯れ言 »

2008年11月 3日 (月)

労働なんて

最近バイトがしんどい。これは前回の記事で書いた新しい人のせいです。

その人がいる日は楽しくなった。前より飛躍的にね。でもそれってのは裏を返せばいない日がつまらなくなるって事なの。改めて今まで遮断して感じないようにしてきた「普通のやつばっか」という事実が100%開かれてしまった感覚にモロに入ってくるわけです。相手の欠点ばかりが目に付く。下品な笑い声。雑な動作。そうだ、私こいつらとは何一つ反りが合わないんだった。もう忘れてたよ、当たり前の事になりすぎてて。

その人がいない日は行っても意味ない、とかまで思ってる自分がいる。…意味?そんなもの最初からなかったのに。あんたは1年弱もその「意味ない」労働を続けてきたんだろ?ちょっとの収入と精神的苦痛の見合いと惰性でだらだら働いてきただけじゃないか。何を今更意味なんて求めているのだ。

まだその人が面白い人だと決まったわけでもないのにストレスばっか増幅されて。休憩時間も皆様とご一緒できなくなった。過敏になった神経が多数派を受け付けないのです。

改めて考えてみると「何でバイトしてたんだろ?」と思えてきた。そりゃあ怒られたり陰険に注意されたりしないだけでもかなり恵まれてる職場環境だとは思うけどさ。金に困ってるわけでもない。自分で働いて稼いだお金に喜びを見出せるわけでもない。むしろ労働なんてみっともないだけという気持ちすらある。この国の神格化された「労働」ってのはいかほどのもんなの?私にとっては「だから何」としか思えない。…何で働けてたんだ?

それでも最初は自分で稼いだお金にちょっと拘って、給料日にはちゃんと記帳に行ったし、そこから金を引き出して映画見たり本買ったり…。でもすぐにどうでもよくなった。母親の金だろうと私の金だろうと大した話じゃない。記帳は一週間遅れ、二週間遅れ…もう2ヶ月以上してない。飽きるのが早いなあ。もう少し「俺の稼いだ金だ」ごっこで楽しんでてもよかったのに。いい年こいてもまだごっこ遊びが抜け切らなくて「誰のおかげで飯食えてんだ」とか言ってる人もいるのにねえ。私の人生はやっぱり楽しみが少ないわ。

所詮は親の金で食ってる身、金を稼ぐことに対するインセンティブなんて希薄である。物欲ないし。というか私はむしろ金なんて嫌いだ。最低限の衣食住を維持するのに金が必要というから、仕方なく金を求めてるだけで、「金」という物体は好きじゃないよね。私の望みは衣食住であって金じゃない。となれば衣食住満ち足りてる中での微々たる収入になんか魅力を感じるわけがない。まあ将来の衣食住の足しになるという意味では多少の魅力はあるけど。

金にも労働にも価値が見出せないのに1年弱もどうして働いて来れたのかまったく謎。それも無遅刻、無欠勤、早退無しで。まっじめ~。まあ単純に辞める理由がなかったってだけの話だろうけど。辞めるといったってまずは上の人に言いにいって周りの人にもちゃんと伝えて…重労働。ある意味週四日通うより嫌だ。そういう理由です。

でもそんな私にも職場に通うことに対する強力なインセンティブが登場したのです。素晴らしい事です。今のところかなりいい線ってますよ。おばさんの「朝起きれる?」という質問に対して「むしろ寝てないんで」という回答!まあ夜型!募集の謳い文句である「早起きは三文の徳、健康にもいい」なんて戯言には耳を貸さない方針ね。休憩時間中に「あっちに座ったら」という誘いを曖昧な笑顔で誤魔化したのも好印象。私も最初はそうやってやり過ごしてたっけ。ある程度長くいると加われないのではなく加わらないのだという事が分かってもらえて少しは楽になるんだけどね。

ふー、でも話しかけなりなんだりは性格上ひっじょうにハードルが高いので、もうしばらくは観察に徹する感じで。楽しいですよ、すっごく。見どころのありそうな人が一人いるだけで全然違う。ま、問題はいない日、なんだけど。0がずっと0なのは当然のこととして受け入れられますが、1が0になるのはとっても不愉快。吐き気がする。

まあそんなわがままも言ってられないからちゃんと真面目に働くけどね。子供みたいなこと言ってられないし。

|

« 別に。 | トップページ | 戯れ言 »

日々を綴る」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/191322/42964548

この記事へのトラックバック一覧です: 労働なんて:

« 別に。 | トップページ | 戯れ言 »