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2009年11月10日 (火)

自身の恋愛感情に対する超理性的な考察

私は現在進行形の恋愛から遠ざかってもう長いわけですが、進行してなかろうとなんだろうときっぱり忘れる、消去するということができていなければ煩わしさという点では進行している場合とそう変わらないのであり、今回はその煩わしさをずるずると掘り下げたいと思います。

まず何が嫌って客観的な評価が難しくなるのが嫌。自分の感情に対しても相手の存在に対してもその他あらゆるものに対して客観的に見てどうか、ということが一切分からなくなる。とくに相手の人間性に対する評価というのはトップクラスの難易度です。

それでも私は過去何度もそれを試みた。結局あれ(今回の記事では私の意中の人の呼称を「あれ」で統一したいと思う。なぜって彼とかあの人ではどうしたって甘ったるい感じになってしまうからに決まってるじゃないか)はどういう人間なのか?という問いを何度も繰り返した。ともすれば必要以上に美化したりこきおろしたりしてしまうのが恋愛感情の恐ろしいところで、私は恋愛感情に惑わされずそのことを冷静に判断する必要性をずっと感じていたんですが結局100%の確信を得るには至らなかった。というか好意なんてものに毒された頭でいっくら考えたところで冷静な判断なんてものが生まれるはずもない。

とはいいつつも、今までの何年かで出来上がった「一応的を得ているとは思うよ?」レベルの「あれ像」はある。それをここでちょっと書いてみようかと思う。

まず思想的には近いと思う。私と同じ少数派であると言ってもいいレベル。日本のような腐った国で生きていくには貴重な同志となりうる人物であり…とここまで言い出すと恋愛感情による美化が含まれている可能性大ですが、最低でも馬鹿な多数派じゃないことは確かです。

ただずっと思っていたというか引っかかっていたというか気になっていたのは、人と関わるということに対してそれほど深い悩みを抱えている人には見えない、ということ。もちろんネアカではない。どちらかと言えばちゃんと暗いし、社交的とかいう反吐が出るような称号は全くふさわしくない人ではあるの。でもあれには気心が知れた人がちゃんと何人かいて気を使わずに済むスペースがそれなりの範囲で普通に存在している。私にはそんなもんない。

結局のところ人間というのは人と普通に関われる人間と関われない人間に二分されると思う。前者はそれだけで悩みが少なくて済む。苦しい状況に追い込まれていたとしても人との触れ合いで簡単に(っていうと語弊はあるかもしれないけれども)助かる。要するに人に必要とされることだとか人から感謝されることだとかを経験すればすぐ立ち直れるような現金なクソ野郎なんですよ、はっ、しまったついコミュニケーション弱者の僻みが…。

話を戻すと、要するにその意味ではあれと私とでは決定的に住む世界が違うんじゃないかとずっと感じてきたし、今もそう思ってる。今でこそ「私とは違う人」なんて柔らかい言葉で表現できてますけど、当時はそれが気に入らず「能天気な馬鹿」とか「あんな奴には私の気持ちなんて分からないんだっ」とか気晴らしにつけてた非公開の日記はそんな話ばっかり、ぼろくそです。

そういう感情は満たされない恋愛感情の行き着く先としては一般的で見苦しい限りですが、その中でもより根源的な違和感、人種の違いのようなものの捉え方はたぶん正しかったと思う。あれは人と関わるとき私ほどつまらないことを考えない。その意味ではあれが健常者なら私は障害者、あれが多数派なら私こそが少数派です。本物のね。一生交わることのない何かを感じますよねぇ。

そんなこんなで幼稚な妬み嫉みや強固な恋愛感情から完全に解脱できたわけではない私ですが、絶対にこっちからは連絡をとらないということは決めています。あらゆる感情の不純物を取り除き、できうる限り冷静に見つめてもあれと私が「違う」というのなら、下心を克服できないうちに近づいたってろくなことにならないのは丸分かりです。超理性的じゃない?表彰されてもいいぐらいだわ。

今回だって「客観的に評価するなんて無理」と言いつつもこれだけの考察をしてみせる。本当に健気でありよくやっていると言わざるを得ない。これだけ物事が見えていれば今後道を誤ることもそうないであろう。安心してこの先の人生を任せられる。私が私でよかったと思うのはまさしくこういう瞬間ですね。

そうそう、指の怪我はほぼくっついて元通りになりました。万が一気に掛けている人がいたらと思って念のため。

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2009年11月 1日 (日)

指が…

このたびちょっとした面倒に巻き込まれたため、少しの間コメントを承認制にすることにしました。その間すべてのコメントは私が公開するまで表示されないので、リアルタイムでのやり取りはしづらくなってしまうかと思いますが、ご了承ください。

書くことはこれで終わりなんですけど、こんな事務的な話だけで終わらせるのも何なのでもう少し。

なんて言いながらも特に何も書く気が起きず、↑まで書いて下書きに保存して飯を食ったりなんだりしてたんですが、なんとさっき指を思いっきり切ってしまった。台所のシンクの上のちょっとした物を置くスペースに野菜スライサーが置いてあって、私はちょっとした動作の際にそれに手を引っ掛けてしまい、「あ、やばい」と落ちそうになった野菜スライサーに脊髄反射で手を出した瞬間スライサーの刃が親指にぐさっと。血がぼたぼた垂れて怖かった。痛かった。あの場所に置くのは金輪際やめよう。

幸い血はすぐ止まったので軽傷だとは思いますが、明日の予定は全部キャンセルかしら。指切ったぐらいで休むなという気もするけど、意外とざっくりいっていて、これで力仕事はないという気もする。こないだ風邪で3日休んでしまったせいもあって、バイトを休むハードルが下がっているのだ。

こういうとき、客観的に見た状況と、主観的に見た状況は著しく乖離するよね。客観的に見れば野菜スライサーで手を切ったことぐらい大したことない糞みたいな話ですが、当人としては血も出したし痛いし重要な問題です。こういうとき、くっだらないことに囚われてるな、と思ってしまう。命に別条のない傷だし、おそらく1週間もたてばだいぶ良くなるのに、不安で憂鬱です。もしかしたら外科に行かなければならないかな?とか。

端的にいってたかが切り傷ごときで気を乱されている私の「お嬢様っぷり」が気に入らないのです。先進国に住んでますって感じがするよね。病気もしない、怪我もしない、何かあったとしても病院はすぐそこ、お金もある。それなのに指を切って血が出たぐらいで焦る。人間の見苦しい面を見た気がするわ、指切っただけなのに。

まあそういう意地の悪い自分いじめはこれぐらいにしてあげてと。私って~、普段いらないことで「どうしようどうしよう」言ってる分、実際に何か起こった時は結構冷静なんですよ。これはもう仕方がないな、という諦めが早くて対応が迅速。

今回もまずは流水であらかた流しそばにあったティッシュで止血。絆創膏を貼って済むようなレベルではないようなのでパソコンで「切り傷 手当」を検索!そこで消毒液で消毒という当たり前すぎる情報を得て薬箱を開ける。マキロン。使用期限が2006年だ!…使う。そして新品のガーゼを開け、ガーゼの外側だからいいだろうとちょっと旧品の包帯を巻き、今に至るというわけ。まだ少し痛みは残ってますね。

…終始「こんなことで慌てるのはみっともない」と思ってそれなりにやったんですが、やはり駄目でした。私は単なる先進国のお嬢様なのであった。しかし、次に指を切るときにはそれはもう医療知識から肝の据わり方から別人のようなアプローチができるようになっているはずだわ。気合を入れねば。

実は件の野菜スライサーで指を切るのは今回で二度目。前回は玉ねぎをスライスしてて親指をちょいっと。その時は絆創膏で済む程度の傷だったんですが、この短期間で2度も同じ親指を切るなんて最悪だわ、何の呪いだわっ。

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