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2010年7月17日 (土)

身内の悪口。

なんだかお久しぶり。実は5月の末に祖父が亡くなり、そのお葬式やなんかでバタバタして疲れてしまい、ここの更新やコメントの反映も疎かになってしまいました。順次対応します。

こういうとき本当に疲れるのは葬式それ自体ではなく「お越しいただいた方々との談笑」とかいうヤツだってことは私のような非社交的、非活動的、非人道的(?)な人間からすれば言わずもがな、ってわけで皆様のご想像通り疲れました。基本的には母が前面に立ってくれたので私は隣でへらへらしていればよかったんですが、見も知らない人とああだこうだお話しするほど私も腐ってない、いや人間できてないもんで、嫌な思いのし通しでした。

一番恐れていたのはもちろん「今何をしてるの?」という質問。これをやられても「何をしてる?いや別に何も…」で終ってしまう。肩書きがないプーはこれだから困るのよね。引け目はないが嘘をつくにも世間一般を知らなきゃできない。自分の年代の普通をよく知らない私は気を揉みました。それでも今回は奇跡的にその質問をかわすことに成功したんですが、次に帰るときには肩書きを一つぐらいひっつけといた方がいいのかなぁと思ったりしました。

とまあ他人に関する疲労もさることながら、本当に問題なのは身内、つまり今回の葬式の当事者である祖母と叔母で、私たち母子はとにかくこことの関係が最悪なのです。私が学校に行かなくなったあたりから関係の悪さが表面化し、それから今までの十年ぐらいは実家に行くたびに喧嘩になるか、そうでなくても不愉快な思いをするかのどちらかでした。

私は「言っても分かんねえ奴には言わねえ」」がポリシーで、こと人間関係に関する冷徹な切り捨てには他人も身内も関係なしなんですが、向こうは言えば分かると思っているのとこちらを思い通りにしたいのとで、もの凄い圧で迫ってくるため衝突は不可避。私も今回は「永遠に平行線の関係というのが世の中にはあって、家族だから分かりあえるというような幻想は捨てたほうがよい」と説いてみたんですが聞く耳持たず。あんまりしつこいので「私のことはほうっておいてほしい、迷惑だ」と連呼したところさすがにショックだったご様子。

私も向こうの性格が悪くなければそこまで邪険にはしないんですが、なにしろ向こうはやかましい、厚かましい、恩着せがましいの「3しい」を兼ね備えていて、とても普通に付き合える相手じゃない。頼まれてもいない世話を散々焼いてやって、自分が思ったような礼が返ってこなければ「私たちがこんなにしてやったのに」と嘆くような手合い。うんざりです。

例えば荷物でも、向こうはこっちが喜ぶと思って、食品やらなにやらを送ってくれるわけですが、こちらはそう嬉しいものでもない、というより向こうの恩着せがましい態度に常々うんざりしており、母親などは届いた荷物を開ける段階で半ばブルーといった状態です。それでつい電話やメールなどで「着きました」という連絡を怠ろうもんなら前述の、「送ってやったのに礼もない」が始まるわけです。

当然こちらは「そんなことならもう送らなくていい」となるわけですが、向こうは人に何かをしてあげたくてたまらない(礼を言われたくてたまらない)人間なので一向にやめない。私などは「本当に人のために何かをしようと思ったらお礼や見返りなんて求めないんじゃないか」と言ったこともありますが、即座に「そんな仏みたいな人間がいるか」と一蹴されました。私は仏か、とちょっと思ってしまった。私には迷惑かも知れないものを「やってやったのに礼もない」と憤る図々しさはない、というかそういう人間にだけはならないようにしようと日々生きています。

そんなこんなで今回も大揉めだったんですが、今回やり合ってみて、私も強くたくましく成長したなぁ、と実感できて嬉しかったです。なんせ小学生の時分はあの人たちとやりあっても途中で泣き出してしまったりしていたのが今となっては一歩も引かずきっちりと持論を展開し、「私はあんたのことが嫌いだ、迷惑だ」と言えるようになったって凄いこと。それで最終的には「じいさんが死んだことよりもあんたに言われたことの方がショックだった」という言葉を引き出したんです。

私もどんどん性格が悪くなってるのか、それを言われたからといって「言い過ぎたかな」とかは思わないんですよね。むしろ「やってやった」と思いました。「迷惑だ」なんて言葉ぐらいでそんなにショックだったならまだまだ言ってないことなんていくらでもあります。その一方、向こうが言ってくることといえば「あんたのことは98%の人間が理解しないよ」とか「いつか自分に返ってくると思うよ」とか「いつからそんな風になったの」とか。傷つかない、というか何とも思わないようなことばかり。

私は2%の人間であることに誇りを持ってるし、そのせいで野垂れ死んだとしても「あの人たちの言うとおりにしておけばよかった」なんて絶対に思わないでしょう。何もかもが余計なお世話なんです。

なんでみんな血の繋がりなんてものにそこまでこだわるんでしょう。理解できないのなら放っておけばいいのに、いつまでもしがみついてくるのはなぜ?親だろうと兄弟だろうとその他の親族だろうと、自分の存在を否定する者は捨てるしかないというのが私の持論で、180度違う人間にいつまでも対話を試みようという不毛さが理解できません。

と言いながら、実は四十九日とお盆を兼ねたようなものに出席するため明日からまた高知です。あの人たちの図々しさはともかく、亡くなった祖父は比較的良い人だったのでその法要は参加しておくか、というのが理由です。気は重いですが。帰ってきたらまた報告でも書こうと思います。

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