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2009年6月17日 (水)

にんげんあれるぎー

最近精神の具合があんまりよろしくないようです。他人への嫌悪感の倍増。それに伴って外出時の疲労も倍増。非日常の疲れや緊張から出ることがある手の震えも日常に進出してきた。

だからなのか、外に出て不快要因と接していると「あなたが嫌いなものはなんですか?」「はい、それは人間です」という無意味な問答がずっと頭の中をぐるぐる回っていて、それは次第に「人間が嫌いだ、人間が嫌いだ、なんでこんなに人間がいるんだ」という繰り返しに変わり、外を歩いている間はずっとそれに取りつかれている。

まだある。何かものを見るとそれを破壊する映像が無意識に頭に流れるようになった。木々は燃やすか真っ二つにへし折る。アスファルトにはつるはしを。車はフロントガラスを叩き割りボディをべこべこにする。家は窓に石を投げ外壁を破壊。信号機は割る、そして折る。看板もバス停も花壇も自動販売機も…人間も。どうやら破壊衝動があるらしい。

私はこれを実行に移さない、移せない理由を考えてみたんだけれども、やっぱり私は人の注目を集めるのが嫌なようです。人の目は怖い。そんな感情の発露を他人に見られるなんて不愉快だ。もしうっかり外で私が破壊をやっちゃったら、即座に「そういう目」で見られていることにいたたまれなくなり「そんな目で私を見るな!」とかいってそいつらに危害を加え始めるんだろうね。どっかで聞いたような話だよ。

まあ後は警察に連れていかれたら侮辱を受けるだろうという予測と、それらを勘案し破壊しない判断を下せるだけの理性(余裕とも言える)が私にある、というのが破壊を行わない大きな理由。踏みとどまってるねぇ。実に善良だわ。

話は変わりますが、私は最近ドクター・ハウスという深夜の海外ドラマを見ていて、それがとても面白い。主人公の医者は患者は絶対嘘をつくという信念を持っていて、診察が大嫌い。その上シニカルで、この世界全般に対して冷めている。愛だの希望だの言われると心が腐るタイプの人間にはとっても心地がいいドラマです。

患者の症状から何の病気かを推理していく一話完結ものなんですが、その中ですべての症状の原因が結局15歳の時にいれた銅製の十字架の避妊具だった、という回がありました。要するにその患者は銅アレルギーで、長い間アレルゲンに晒され続けた結果、臨界点に達したとき凄まじい症状が出てしまったというわけ。それを見た時思ったんです。私のアレルゲンは人間なんじゃないか、と。

確かに今は何の症状も出ていないけれども、これをこのまま放置して人間と関わり続ければ、いつかとんでもない症状がでてしまうかもしれない。というか、もしかしたら今もうすでに症状が出始めているのかも。明らかに許容範囲が狭まってきているのは分かる。東京の殺伐とした街頭、駅頭の雰囲気の一端を自分が担ってしまっているということも…。どんどん外を歩く際の目つきが悪くなっている。しかしこっちだって必死なのだ。自分を守りながら外を歩くのは容易なことではない。

これでもまあ、何年か前より改善されてはいるのです。何年か前の私はまず表情の固定ができなかった。どんな顔をして歩いていれば「普通」なのか?答えは見えず、とにかく下を向いて顔をムズムズさせながら歩いた。それと立ち止まって時刻表を見たり、席を立って飲み物を買いにいくなどもNG。少しでも他人の目を引く行動とりたくなかった、というかとれなかった。

今は一応表情は定まるし、時刻表も見れるし、飲み物も買える。でもそれは「な~んだ、みんなが私を馬鹿にしてるなんて被害妄想だったんじゃ~ん」という朗らかな方向転換によってではなく、「見るなら見ろ、馬鹿にするなら馬鹿にしろ」という血の滲むような開き直りによってです。根本的な問題は何も変わってない。世の中の人間は私を馬鹿にする。絶対に。徹底的に。

開き直ったとはいっても無論まだ完全ではない。疲労や嫌なことによって許容範囲が狭まってしまえば、明らかにそのような視線は苦しい。しんどい。しかも今は上記のような精神状態で、コップの水は常に六割がた満たされている状態。早くこの不愉快な水を捨ててしまいたいけれども、それも叶わない。残りの四割でなんとか持ちこたえて、なんとか踏ん張って、もう疲れました。

それに輪をかけて厄介なのが、私にこの「被害妄想」を克服する気が一切ないということです。「自分に自信を持とう、あなたは十分魅力的」系の自己啓発の一切を受け付けない鋼の卑屈精神。私は世の中から馬鹿にされ蔑まれる「べき」だという無根拠な自信。まあそういうところが可愛くて仕方がないんだけどね…。最も劣ったものであるからこそ、私にとっては最も愛すべき存在なのです。超屈折。

結局、被害妄想から解放されて楽になってしまったら、また別の苦悩が生まれるんですね。それは個性の喪失であり、自分が誰であるかを説明する術をなくすという苦悩。

これらを踏まえて私にできることは「開き直り」をもう一歩二歩進めて、許容範囲を広げること。今までもそうしてきた。今はとにかく六割近く満たされてしまったコップの水を蒸発させるところからです。普通の水は熱や太陽の光で蒸発するけど、私は違う…ということで窓に段ボールを貼ってみた。早く水がなくなるといいな。

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コメント

>世の中の人間は私を馬鹿にする。絶対に。徹底的に。

>この「被害妄想」を克服する気が一切ないということです。

>私は世の中から馬鹿にされ蔑まれる「べき」だという無根拠な自信。


卑屈な「感情」より、冷静な「理知」に従ったらどうです?
以前メールで、「ニヒリストさんは私と同じ純理論的人間か?」と質すと、「そうです」という答えでしたよね?

なぜ理知的になれない? どうして??

投稿: オールドニック | 2009年6月17日 (水) 13時49分

以前、回避性ナンタラって仰ってましたっけ?

投稿: 未来 | 2009年6月17日 (水) 20時13分

初めまして、シントと言います。

自分もあまり他人が好きではありません、外出するときは女性や子供にすごく気を使います。なぜなら自分は世間一般からみたらブサイクかつオタク顔だからです。世間ではこういう人種はなにか犯罪を起こす異常者と捉えられているようなので、もし目の前にいたら大きく迂回して回避してしまいます。そしてそういう行動をしてしまう自分を「しょうがないな」と直す気がないのです。
なぜなら世間の人達がそういう行動を求めているように感じてしまうからです。被害妄想や卑屈と感じられても仕方はありません。ですが自分はやっぱり直すのは不可能だと思います。世間の人達がブサイクやオタクの人達に寛容にならない限りは。
そしてよく思う事がなぜか卑屈というものを絶対に直さなければならないという空気や常識が蔓延していることです。なぜ世間の人達は卑屈というものを絶対的に敵視し、抹殺しようとしているのでしょうか? なぜ、卑屈を受け入れようとしないのか? 不思議でたまりません。
よく「日本に元気を!!」という言葉がありますが、自分は「日本に足りないのは理解と寛容!!」と思います。

投稿: シント | 2009年6月17日 (水) 23時11分

>卑屈な「感情」より、冷静な「理知」に従ったらどうです?

嫌です。いついかなる時でも理性が感情より上回っているわけではない。
別に理屈なんて知っていて、分かっていればそれで十分ではないでしょうか?常に従わなくても。

今までオールドニックさんとの議論で理性的に説明を尽くそうと努めてきたのは、
オールドニックさんとの間では理性が大事、理屈を通そうという趣味の共有ができていたからで、別に私は理性の優越性を無条件に認めたわけではありません。

そもそも感情しかない人間は困りものですが、理屈を踏まえて感情で動くか理性で動くかは個人の状況判断でしょう。
オールドニックさんは、人間は常に理性的であるべきで、私の卑屈な感情は間違いだと言いたいんでしょうか。
でも私にしてみればなぜ常に正しく、理性的であらねばならないのか、分からない。

確かに理性的に考えれば私が何よりも劣っている根拠も、他人が私を馬鹿にしている証拠もない。でもそれが何?

客観的事実や理屈や理性ではどうにもならないこともある。
私はその「感情」の正当性を主張するつもりも、価値を見出すつもりもありませんが、
それらの快、不快を犠牲にしてまで理屈を通そうとは全く思いません。

相互理解だなんだって言ったって関わり合いになりたくない人間と関わらない自由は絶対的に保証されるべきであるしね。
嫌なものは嫌、という率直な感情は理性の犠牲になるべきではない。

未来さんへ

>以前、回避性ナンタラって仰ってましたっけ?

そうですね。回避性人格障害の診断基準は今の私の状態に非常に近いと思います。

投稿: ニヒリスト | 2009年6月17日 (水) 23時21分

シントさん、コメントありがとうございます。

>世間ではこういう人種はなにか犯罪を起こす異常者と捉えられているようなので、もし目の前にいたら大きく迂回して回避してしまいます。

そこまで露骨なものなんですね…。
こういう話を聞くとやはり私の馬鹿にされ体験なんてほとんど脳内で作り上げただけのものなんだな、
ということがよく分かってちょっと悲しい。みんなそれぞれ辛い体験をしてきているんですよね。

>そしてよく思う事がなぜか卑屈というものを絶対に直さなければならないという空気や常識が蔓延していることです。なぜ世間の人達は卑屈というものを絶対的に敵視し、抹殺しようとしているのでしょうか?

私もそれは日々感じています。卑屈を直す気がないのはそういう世間への反発でもあるんです。
客観的事実がどうであろうと、何の影響も与えないぐらいの深い思い込み、被害妄想があるんだということが、世の中の人間は分かってない。
いくら「そんなことないよ」と言っても、本人にとっては「そんなことある」のです。

私は死ぬまでこの性格と付き合っていくつもりです。どこにも手を加えずにね。

投稿: ニヒリスト | 2009年6月17日 (水) 23時52分

>快、不快を犠牲にしてまで理屈を通そうとは全く思いません。

ニヒリストさんが議論や思索を通して「真実」を知ろうとするのは、単なる好奇心や趣味なんですか?

遊びであって、大事じゃない?

投稿: オールドニック | 2009年6月18日 (木) 00時28分

うーん、遊びと言うとちょっと違うんですが、まあアプローチの仕方の一つという感じでしょうか。

理性的に物事を考えるというのは大切なことだと思うし、基本的には感情よりも理性に惹かれますが、
だからといって、理性によって得られた結論に価値を見出したり、
それを「真実」だと認識したりすることは私にはできない。

私にとって「理屈はそうなってる」という以上のものではないんですね。

オールドニックさんは理性によって得られた結論にはなにがなんでも従うんですか?
そしてそれは常に正しく「真実」であるという認識?

投稿: ニヒリスト | 2009年6月18日 (木) 05時32分

それにしても,ニヒリストさんは精神科には行かないんですか?

まぁ,「このままでいい」というなら,これ以上は言わないですが。
しかし,苦痛を常に感じたまま過ごすのはかなりキツくないですか?
ぼくのように,引きこもって一日中人間を認識しなければ楽になるでしょうが,そうもいかないんでしょうか。
抗精神薬でももらって毎日飲んでれば,多少は苦痛が治まる・・・かもしれませんよ。

もっとも,薬で人格障害が治ることは無いんですが。

投稿: おまきん | 2009年6月18日 (木) 08時32分

追記

ニヒリストさんにとっては,人間から与えられる苦痛と卑屈への愛がセットになってるんでしょうか?

だとしたら,苦痛を取り除いたり和らげることは,卑屈への愛も奪われたり薄められることになるんでしょうか?

あぁ,解った。
だから精神科に行かないんですね。
なるほど,と言うことは,僕が言ったことは「余計なお世話」で無粋でしたね。

まぁ,他人から苦痛を受けつつ自分の卑屈を愛しながらその狭間で身悶えする社会不適合者は,見ていて魅力的ですしね。

傷つけられ苦悩しつつ,血まみれでみじめな姿になりながら卑屈に愛を感じて悦に浸るあなたは,やはりそのままのほうがいい,と思う。

コップの水は無くならないほうがいい。
その水は,汚物の混じった血であり,苦痛であり,愛なのだから。

投稿: おまきん | 2009年6月18日 (木) 09時25分

>それにしても,ニヒリストさんは精神科には行かないんですか?

私なんか精神科に行っていいほど病んでる人間じゃない、
という引け目が「本物」の精神障害者に対してはずっとあるんです。

というのも、ここではあまり触れませんが、私には母というはけ口があるので、
あらゆることはそこまでのことにはなってないんです。

しかしそれでもこうなら精神を病む天性の素質は十分と言っていいかもしれませんね。
母が死んだら私は精神科に行った方がいいかも。

>ニヒリストさんにとっては,人間から与えられる苦痛と卑屈への愛がセットになってるんでしょうか?
>だとしたら,苦痛を取り除いたり和らげることは,卑屈への愛も奪われたり薄められることになるんでしょうか?

そこまで自覚はしていなかったのですが、考えてみたら全くその通りですね。
あまりに苦痛がひどくなったら、薬で和らげるというのも必要かもしれませんが、
苦痛を根本的に取り去ってしまったら、おまきんさんの言うように、自分への愛着まで減退してしまう。

>傷つけられ苦悩しつつ,血まみれでみじめな姿になりながら卑屈に愛を感じて悦に浸るあなたは,やはりそのままのほうがいい,と思う。

やっぱりそうだよね。死ぬまで健常者にならないように、この苦悩は大切に育んでゆきます。

投稿: ニヒリスト | 2009年6月18日 (木) 16時02分

ニヒリストさん返答ありがとうございます。

>やっぱりそうだよね。死ぬまで健常者にならないように、この苦悩は大切に育んでゆきます。

ある意味健常者は究極の狂人ですから、それと犯罪者を生み出す源ですね。「自分達は絶対善であり正しい!!」と思い込んでるから始末に負えません。どうも反省や自省や猛省という言葉を知らないようです。「自分は正しいのか?」という心の問いかけをした事があるのでしょうか? 世間の人達は………。

投稿: シント | 2009年6月18日 (木) 16時57分

>うーん、遊びと言うとちょっと違うんですが、まあアプローチの仕方の一つという感じでしょうか。

趣味ではないけど、義務でもない…。 う~ん(ーー;)

どーゆーコトなんでしょうねぇ。 趣味じゃないってコトは、エゴじゃないってコトでしょう。

もはやニヒリストさんの行動は、これまでのように「エゴ」で説明できなくなってしまったわけだ。


>オールドニックさんは理性によって得られた結論にはなにがなんでも従うんですか?

そうですねぇ。 それはシンドイことですが…。


>そしてそれは常に正しく「真実」であるという認識?

そういう認識をやめたら、多数派の俗物とどこが違うんです??
…私は多数派の変節野郎とは違うんです!<(`^´)>

私はニヒリストさんの思想や価値観が、多数派に似ていると何度も指摘・注意してきました。

ただニヒリストさんは通常の多数派と違って“お人好し”で、「理性的に物事を考えるというのは大切なことだと思うし、基本的には感情よりも理性に惹かれます」・「でもそれは私のエゴ・恣意・普遍的な勘違いなのです。絶対に!」と良くも悪くも“謙虚”“健気”でいらっしゃる。

自分なんて悠久の歴史や広大な宇宙に比べたらチッポケな存在ですm(__)m ←こんなコトを言ってたら「好かれる」に決まってるよねw

ズルイなぁ。 私が「サムい男」なら、ニヒリストさんは「ズルい女」です。 確定ですッ!

投稿: オールドニック | 2009年6月20日 (土) 11時03分

>どーゆーコトなんでしょうねぇ。 趣味じゃないってコトは、エゴじゃないってコトでしょう。

私もよく分かりません。
ただ私のスタンスは、理屈にだけ従うわけでも、感情にだけ従うわけでもなく、
生きたいように生きて、やりたいことだけやるということです。
超エゴイスト。オールドニックさんのように何か一つのものに何が何でも食らいついていくというのはないですねぇ。

最終的には多数派だとか不正義だとかなじられても自分がよければいいと思ってるんです。
ただその場合でも理屈で正しいとされていることが何なのかは知識として知っておきたいと思う。
自分がそれから逸脱してるならしてるで堕落形態としての自分を楽しむまでだし、
万が一理屈に合っちゃってたら…それは「げぇっ」って感じですけど。

私はちゃんとしたくないんです。正しいことをしたくないんです。
だから自分がやってることがエゴな理由、不正義な理由を日夜探し回ってるわけです。
謙虚なんじゃなくて正義とか言われるとアレルギーが出るんです。反吐が出そうなんです。
そんなことなら悪としてなじられる方が100倍マシ。これが私の率直な感情です。

>ズルイなぁ。 私が「サムい男」なら、ニヒリストさんは「ズルい女」です。 確定ですッ!

結構なことですね。確かに私はズルい。話す事柄によって言うことが180度変わるし、
オールドニックさんの一貫性とは程遠い。
意外と気に入ったので、これからはそう呼んでもらっても構いませんよ。

というわけで、話がまたこっち側に寄ってきたので続きは「虚無主義関連の話」のコメント欄にまとめてお願いします。

投稿: ニヒリスト | 2009年6月21日 (日) 04時33分

>理屈で正しいとされていることが何なのかは知識として知っておきたいと思う。
>自分がそれから逸脱してるならしてるで堕落形態としての自分を楽しむまで
>万が一理屈に合っちゃってたら…それは「げぇっ」って感じですけど。

私が議論する(正解を得ようとする)のは、行動の指針にしようという実用目的なんです。だから趣味ではない。
ニヒリストさんが議論するのは「参考資料」を得るためであり、必ずしもそれが指針になるわけじゃない。 実用でも趣味でもない。

向上心を満足させるための「お勉強」や「お稽古事」のツモリですか?


>謙虚なんじゃなくて正義とか言われるとアレルギーが出るんです。反吐が出そうなんです。

それでも「私は正義じゃない」と言っている限り、どうしてもストイックや謙遜に結びつけられて見られるぜっ。 優等生だなw


>確かに私はズルい。

そうだ。 俗物だ!!

投稿: オールドニック | 2009年7月13日 (月) 08時40分

>向上心を満足させるための「お勉強」や「お稽古事」のツモリですか?

まあそうかな。議論に「価値がある」なんて思ってないし。
ただ必要な技術ではあるかな、と。

>それでも「私は正義じゃない」と言っている限り、どうしてもストイックや謙遜に結びつけられて見られるぜっ。 優等生だなw

まあ一方では人として当然の謙虚さではあると思いますけどね。
それが多数派に好かれるのがおかしいと思うんだよ。多数派ほどそれが欠けてる人種もいないのに。

投稿: ニヒリスト | 2009年7月13日 (月) 11時55分

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