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2010年4月11日 (日)

悪口。とにかく悪口。

今日はなんとバイト先のクソジジイの送別会とやらに参加。今までの私からしたらあり得ない行動なんですが、私も最近多数派と軽口を叩くのに精力を傾けていたおかげで多少の自信は身について、あれこれ理由をつけて逃げ回る方が大変と判断し参加するに至りました。

因みにそのクソジジイがどれだけクソなのかを説明しておくと、まず正視に堪えない顔面(目が腐っているので)、軽石で肌を削ってやっても気がつかなそうな鈍感でデリカシーの欠けらもなさそうな風体、そしてジジイの半分は差別と偏見でできています(バファリンCM風)みたいな、日本的価値観の良くないところを切り取って集めた結果が俺ですよ、みたいな中身。

私はこのジジイが前々から本当に嫌いで、近くに寄られるだけで吐き気がするというか精神的抵抗を感じていたぐらいなんです。よく屈伸だのゴルフの素振りだのと無駄に体を動かすんですが、私はその様を「蟯虫が悶えているようだ」と形容しました。だって本当だもん。もちろん心の中でですけどね。ずっと前から「頭をかち割りたいランキング」1位だったんですが、今回酔っぱらった醜態を目撃したせいで殿堂入りも間違いなしです。本当にゴルフクラブでフルスイングをかましてやりたい。後頭部にガツっと。

そういうような感じで私には嫌悪感しかなかったので、辞めると聞いた時はそれはそれは嬉しかったんですが、私の周りのよく話をするおばさんなんかはみんな「寂しいわ~」って言うんです。それも社交辞令っぽい感じでなく。私はこれが結構ショックで、やはり汚物を汚物と認識できない人間とは仲良くなれないなあと心の底から思いました。だってそうでしょ、例えば目の前でゲロを食ってる人間がいたらどう思う?ちょっとどうかと思う、というか引くでしょ。

私にとってあのジジイと仲良くしたり別れを惜しんだりするのはゲロを食うのと同じなの。その光景を目撃しただけでショックを受ける。「えっ、あなたは人のもどしたものが食べられるんですか?変わってますねぇ」と表面上は取り繕えても心にできた溝は大きい。やはりどこかで軽蔑してしまっている。

汚いものは汚い、腐っているものは腐っているわけで、それが分からないということはその人も多かれ少なかれ汚れているか、常日頃から腐ったものに囲まれているから鼻がバカになってるんじゃないかしら。私はそう思うの。だから、まあ相手が多数派である時点で分かり切ってはいるのだけれども、仲良くなれない理由がまた一つ増えたということで。

で、こんなにジジイの悪口に字数を割いてしまって肝心の送別会はどうでした?という話なんですが、それ自体はなんということはありませんでした。そのクソジジイ以外はみな大人というか人としてちゃんとしていたので、無理に酒を勧められることも延々とくだらない質問をされることもなく、はじっこで大人しくウーロン茶を飲みつつご飯を食べることができました。

ただ酔っぱらったクソジジイはやはり最低で、少しだけ絡まれてしまいプチ嫌な思いをしました。時間を置いて二度も「こんなところで終らないでね」と(まあもっとちゃんとしたところで働いて世に出ないとだめだよということが言いたいんでしょう)説教じみた話を聞かされた揚句、最後の方になって私に「○○さんどこかに勤めたことあるの?」とか聞いてくるから、正直に「ないです」と答えたら「あそう、ないの…」と人を馬鹿にしたような顔。で、ついつい反射的に「何か文句でも?」と言ってしまったのが唯一のプチ事件かしら。その瞬間、間違いなく私は素だった…。ほかのおばさんにフォローをさせてしまったわ。

ま、そんなこともありつつも、今後二度と顔を見ることもないと思えば気分は晴れやか。あのクソジジイがもう一年同じ職場にいたと思ってみ?もう最悪ですもん。頭はかち割ってやれなかったけど、私の前から消えてくれることには感謝しなきゃね。

私もそろそろ自分なりの立ち位置を見つけなければ、と思っています。それなりの稼ぎと嫌なことを嫌だとでかい声で言えるポジション。この二つが両立できなければ正気を保てないとわかっている以上、その方向で努力しなければなりません。今の世の中ではかなり贅沢な望みですが、私は自分にそれができないかもしれない、という心配はあまりしたことがないんですよね。自信過剰なのでしょうか。

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