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2011年3月 9日 (水)

「自分探し」を敢行中

結局のところ私は一体なんなのかということが目下の課題となってます。どう考えても私がいわゆる標準的な人々と何も変わらないとは思えない。できないこと、不愉快なことが多すぎる。いったい何でこんなことに?

少し前までは性格だけでここまで卑屈に、かつねじ曲がってきたんだと思ってました。そしてそういう自分が好きだったんです。親に冷遇されたわけでも誰かにいじめられたわけでもないのに、こうも卑屈になった私とはなんて素晴らしいんだろう、と。まさに生まれながらのネクラ。それが自分のアイデンティティであり、誇りでもあった。

しかし。ここ最近やはり私はいわゆる「普通」とは違うのではないか、という思いがまた頭を擡げてきました。卑屈でネクラな自分は好きだったけど、他の人が当たり前のようにできていることが自分にはできない、という事実に傷ついてきた面があったのもまた事実です。「ここらでそろそろ原因を明らかにする必要があるのでは?」と思ったのです。

そこで何年か前から気になっていたアスペルガー症候群に一旦照準を合わせて動いてみたのですが、発達障害者センターに問い合わせたところ、診断を下してくれる専門的な病院は都内に二つで、最近は自分もアスペルガーではないかと考える人々が急増しているらしく、どちらも予約を取るのも一苦労とのこと。

そうなるとちょっと厳しいよなあ、とその病院のホームページを見ていると、「うつ病や統合失調症、社会不安障害などの違う原因によるコミュニケーション障害に起因する症状を、アスペルガー症候群によるものと誤解して受診するひとがきわめて多い」との一文が。鬱と統合失調症は分かるけど社会不安障害とは一体?と思ってインターネットで調べると私に当てはまること当てはまること。

私はむしろこっちなのかもしれない、と思いつつもアスペルガーではないかということへの拘りがあったので、なんだか社会不安障害なんて格落ちの診断を見付けてしまったようで素直に受け止められない部分もあり、とりあえず受診する前にアスペルガーと社交不安障害の本を同時に読み進めることにしました。

そして色々と本を読んでみた結果、やはり私はアスペルガーではないのかもしれない、と思いました。発達障害と呼ぶには私の幼少時のエピソードはあまりにも平凡だったのです。私は「早くしなさい」と言われれば「早くする」ということはどういうことなのか知っていたし、学校に行く準備をするという時に準備の中身が分からない、ということもなかった。つまりある程度抽象的な指示でも意味を読み取ることができた、ということです。

言葉の字義通りの解釈についてもそれほど困った記憶はなく、比喩も「本当にそういう意味で言っているわけではないこと」もそれなりに理解できていたと思う。私はアスペルガーとされる子供に比べたらずっと「常識的」な子供だった。周りに馴染めてはいなかったけどね。幼稚園からして登園拒否気味だったし。

でも大人のアスペルガーとされる人の話には共感する部分が多かったのは事実なんです。自伝を何冊か読みましたが、道に迷った時の感覚や(理性はどこかにいってしまう)、コミュニケーションについて他の人が知っているルールを自分は一切教えられていない、という感覚、他者に対するドライな反応、そもそも人との接触をそれほど必要としていない感じ等々。でも前述の通り、幼少時の私は「普通」だったし、もっと言うと感覚過敏だって思い当るところがない(太陽の光がまぶしくて嫌い、急に大きな音がすると心がざわざわする程度のことはありますが)。

その点やはり社会不安障害は自分の話であることが明らかなんです。人に見られている感じがたまらなく嫌で、馬鹿だと思われているんだろうな、こんなこともできない無能な人間だと笑っているのだろう、などという「思い込み」に支配されている。そしてその感じを味わうことを避けるために、どんどん社会的な状況を回避していってしまう、というのが社会不安障害です。人と接することをやめていってしまう、というわけ。

それは確かに私のことだ。私が人とすれ違うだけでもイライラしたり、「私は誰からも好かれない」という数年間に渡る強固な「思い込み」に基づいて生きてきたことは、この障害の症状だったのです。

ふうん、と思ったものの、まず最初に思ったのは「私はそれを治す必要があるのか?」ということでした。人ともっと関わりたい、パーティーにも出たい、友達も増やしたいとか思ってる人ならそりゃあこの障害はかなりの苦痛でしょう。馬鹿にされたり嫌われることに心が捕らわれていて、何の自由も利きませんからね。

でも私は?別に人と関わりたくもないし友達も増やしたくない。みんなが私を嫌い馬鹿にし見下しているんだ、という「思い込み」を是正したからといって、私にいったい何が残るだろう。むしろ中途半端に治療なんてしてしまえば、私のアイデンティティは崩壊してしまうのではないか?人と関わるのを楽しくしてしまってどうするのだ。私が今まで感じできたこの苦痛や不安は私を多数派と隔ててくれていたのではないのか?それを治して私は一体どうなりたいのか。そんなことを考えました。

それにこの障害の診断を受けて「治療」を受けるに当たってもう一つのネックは、先程から使っているこの鉤括弧つきの「思い込み」、つまりこの思い込みは本当に「思い込み」なのか?という疑問です。私が思い込みに括弧をつけるのは、嫌われている、馬鹿にされているという私の認識が完全に虚妄であるとは断じたくないからです。やはり私のこの知覚の方が正しいんじゃないか、とどこかで信じたがってるんです。

そもそも私が自分のそういった感じ方を完全な事実としてではなく被害妄想的な位置づけにしているのは、いつもいつも自分が他人から嫌われているなどという考え方は自意識過剰であり恥ずかしいことだ、ということに気付いてしまったからです。他人が自分を好いている可能性に賭けたいわけでも、自信がついたわけでもなく、単純に「そうとは限らないこと」に気付いてしまったんです。

自分が思うほど他人は自分のことを良くも悪くも思っていない、だなんて不愉快な事実を認識する機会が増えたものだから、私は仕方なく、どっぷり馬鹿にされた嘲られたという思いに浸るでもなく、かといってそういった考えと無関係に気楽に他者と口を利くでもなく、ずっと宙ぶらりんの日々を過ごしてきました。そして私がこの状況をどっち方向になんとかしたいと思っていたのかと言えば、やはりそれはもう馬鹿にされたい、徹底的に見下されながら生きたい、と思っていたのでした。

だから私は恐いんです。薬で不安感を和らげながら認識を改めてしまったら、「正しい判断」ができなくなってしまうのではないかと。馬鹿にされていることにも嫌われていることにも気付かずに、チャラチャラ他人と口を利くようなネアカに変貌してしまうのではないかと思うとたまらなく怖い。どうして周りの人間が私を馬鹿にしないなんてことがありえるんだ。そんなことはなくていい。やっぱり私は馬鹿でのろまなどうしようもない人間なんだ、そう思っていたい…。

などという思考の変遷を辿りながら、それでもやっぱり自分の原因、抱えている問題は明らかにしておきたいので、どこかしらの精神科を受診してみるつもりです。でも自分の中でどこまでを治療の対象とするかはまだ揺れています。苦しんでいたいこと、苦しまなくてもいいこと、苦しまない方がいいことなどが混然一体となっていてどうすべきか分からない。

でも一つこの社会不安障害について調べてて嬉しかったのが、この障害が重症化したものという位置づけで回避性人格障害が紹介されてたこと。回避性人格障害と言えばっ、五年ほど前に7つの診断項目を見付けて以来の心の恋人です。つまり私は社会不安障害を突き抜けて回避性人格障害と診断される可能性も十分に有しているわけです。ついニヤニヤしてしまう。

世間的には診断なんて差別や偏見に繋がるばかりで何の役にも立たないでしょうが、私がこれから生きていく世界では、何らかの診断名を得ることが肩書きとして役に立つ気がするんです。自分を明らかにすれば生きる糧にも繋がっていくかもしれないし。

とにかく、ここらで私が抱えている問題を専門家の手によって明らかにすべき時が来たようです。頑張って一歩を踏み出してみます。

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自己分析」カテゴリの記事

コメント

こんにちは
妻と息子がアスペルガーですが、日記読む限り、アスペルガーとは違うとしか思えないですね。
日記は、興味深いです^^。

投稿: rej | 2011年5月20日 (金) 07時33分

社会不安障害ということで診断を受け、薬を服用しながら今は積極的に治療に取り組んでいます。

色々な変化に翻弄され更新もままならない状態ですが、コメントありがとうございました。

投稿: ニヒリスト | 2011年5月21日 (土) 18時20分

>日記読む限り、アスペルガーとは違うとしか思えないですね。

どういう点でそう思われますか? アスペルガーとはどんなものですか?
(横レスを入れると嫌われるという常識があるそうですが、当方には理解できません)

投稿: オールドニック | 2011年5月22日 (日) 12時20分

オールドニック様
直ぐに気付かずにすみません。

横レスについては、ブログ主さんが許容されてると判断しました。

確かに、横レスは、嫌われますが、こういう事は、常識よりブログ主さんが許容するか、しないかの問題だと思いますので、あなたが、いちいち、注釈を付ける必要はないと思いますよ。

前置きは、この辺で本題。

アスペルガーとは、どんなものかについては、ググったり、本を読んだり、そう云うコミュを見られる事をお勧めします。
その方が効率的ですし、そのテーマで何十冊も本が出版されるような事をこのスペースで、誤解を生じさせず、書くのは困難です。
しかも、貴方はかなりの論客の様なので、ますますやめておきます。
ブログ主さんも、かなりの論客ぽいですけど^^; ;。

で、どう云うところで、そう思うかですけど、アスペルガーについての本を何冊も読んでwebもあちこち見て、20年も配偶者して、10年も親をして、アスペルガーの知り合いや、配偶者、親から話を聞いたら、分かりますよ。
アスペルガーや、その他発達障害の方々と共通する様な特徴があるとは、思えません。
具体的にどこだーと、答える意義も、理由も無いので割愛します。

大人になってからのアスペルガーの診断は、専門家でも難しいのですけど、日記からだけの判断だと、社会不安障害の可能性の方がやはり高いと、個人的には思います。

社会不安障害の友人や、AC、ボーダーの友人、知り合いも居ますけど、社会不安障害の方に一番近いかなと感じます。

余計なお節介を重々承知の上で言わせて頂くと、オールドニック様も、心療内科にいかれた方が良いのではと思います。

ブログ主さんの、他の日記を読んだところ、貴方は、かなり頭は良さそうですが、相当な攻撃性や執着性を感じますので、脳内物質のバランスの取り直しを試された方が良いのでは?

TO:ニヒリスト様
薬で緩和されるなら、それに越した事は無いと思います。

今までの自分と変わってしまう事に違和感の様なものを感じられてる様ですけど、楽に生きる罪とかは無いですからねぇ。
ワザワザ苦行な日々を過ごす必要なぞ、無いものです。

では。

投稿: rej | 2011年7月13日 (水) 14時47分

>rej様

まさかレスをもらえるとは思ってませんでした。
ありがとうございました。


>アスペルガーとは、どんなものかについては、ググったり、本を読んだり、そう云うコミュを見られる事をお勧めします。

その手の定義はいろいろあって、統一されてないと思うんですけどね。
ですからrejさんの解釈を伺ったまでです。

学者はいろいろなことを言いますが、私が見たところ巷の自称アスペルガーの人たちって、定型発達者と大差ないです。
あの些細な違い(能力の低さ)を自閉症と言ってしまうなら、相当細かい違いに敏感なんですね。
ニヒリストさんは彼らよりさらに定型寄りですか?


>相当な攻撃性や執着性を感じますので、脳内物質のバランスの取り直しを試された方が良いのでは?

そうですか。攻撃性や執着性…。
自分ではまったくそんな意識はないので、客観的な第三者に観てもらわなきゃいけないんですが、
ちゃんと調べてくれる専門家がいないんです。

ニヒリストさんの「社会不安障害」だって自己診断・自己申告ですもんね。
専門家が調べてくれないんです。責任を取りたくないから??

投稿: オールドニック | 2011年7月14日 (木) 13時18分

あっ、それから横レスが一般的に嫌われるのって、なんでなんですかね?
ブログ主も知りたがってると思うので、誰か説明してやってください!

投稿: オールドニック | 2011年7月14日 (木) 13時20分

私は二人目の医者の時は自分で病名を言わなかったので、
一応症状から照らして社会不安障害だろう、という医師の純粋な診断を受けたことになります。

投稿: ニヒリスト | 2011年7月16日 (土) 01時28分

>私が見たところ巷の自称アスペルガーの人たちって、定型発達者と大差ないです。

最近では、「普通の人」に限りなく近い人でも、アスペっぽい傾向がちょっとでも見られれば、患者の要望があれば、「アスペ」と診断される場合があるようだから。
だから「アスペ」の中にも、かぎりなく発達障害にある人もいれば、かぎりなく「普通の人」に近い、または怒りっぽいだけの「普通の人」がごっちゃになってるんじゃないですか?

「フレーバー」なる言葉もあるようですし。

投稿: おまきん | 2011年7月16日 (土) 06時57分

オールドニック様
答えるのに、簡単な方から。

>あっ、それから横レスが一般的に嫌われるのって、なんでなんですかね?

本題に入る前に、
私は、このブログの様に、コメント表示をブログ主が決定出来る場合は、横レスを表示した時点で、ブログ主が許容したと判断したと解釈してます。
(歓迎してるかは、不明)

横レスは、昔から嫌われ傾向があり、分からなくもないですが、HPの時代から、SNSやブログの時代に移ってからは、読み逃げを嫌うという事まで一般化しつつあり、難儀な事です。

閑話休題
ブログにしても、SNSにしても、下記理由で嫌われるのだと推測してます。

1.日記の書き手は、日記は自分の物であり、意見のやり取りは、自分と他の人の間で為されるべきだと思ってる人が多い。

2.自分の日記を荒らされたと感じる人が多い。

3.論理的なやり取りならともかく、横レスする人には、感情的なコメントを付けたりで、日記主そっちのけで、喧嘩状態に陥りやすい。

4.コメントを付けた人側に、横レスをケチを付けられたと、被害妄想的に感じる人も多い。

5.日記主そっちのけで、コメント者同士が盛り上がって、日記主が、疎外感を感じる場合が有る。

てなところでしょう。

と、書いててちとバカバカしい気分に(笑)

オールドニック様も、上記の様な事は、既に承知で、もっと深い理由を求められてるんでしょうね、きっと。

しかしながら、オールドニック様の他のコメント等を読む限り、その答えも既に持ち合わせてる様に感じますけどね。
皮肉では有りませんよ、念の為。
ちと頑固な印象は、ありますが、人間観察も推測能力も人並み以上に有ると思われる貴方が、この程度の事に答えを持ち合わせていない気がしません。

私自身は、ネットの世界でまで、面倒臭い思いや疲れたりしたくないので、横レスを嫌う人には、横レス入れませんし、読み逃げ嫌う人の日記も読みません。
面倒臭い思いや、疲れるのは、リアル世界だけで、十分です。

>ブログ主も知りたがってると思うので、誰か説明してやってください!

どうなのでしょうか?
私には、ブログ主さんが、知りたがってる様には思えませんが。
ただ、公開した意見、日記については、それを元にどんなコメントがつこうが、横槍が入ろうが、許容すべきであると思って居られる方の様な印象は、受けますが。(私の勝手な感想です。)
多分、コメント表示までタイムラグがあるのは、その間に、
御自分の解釈をされてるのかな?と感じてます。

投稿: Rej | 2011年7月16日 (土) 11時40分


オールドニック様
>まさかレスをもらえるとは思ってませんでした。
ありがとうございました。

純粋に気付かなかっただけです。
えらく時間がかかって申し訳ありませんでした。

オールドニック様の御質問の真意も理解しましたので、お答えしますが、暫く御時間を下さい。
文章力があまり無いので、まとめるのに時間がかかりそうです。

ただ、全く無回答もあれなので、一言だけ。

>学者はいろいろなことを言いますが、私が見たところ巷の自称アスペルガーの人たちって、定型発達者と大差ないです。
あの些細な違い(能力の低さ)を自閉症と言ってしまうなら、相当細かい違いに敏感なんですね。

一見、些細な違いしか無い様に思えるのは、正しい印象だと思います。
例えば、時折話すとか、時折遊ぶとか、仕事をするとか、そういった事で問題になる事は、あまり有りません。
知的能力についても、多くの場合、劣る事もありません。

ただし、一緒に暮らしたり、男女として付き合ったりと深く交われば交わる程、違う部分がどれほど深く埋められ無いかがわかるのです。

同じ言語で話してるにもかかわらず、まるで異星人と話している様です。

では、また。

投稿: Rej | 2011年7月16日 (土) 11時58分

>同じ言語で話してるにもかかわらず、まるで異星人と話している様です。

正常人、アスペ、スキゾ、自閉、糖質、ADHDなどはそれぞれ、違う生物種だと思ってた方がいい。
互いに、よっぽど「親和性」がないかぎり「仲良く」とはいかない。
「ジヘーメーソン」がいい例。

Rejさんも、もしこのままオールドニックさんとやりとりし続けるようなら、いずれRejさんにとって「トラブル」が起きるんじゃないか?

投稿: おまきん | 2011年7月16日 (土) 12時21分

オールドニック様

ちと、補足させて下さい。

>そうですか。攻撃性や執着性…。
自分ではまったくそんな意識はないので、客観的な第三者に観てもらわなきゃいけないんですが、

私の感想ですが、オールドニック様は、穏やかな表現で御自分の意見を発する事も可能で有るでしょうに、わざわざ、過激な表現に拘っているように感じます。
何かしら、御自分の意見に同意を得るのをわざと嫌っている様な。
極論的な表現も多く感じますが、反発を受けやすい事を承知で、使われている印象を受けます。
穏やかな表現を使うと、それは自分じゃ無い的な、言い換えれば、過激な表現をする事に拘りや執着が有る印象です。

せっかく、意見を発するのに、勿体無いなと。
表現方法は、兎も角、御意見の中身そのものは、共感を感じる事が多々あります。
(私の様な人間に共感をされるのは、嫌かもしれないですけど)

お節介申し訳有りません。

投稿: Rej | 2011年7月16日 (土) 12時57分

おまきんさんのおっしゃる事は、かなり的を得てると思います。
程度に幅がありますし。
それに、発達障害の区分にも曖昧な部分が有りますしからね。

投稿: Rej | 2011年7月16日 (土) 15時05分


おまきん様

>正常人、アスペ、スキゾ、自閉、糖質、ADHDなどはそれぞれ、違う生物種だと思ってた方がいい。
互いに、よっぽど「親和性」がないかぎり「仲良く」とはいかない。

私も同意見です。
互いにそう云う前提でいないと、お互いの為になりません。

浅い交流なら、大きなトラブルもありませんが。

止むを得ず深く交流する必要がある場合は、互いが異種だと云う前提で交流するしか無いのは、実生活で嫌というほど認識しました。

相手の言動に対して、なぜ?と云う疑問をお互いに持たずに、お互いに相手はこういう仕様だと受け入れあわないと、どうにもなりません。
お互いに異種なので、ほとんどの部分で理解不能ですから。
それでも、トラブルは発生しますが。

同じ人間だから、話せば分かるというのは、幻想ですね。

>Rejさんも、もしこのままオールドニックさんとやりとりし続けるようなら、いずれRejさんにとって「トラブル」が起きるんじゃないか?

うーん、それは、オールドニックさんが異種だと云う事なのでしょうか?

今、展開されてる様な議題については、多数派、少数派といった区分けでは、やり取りは、可能でしょうが、異種間では、成り立たないでしょう。

リアル世界でのやり取りでは、無いので、トラブル的な事は避けられますが、お互いに徒労に終わるだけでしょうね。

ご忠告ありがとうございます。

投稿: Rej | 2011年7月17日 (日) 10時24分

>同じ人間だから、話せば分かるというのは、幻想ですね。
そもそも「同じ」なのか?

>うーん、それは、オールドニックさんが異種だと云う事なのでしょうか?
オールドニックさんは「自閉症」という診断を受けたそうです。
あなたは「正常人」ではないのか?
もしそうなら、互いに「異種」ということになる。

>お互いに徒労に終わるだけでしょうね。
あなたにとってはそうかもしれないが、オールドニックさんにとってはどうかわからないんじゃないのか?
僕は「「あなたにとって」「トラブル」になるんじゃないのか?」とは推測したが、オールドニックさんにとってはどうかなんて考えてない。

投稿: おまきん | 2011年7月18日 (月) 06時24分

>今、展開されてる様な議題については、多数派、少数派といった区分けでは、やり取りは、可能でしょうが、異種間では、成り立たないでしょう。
>お互いに徒労に終わるだけでしょうね。

僕はこういうことは言っていない。
だから

>ご忠告ありがとうございます。
というのがわからない。
忠告なんてした覚えはないんだがな。
ただ観測した結果と、そこからの予測を言っただけ。

まぁこういう「ズレ」があるので、スキゾイドの僕とあなたとでは「異種」どうしと推測したが。
まぁ、僕にとっては「議題が成り立たない」とか「徒労に終わるだけ」とかは必ずしも互いが「同じ考え」とはならんが。
だから、あなたはアスペの家族と「トラブル」になるんじゃないか?

まぁ、あなたにも「お互い同じだろう」という幻想がまだ残ってるんじゃないか?
だからあなたは「正常人」じゃないか?
と、思ってしまうんだが。

投稿: おまきん | 2011年7月18日 (月) 06時46分

>同じ人間だから、話せば分かるというのは、幻想ですね。
と、言いながら
>“お互いに”徒労に終わるだけでしょうね。
と、言うってことは、

あなたは「頭では「話せばわかる」は幻想だと分かっていても、身体はそれを認めてない」んじゃないか?

投稿: おまきん | 2011年7月18日 (月) 06時50分

おまきんさん
頭で分かってても身体が分かってない、御指摘通りです。
生活を共にする以上、どうしても分かってもらう必要が生じるケースで、異種だという事を忘れて、結果、トラブルになる事も多々有ります。
最近、ようやく、自分の身体に分からせる手段を覚えましたのでトラブルは減りましたが。

オールドニックさんは、自閉症の診断を受けられたのですか。
なるほど、ならば、異種ですね。
おっしゃる通り、私にはトラブルになるでしょう。
やめておきます。

投稿: Rej | 2011年7月19日 (火) 12時32分

「違う奴とは関わらない」って奴ばっかり。

「みんな違ってみんないい」という有名なスローガンは、お互いに関わらないということとセットなのか?
だとしたら何故それを説明しない??

無縁社会というのは要するに、みんなが人と接したがらないから起こってる問題だろう。
ちゃんと人と接する人間なら「お前のそこが悪い!」と言うはずだ。
「みんな違ってみんないい(から俺に構わないでくれ)」という奴が一番冷たい奴なんだよな。
そんな奴らが福祉番組に出てしゃべってるなんて…。

コミュニケーションなんて簡単なのになぁ~。ナニがそんなに難しいの??

投稿: オールドニック | 2011年7月20日 (水) 01時04分

オールドニック様

>「みんな違ってみんないい」という有名なスローガンは、お互いに関わらないということとセットなのか?

みんな違うのは当たり前です。
ただし、根本的に同じだが、違う部分もある、と言うのと、根本的に異種である、のは意味合いが異なると思いますよ。

異種間では、互いの深い所は分かり合えません。
#同種間だと分かり合えるかと云うと、それはまた、別の話になりますけどね。

>だとしたら何故それを説明しない??
異種間でも、深い所で分かり合えると思ってる人が多数だからです。

>ちゃんと人と接する人間なら「お前のそこが悪い!」と言うはずだ。

言っても、互いに分かり合えません。
異種とは、そういうものです。

一例を上げるなら、アスペルガーの典型的な特性に、応用がききにくい、が有ります。

こちらからすると、同じ失敗でも、アスペルガーの人からすると、異なる失敗である事が多々有ります。

なので、こちらからすると、反省もせず、同じ失敗を何度も繰り返される的な感じになるのです。
しかし、相手の立場にすると、反省もしてるし、同じ失敗をしてないのです。
諦めて、ガマンするか、別れるかしか無いのです。

まったく同じに近い状況など、数少ないのですから、生活をともにする限り、ガマンする以外に方法は有りません。

また、相手と自分を置き換えて考えるのも苦手なケースが多いです。
「自分がそれをされたら、嫌だと思わ無いの?」
「自分がそれを言われたら、嫌じゃ無いの?」
が、通じません。

かと言って、怒るわけには行きませんし、別れる事も出来ないとなると、感情を抑える為に、薬や自傷に頼るしか無くなります。
私の場合は、薬と自傷で抑えてます。
#別に泣き言を言ってるわけでは無いですし、薬や自傷は、トラブルでは有りません。
トラブルを回避する手段を得て、逆に心が落ち着いたくらいです。

無論、逆も言えます。
相手の立場に立って考えると、何でこの人は、こんな事で怒るのか、私の苦しみが分からないのかとなります。
#実際、分かりません、異種なので。

故に、そういう人達も、薬や自傷が必要になってしまったりするケースが多々有ります。

異種間は、互いの為に親子でない限り、生活を共にすべきでは有りません。

>「違う奴とは関わらない」って奴ばっかり。

異種間の違いを互いに前提にすれば、関わるのは、問題無いですよ。
生活をともにするのは、困難ですが、遊び友達であるとか、仕事仲間であるとか、レベルなら、なんら苦痛も伴いませんし、トラブルにもなりません。

アスペルガーでは、有りませんが、私の仲が良い友人は、ACであったり、ボーダーであったりです。
多数派?というか、一般人と話す方がむしろ、疲れるくらいです。

生活をともにしないなら、お気楽な事しか言わない一般人より、話してて心が落ち着くくらいです。
#一般人は、すぐに、止ま無い雨はry)とか、神は乗り越えry)とか、吐き気がする事をいいますからね。

>コミュニケーションなんて簡単なのになぁ~。ナニがそんなに難しいの??

コミュニケーションの種類や、やり方にもよります。

上述した通り、飲んだり、普通に話したりなら、むしろ、異種間の人との方が楽しいし、落ち着けるくらいです。
異種だと互いに認識してればと云う前提ですが。

議論については、お互いに異種と云う前提で、相手の意見や考え方を知り合うというのなら、やはり、一般人、同種と話すより、得る物が多いです。

ただし、異種間で相手を納得させようとか、相手の意見を否定したりとかは、無理だと思います。

まぁ、こう云う事を言うと、異種の人からも、一般人の人からも、石を投げられる事が多いんですけどねw

投稿: REJ | 2011年7月20日 (水) 14時20分

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