2007年8月12日 (日)

慢性的なアレ

晩飯をー、食いそびれました。なんてこったい。でもまあいいんだ、昼間がっつりトンカツ定食食ったから。

もう私文脈とか気にしませんが、私って一人は平気なんです。だから生活が軌道に乗ってる時は、本読んだり新聞読んだり映画観に行ったり、淡々と一人の時間を満喫する事ができるわけなんですが、一旦変な所に入り込んじゃうと、彼氏が欲しいー!とか絶叫したくなる事があり、今はちょうどその周期なんです。

そうなってくると慢性的な喪失感と言うのか何なのか、段々生活が回せなくなっていく。その日の新聞を読む事や図書館から借りてきた本を読む事、そして時にはご飯を食べる事さえなおざりになってしまったりする。これはまあよくないですね。そんな事だから夏ばてするんだろうなあ、とも思うし。

でもこればっかりは風邪と同じようなもんでおさまるのを待つしかないんですね。精神的にも肉体的にもろくなもんじゃないと思うけど、これも恋に敗れた者の宿命っていうかね、あっすいません吐き気がしたんで取り消します。

ですからとにかく今はなるべく色々考えないようにしてやり過ごしている最中です。ほんと一般のつまらない悩みだなあ、といつも思ってます。っていうかむしろ悩みじゃないかもしんないね、この程度の事は。

ああなんかお腹空いてきた。やっぱりなんか食べようかなあ。でも今から風呂にも入んなきゃ…。ああっ生活が破滅する。

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2007年5月24日 (木)

忘れられない人がいる

私は前に書いたように非公開でつけていた日記をやめた。非公開の日記の醍醐味は文脈や人の評価を気にせず思いっきり書き殴れる事です。私がその日記で書き殴っていた事といえば全部例の彼の話だったわけですが、その彼の事をもう書く事はないと思ったからこの前やめたわけです。

だけど、最近また彼と接触はしていないけれど、彼の事をぐちぐち書きたい衝動に駆られてきてしまった。でもあそこまで宣言しといて今更あっさり非公開の日記を復活させるのも芸がない。という訳で何回かに一回は文脈を気にせずぐちぐち書く回というのを設けたいと思います。ブログだって一応日記と訳される事もあるぐらいですから、本当はそれでいいんですよね。

さて、彼の話。私と彼との話は一応色恋の話のカテゴリーにまとまってるので、ここにリンクを張っておきます。

んー、きつい。会ったわけでもメールをしたわけでもないのに、彼の存在がとても近くに感じられる。なんか乙女チックで嫌なんですが、今日彼の夢を見ました。夢ってのも色々あって、大半の夢は途中で夢だって気付いてそれほどがっかりする事もないんですが、たまにタチ悪い夢というのがあって、その場合最後の最後まで夢だとは気付かない。ずっと現実だと思って、信じて、幸せな気持ちになって、で、最後に突き落されるように現実に戻される。今日の夢もそんな感じでした。

そんな夢なら見なきゃよかったと思うのか、夢を見てる間だけでも幸せでよかったと思うのかは中島みゆきの「幸せ」にも歌われてますね。私は…中間でしょうか。幸せだったような気もするけど、現実に戻された時の寂しさもまた辛く。

で、夢の内容ですが、全部詳述すると私のキャラが崩壊しそうなので掻い摘んで言うと、まず彼から人伝いに告白される。で、私が訝しく思っていると彼から電話が掛かってきて付き合ってくれという。私が「でも私の事はそういう対象じゃないって言ってたでしょ?」というと「言ったけどこのままで関係が終わってしまうのは寂しいから」と彼が言う。で、私が「えー、じゃあいいよ」と承諾するという夢。あら、掻い摘んで言ってもキャラ全壊じゃないですか。まあ私も所詮は女だという事ですね。

まあだから、彼のことが近くに感じられるというのは単純に夢のせいもあるかもしれません。今日はまた映画見に出かけてたんですが(無論一人で)、その時彼に似た後姿の人がいたので、後ろから眺めてへらへらしたりもしてたから(キャラ崩れパート2)そのせいもちょっとあるかな?ま、どちらにせよかなり末期です。終わってますねー。

こうやって普通の女の子みたいなテンションでいると吐き気がするんですよ。私には私のキャラなり佇まい(たたずまい)ってのがあってさ、それに沿って暮らさなきゃなんないの。それなのに最近の私ときたらまた彼の事を引きずってこうやってうだうだしてる。バカみたい。彼の事で勝手に一喜一憂するのは自尊心ってのをズタズタにするんですよ。なんか惨めでさ。向こうはなんとも思ってないのに一人で怯えてみたり喜んでみたり憤ってみたり。思えば今までずっと一人相撲だったと思う。

こういうのってほんとに惚れたほうが負けだよね。私は典型的な例だった。今まで何度も区切りをつけた気になったけど、結局ちょっとしたきっかけですぐぶり返してしまう。忘れるって大変。いつまで彼のことを思い続ければ忘れられるのだろうか。かれこれ7年余りが経つ。

なんかほら、前に彼からの返信がどうとかいう話も書きましたが(上記のリンクから適当にどうぞ)、結局あの後彼からの返信はなしです。完全に無視&放置されてますね。かと思えば電話番号が変わったとかいう一斉送信感丸出しのメールは来たりして、もうなんだかよく分かりません。

たぶん彼の思わせぶりなメールで私が勘違いをして、という一連のごたごたでやっぱり私に対する評価は下がってしまったのかな、と思います。だから私のメールへの返信もめんどくさいんでしょ、きっと。もういいよ。

でも彼を責める気にはならない。そんなので彼のせいにして失敗したという事もあるし、それが私という人間の限界という事でもあると思うからね。魅力がないって事なんでしょう。

なんかやっぱダメだなあ、非公開の日記ほどには書けない。なんか過去の記事もちゃんとまとまってないから、たぶんすっごい分かりにくいだろうなと思います。よほど知ろうとしてくれないとなかなか理解しづらいものが。カテゴリーごと全部読んでくれる人なんていないだろうし。

まあいいや。今日は終わり。引きずってます。思いっきり。もっと成長して今より色んな事ができるようになったらもしかしたら…なんてちっぽけな希望を抱きながら。

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2007年3月12日 (月)

うじうじぐだぐだ

なんだか少し疲れました。誰といても自分の事を好きでいてくれていると信じられずにいる。信じられないっていうか実際その通りなのかもしれない。

誰も私なんか好きじゃない。こんな卑屈で暗い自信のかけらもないような人間誰だって鬱陶しいと思うに決まってる。一回この無限ループにつかまると簡単には脱却不可。私なんか私なんかと言い続け、誰を思い出しても「ふふっ、私の事鬱陶しいと思ってるんでしょ、はっきり言えば?中途半端な優しさなんていらない、嫌いなら嫌いって言えばいいでしょ!」ということになり、連絡を取るなんてもってのほか。

一人大好きなんじゃなかったの。何でこんなに怖くて寂しいの。別に落ち込む理由なんてないのに。誰に何を言われたわけでもないのに。

前にここで書いた彼にひどい事いっぱい言ったんです。前書いた時は彼がひどい奴みたいな書き方したけど、ほんとは全部私が悪くて、謝って仲直りしたんです。彼は来るもの拒まず去るもの追わずと公言しているお方ですから、私の事を拒否したりはしない。しないの。でもきっと私の事嫌いになったに決まってる。そもそも最初から私みたいな人間好きになってくれる人なんているはずないんだから。

私に一体なんの価値があるだろう。一体なんの。はー、こういうのは以前なら非公開の日記に書き殴って済ませていた事。今日は何となくこっちに書いてみたけど、間違っちゃったかも。ここにネット上のゴミがまた一つ。あぁ苦しい。あぁだるい。結局私みたいな人間は誰からも愛されず朽ち果ててゆくんだわ。うふふふふ。あぁ楽しい。

まあ結局はその彼の事が心にわだかまっているのでしょう。ひどい事を言ってしまった私。謝って済むのだろうか、ああ済むはずがないわ、表面上は怒っていない風を装っているけれど、ほんとは私の事なんてもう、それはもう大っ嫌いになってしまわれたのね、ああもう死んでしまいたい、という思考回路かな。いや、ちょっと違うか。

私は今回、彼にこうして欲しい、こうあって欲しい、という事は自分のエゴであり、それがその通りにいかないからといって腹を立てたりするのはただの八つ当たりなのだと気が付きました。彼が私の話したことを覚えていなかろうと、微妙に質問で終わったメールの返信をしなかろうと、連絡するといっておきながら連絡をしなかろうと、それは彼の自由です。

そりゃあ、私はそれによって少し寂しい思いをするのかもしれない。でも彼には連絡する義務も私の言った事を覚えている義務もない。私が現実以上のものを求めてしまっているのが悪い。そんな事に気が付いたから、もう前のようにつまらない事で一喜一憂したりはしないって思ってました。前のように彼を好きになる事もないと。

でも実際は連絡を取り始めると同時に「好きだった」は「好き」に戻り、彼の返信が遅いのを「他人のブログにコメント残す暇があって私に返信する暇はねーのかよ」と思ってしまう自分がいる。私の優先順位なんて一番下だって当然なのに、つまらないヤキモチを焼く私。そういう歪んだ考えがダメだと思ったから謝って関係修復を図ったはずだったのですが。結局めぐりめぐってなんも変わってねえじゃねーか。まあそれを言うか言わないかというのは天と地ほどの差があるところだとは思いますが。

もう二度とこんな感情を彼にぶつけてはならないと思ってます。彼に限らず誰にも。全部自分が悪いのだという事をもっと徹底しなければ。人のせいにしだしたら人間終わりです。もう彼に迷惑は掛けられない。悪者は私。彼じゃない。

というわけで、今日も新着メッセージなしの表示に傷つきながら暮らしてます。もう私の方から距離を詰めようとするのはきっと迷惑だろうから、何もしません。できませんの方が正しいか。やっぱ忘れるには距離を置くってのが一番の方法なんですかね。彼が視界に入ってる間は簡単には吹っ切れそうにありません。まあ今まで7年もうだうだやってたんだから当然か。

はあ、溜息が絶えません。自分でもくだらないって分かるんですけどね、こんな風に書いてる間もメールチェックしてしまう。

っていうか、今見たらまた前回の記事から1週間も空いちゃってるのね。ついこないだ更新したつもりだったのに。マメに更新てのはハードル高いっす。最近は生活を回すだけでも精一杯だし。起きて飯食って寝るだけで毎日が夏休み状態のはずなのに時間がない。やりたい事、やらなきゃならない事に手をつけられずフラストレーションは溜まる一方。日々何かに追われてる感じ。時間をゆったり過ごすっていうのが最近ないかも。

ああ長くなっちゃった。すいませんね、長文ウザイでしょ。やめようって思うけど長くなっちゃうのよ思ってること書いてると。どうせ最後まで読んでくれる人なんかいやしないのに。ああ泣きそう。いや嘘だけど。ごめんなさい、やっぱうまく締めらんない。ダメダメな私。なるべく早く次の更新を図りたいと思います。

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2006年11月13日 (月)

陰気な恋バナ2

この日記は微妙に前回からの続きもんです。順を追って読みてえよ、という人はこちらをどうぞ。


まあ一回話が途切れるとどういった書き出しで始めていいのか非常に困るわけですが、ここで一旦総括して言っておくと、彼は私のような弱い人間が関わりを持つには強すぎたんじゃないかと思うのです。

彼とのやり取りは常に恐怖との戦いだった。嫌われるんじゃないか、拒絶されるんじゃないか、という恐怖との。会話をすれば何であんなこと言ったんだろうとか、何であそこでこう言わなかったんだ、とかで自己嫌悪になることは分かりきっていたし、メールは常に恥の上塗りだった。

自分から口を開く事はクソほどハードルが高く、メールは嫌われるんじゃないかという不安感から送信ボタンを押すのに1時間かかった事もある。

でも彼はそんな私とは対照的です。話しかけることにはなんらの精神力も要せず、メールの返信も適当。私はやっぱりそれをねじけた考えで不公平だとか思ってしまったことがある。彼は私の感じている恐怖とは程遠い所で何も考えずに喋ってるかと思うと腹立たしい事この上なく。

やっぱりその人種の違いは埋めることはできないもので、もっと早くに気づいて区切りをつけておくべきものだったと思う。私は彼の不定期な優しさでその都度彼との人種の違いをなかったことにしてきたような所があって、でもそれじゃあやっぱりダメで、人間性を見極める冷静さが私には足らなかった。

その当時つけていた非公開の日記はもう彼一色です。落ち込むたびに愚痴を4、5時間かけて書き込み、もっとやりようがあるはずと自己分析を繰り返し、何故こうなのか、どうすればいいのかを足らない頭で必死で考えても、会えばまた同じ過ちを繰り返す。すべてが不毛だった。

なんかねー、一人でしょうもないことに傷つくことがとにかく多かった。例えば私は彼のことを人として好きなのか、それとも恋愛感情の上だけで好きなのか、ということを真剣に考えた時期があって、その時彼と話す機会が欲しくて、誘ってみた時の話。

まず最初に誘ってから日時が決まるまで1ヶ月以上かかった。別に何も断り続ける彼に1ヶ月迫ったわけではない。彼は断らないし、いつが空いてるとか、日程も考えてるとか言うのに、具体的な日時につながらない。

メンタルが弱い私にとってその1ヶ月は地獄だった。でも彼と話がしたかったから、やっぱり私なんかと話したくないんだ、とか諦めに入る自分を必死につなぎとめて、具体的な日時を決めて、やっとこさ当日。

と思ったらドタキャン。まあそれはいいんです。理由ももっともらしいものだったし、また日時とか連絡するって言ってくれたし。それにマイナス思考ってのも恐ろしいもので、ドタキャンされるんじゃないか、という事もしっかり予想していた。傷を最小限にとどめる技術は世界最高峰です。

でもその後彼から連絡はなかった。もうあの時の鬱ったらなかったですよ。1ヶ月間恐怖に耐え、何とか当日に持ち込んだと思ったらドタキャン、そして放置。やっぱり私の事なんか誰も好きじゃないんじゃん、世の中うまくいかないようにできてんなあ、と。

でも私は彼には何も言えなかった。やっぱりどこかで私みたいな人間はこれぐらいされても当然だろうと思ったし、何よりそれを聞いてまた傷つくのもやだったし。何事もなかったかのようにふつーに会話しました。しょうがないからさ。

まあそんな風に地味に傷つき自信は目減りしていき、今から思えばちっとも幸せじゃなかった。その不安感たるやもうって感じです。やっぱ人種の違いですかね。私の性格のほうに問題があるとはいえ、私を傷つけることを平気でする人だったのは事実です。

今回振られた時も色々とあった。あまり細かく書くと見る人が見たら私が書いてるってバレるのでざっと書きますが、彼が私に軽い告白とも取れる思わせぶりなメールを送り、そして私が普段はマイナス志向のくせに、こんな時は調子に乗ってメールで呼び出して告白したら、勘違いだっただけでなく彼はメールの事なんて覚えてなかったと、こういうことです。

まあそりゃないだろうと思いますよね。私のような人種にとっては一番やな事です。引っ張り出されて改めて振られる意味が分からないし。正直現段階で私は彼を許せませんし、今メールが来ても無視するし、電話かかってきても出ないし。

でもその呼び出して会った時、私が一番力をいれて言った事、それは「私みたいな人間を嫌いにならないのはおかしい」というものでした。何でだよって話ですよね。怒んなきゃいけないところなのに。

結局今まで思っていたことが爆発したんだと思います。私はお前なんか嫌いだ、とはっきり言われる事よりも相手が自分の事をどう思ってるか分からない事の方がよっぽど怖いと思う人間なんで、彼のどっちつかずな中途半端な態度は拷問に近かった。

だからもうこの際「ああお前なんて嫌いだよ、ずっと鬱陶しいと思ってたんだ」という言葉を引き出したくてもう散々言いました。

「私の事嫌いになったでしょ」とか「自分はそういうつもりで言ったんじゃないのに、勝手に違う意味にとられてやっぱり鬱陶しいと思うでしょ?」とか仕舞いには「私の事を嫌いにならないことが不思議でしょうがない」とか。

我ながらめんどくさい女です。でも彼は引かなかった。そこだけ見れば幸せな事ですが、その後のメールでのぐちゃぐちゃの相違を考えると、ここで関係が切れてたほうがずっと楽だった。謝罪が足りてる足りてないでもめ、不誠実かそうでないかでもめ、何一つ分かり合えませんでした。今はもう疎遠です。

なんか人種の違いというものをここまではっきり自覚してしまった今、彼のことをまだ好きかと聞かれてもよく分からない。今後友達に戻ったとしてもそんな仲良くはなれないんじゃないかという気すらしてくる。まあ縁がなかったって事かなあ、なんて7年間の付き合いがありながらこんなセリフも吐いてみる。

何かまたクソみたいに長くなってきましたね。単なる愚痴って奴でしょうか、これは。まあ私がどんだけへたれかって事がよく分かる文にはなってると思います。要は何も成しえなかった人間の話ですからね。

ここまで読んでくれる人がどれだけいるか。私だって人のブログを見る時は長文は鬱陶しいと思うし、はっきり言って全部は読まないことの方が多い。でもまあ書いてしまったものはしょうがない。こんな文を最後まで読んでくれた人がいたら感謝します。それでは。

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2006年11月12日 (日)

陰気な恋バナ

今日はたまには17歳の女の子らしく、鬱だのなんだの言ってないで色恋の話にでも興じてみようかと。というのも最近ちょっとスランプで何書いていいのか分からなくなってきたんで、今の私にさらさらっと書けることって言ったらこんな話かなあ、と思って。

まあ現在進行形の話ではないんですが、そんな昔の話かって言ったらそれほどでもない、っていうかはっきり言ってしまえば私は9月に振られたばっかりだとそういうことです。別に振られた恨みつらみを書き殴ろうとかそういうわけではなく、ほらなんていうか、そういう事を書いてみたくなる夜だってあるんだい。

私はその人の事が7年間好きだった。7年前って言ったら私は10才、そりゃあ最初の内は楽しかった。でもすべてが終わった今7年間を振り返ると、明らかにマイナスが勝っている。その原因は私の性格にある。

私と彼は同じ場所に通っていたわけですが、まず話しかけるという選択肢はなかった。別に一目惚れでもして遠目から眺めるような恋をしていたわけではない。むしろそれなりには仲はよかった。では何故か。

これは恋愛に限らず私の致命的な欠陥なのですが、人に話しかけるということがどうしても出来ないのです。世の中の大多数の人間にとっては日常動作であるはずの人に普通に挨拶をする、人に普通に話しかけるということが、私にとってはとてつもなく高いハードルだった。

話しかけて無視されたらどうしようとか、失敗したらどうしようとか、迷惑なんじゃないかとか、鬱陶しいと思われるんじゃないかとか。そんな不安が先行し、会話はいつも向こうから。私から話しかけたことはここ何年かでは数回しか覚えがなく、しかもその数回はものすごく勇気がいった記憶があり、その時の自分の挙動不審ぶりは鮮明に覚えている。

そんな体たらくですから必然的に受身にならざるを得ず、その結果待っていたのは彼の言動に振り回される日々。自分からは会話に持ち込むことすら出来ないわけですから当然っちゃあ当然です。


…ダメだ。眠い。この手の話は時間をとられると分かっていながらこんな夜中から書き始めた私が悪いのです。お、お許しをー。続きは後日必ず。寝ます。

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2006年10月23日 (月)

たかが愛

どうもー。ちょっと久しぶりでしょうか。いやでもこの程度で久しぶりとか言ってたらすぐ更新がおっつかなくなるので、久しぶりではないです。

そんな前置きもありつつ、今私が声を大にして言いたいことは、中島みゆきっていいなあ、という事です。すいませんね、藪から棒に。いやでもほんとに、なんといっても詞が深いし私の弱りきった心にクリーンヒットって感じです。

今もリピートで『たかが愛』をかけてるんですが、正直ちょっと泣きました。特にいいのが

あぁ この果てない空の下で 独りでも寂しくない人がいるだろうか

何故にたかが愛に迷いそしてたかが愛に立ちどまらされても

捨ててしまえないものがまだあるの

僕はたかが愛に迷いそしてたかが愛に立ちどまらされても

捨ててしまえない たかが愛

という部分です。

いやもうなんと言ったらいいのか。愛に迷い立ち止まらされても、たかが愛と思いつつも、それを捨てきれない人間らしさの中での葛藤がこれでもかってぐらい伝わってきて、泣けます。

どんなに傷つき絶望しても、捨てることができないたかが愛。どんなに孤独になりきってあらゆる希望を捨てた気でいても、心の奥底では捨てきれない、たかが愛。大切だって分かりきってるからこそ、無かったらどんだけ寂しいか分かってるからこその「たかが」なんです。「たかが」という言葉に込められた渇望感が心に突き刺さる。切ない。

今日はもう感傷にひたりきって暮らします。音楽っていいですね。

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