« 自身の恋愛感情に対する超理性的な考察 | トップページ | 来年への意気込み »

2009年12月20日 (日)

「ご心配おかけしました」と言ってみた

この言葉は嫌いだった。というか今も現在進行形で大嫌いです。だって相手が本当に私の心配をしているかどうかなんて分かりもしないのに、さも「心配したでしょ?」みたいな顔してこのセリフをさらっと吐くのは私には無理だと、ずっと思っていたから。だから指切って休んでも風邪で休んでも、私はこのセリフは避けていた。

でも世間というものは基本的に深い意味はないものです。言葉にも仕草にも態度にも、意味なんてありはしない。すべてはその場その場を丸く収めるためのものでしかなく、「本当は」とか「なぜ」とか「どうして」とかは禁句なのです。故に実際心配したかどうかなどは関係ない。休んだら「ご心配おかけしました」といい相手は「いえいえ、もう大丈夫なの?」と返す。これこそがコミュニケーションにおけるベストなのであり、それ以外の雑念は必要ない。

それに、周りの人と特別関係が悪いってわけじゃないし、少しは私の状態を心配しているのかもしれない、とも思えるようになってきたことも手伝って、この間言ってみたのです、「ご心配おかけしました」というワードを。まあそれほど気持ちのいいものではなかったけれど、特段不愉快極まりないということもなかった。なんてことねぇな、という感じです。

ま、こういう無意味な言葉の集積で世間が成り立っていて、私も少しずつ考えることをやめてその無意味な集積に参入していくのか、と考えるとそりゃあ吐き気はしますよ。まず私はそういうことをくだらないと思うから。でも私はそうやって世間に取り込まれていくようなタマでもないことも事実なんだな。今回は一つ適応することができたかもしれないけど、私は基本的に「そうではない」空間を見つけるか破滅するかしかない人間、のはず。でも最近自分を見ていると案外普通に生きていけちゃいそうな気もしてやーね。

「しない」と「できない」は大きな違いです。私もそろそろ多数派のコミュニケーションスキルを身につける時かしら?別に社交的になるつもりは毛頭ないけど、相手に不審に思われない技術、言いたくないことを聞かせない技術、相手に喋らせる技術などあって損はないはず。結局口を利けなければ相手に侵略される一方なのだから…。

私も自分の身を守る術は身につければならないな、と思った次第です。今日はこんなところで。

|

« 自身の恋愛感情に対する超理性的な考察 | トップページ | 来年への意気込み »

日々を綴る」カテゴリの記事

コメント

>「しない」と「できない」は大きな違いです。私もそろそろ多数派のコミュニケーションスキルを身につける時かしら?別に社交的になるつもりは毛頭ないけど、相手に不審に思われない技術、言いたくないことを聞かせない技術、相手に喋らせる技術などあって損はないはず。結局口を利けなければ相手に侵略される一方なのだから…。


このごろの一般人と呼ばれる奇妙な生命体は、平気で他人の心に土足で入ってきますから。相手や他人にあまり配慮しない、ずけずけという話し方をしてきますからね。そのあまりな不躾な接し方にこちらが戸惑っていると、態度が悪いとかコミュニケーション能力がないとか言われるのですからたまったものではありません。もう少し相手を気遣えるというのですけどまあ無理か………。

投稿: シント | 2009年12月23日 (水) 20時13分

まあ色々考える方がバカなのでしょうね。
何も考えず、誰に対しても同じように気候や家族の話ができる奴が偉いんでしょう。

でも馬鹿にできることが私にできないというのも腹が立つし、
どうせ世間の人間が言うことなど大体決まっているのですから、そんなに難しいことではないはずなんです。

絶対できるようになって、二度と私に余計な質問をできなくさせてやろうと思ってます。

投稿: ニヒリスト | 2009年12月25日 (金) 16時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/191322/47038814

この記事へのトラックバック一覧です: 「ご心配おかけしました」と言ってみた:

« 自身の恋愛感情に対する超理性的な考察 | トップページ | 来年への意気込み »