2008年8月 6日 (水)

ふざけきったジレンマ

何で人は沈黙が流れると天気の話を始めるのだろう。黙ってりゃいいのに。その態度がものすごく軽薄な気がして気に入らない。そうまでして人と話していなければ落ち着きませんか。私はそんな奴とは絶対に友達にならない。あと加藤智大に共感できないような奴とも(略)

久しぶりにちゃんと前置きを書いてみた。最近は考えるのもやめていたのだけど。

それはそうと、私は最近悩んでいる。書くことについて…なんてもったいぶって書くとサムいのでさっさと言ってしまいますが、私はとっても気が小さい。自分の言いたいことを言って、後は知らなーいなんてことができるような人間ではない。それが悩みの入り口。

表現とは誰かを傷つける事、と爆笑問題の太田が言ってましたが、本当にその通りで、何かを書くって事は誰かを傷つける事だと思う。誰も傷つけない表現なんてない。あったとしてもそれは実質的に何も言っていないに等しいような表現に過ぎないでしょう。だから自分の思ってることを言おう思ったら傷つく人がいるのは覚悟しなきゃならない。

なのにあろうことか私は悪者になりきれていない。自分の書くことによって傷つく誰かの事が気になったりする。馬鹿じゃないかと思う。今までだって誰かが傷つくのは分かっていたんだけど、コメント欄を設置した事によってその傷つく誰かの存在がより生々しく感じられ、恥ずかしながら、少し、筆が鈍る、ことがある。

私の心は二律背反どころではない。三律背反、四律背反である。優しいとかいい人だとかは死んでも言われたくない、でも誰かが傷つくのは気になる。言いたいことが言いたい、でも感情的な人間とは思われたくない。憤ってる、でも同時にどうでもいいと思ってる。そりゃあもうここでは書き表せないぐらい複雑に相反するものたちがね…。

傷つく人がいるから書かない方がいいというのは違うと思う。そんなものいようがいまいが書かなきゃならないことはあるし、そんなことに気を取られてたら言いたいことが言えない、伝わらない。医者が患者一人ひとりの死に感情移入してたら務まらないように、物書きもそうだと思う。自分の吐いた言葉によって傷ついた人間一人ひとりに気を取られてたら務まらない。まあまったく無感覚になってもダメなんだけど、私の場合そのバランスがあんまりうまくない。

これを読んでる人ってのは私がきつい言葉を何の遠慮も躊躇もなく書いてると思ってる?まあそれならそれでキャラが通ってるって事でいいんだろうけど、残念ながら私はそんなカッコいい人間じゃないのね。本当に残念だけど。

気持ち悪い。私はそんなきつい人間じゃないんだ、分かってくれなんて言ってると思ったら大間違い、そんな言葉書いただけで反吐が出る。ただここは私の場所で、私が思ってることを遠慮せずに思う存分書いていい場所で、それなのにつまらない配慮なんてものに取り付かれそうになってる私を少し叱咤激励しようと思ってこれを書いてる。偽悪はダサい。でも単純ないい人もダサい。何を書いてもこの題材じゃダサくなってしまう。私という人間のどうしようもなさを象徴しているようだ。

「知ったことか」と言いたいけれど。そう言うべきなんだろうな。本物の「悪」になるしか抜け道はない。

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2008年7月18日 (金)

虚構を楽しむ

死刑について考える時、私はいつも何かしっくりこないというか、アンビバレントに陥る。それは私が普段は命が大切だなんて思ってないのに死刑の話になると人の命は大切だとか言い出すからです。

私は仮にもニヒリストという名前を名乗っていて一切の価値は虚構に過ぎないという立場を取っているわけです。そりゃあそこまで虚無主義を極めたわけではないですが、基本的には人が生きて息を吸ってる、それが群れをなしてるという事実がある以外は全て無効だと思ってます。そんな私があまり命が大切だとか連呼するのもどうかなと。

そんな事が言いたいために死刑に反対してるんでもないんだし。むしろ人の命の大切さなんてどうでもいい。私は人間の命がどれだけ無価値でもゴミ同然でも扱いに最低限の配慮ってのは必要だと思うの。私が死刑に反対するのは気持ちが悪いからです。国家権力とタチの悪い世論とが共謀して人を処刑するあの醜悪さが見るに耐えない。

私は善悪の観点からこんな事を言っているのではない。死刑廃止を訴える私と死刑存置を訴える他者と。別に何も変わらない。私の言ってることが正しくて向こうの言ってることが間違ってるなんて私は思ったことない。ただ私とは好みが合わないってだけ。全てはくだらない嗜好に過ぎないのです。死刑は私の口に合わないの。

何の正当性も必然性もないのに、ただ口に合わない気に入らないというだけでどれだけ騒げるかの勝負。究極のエゴイストになれるかの勝負。こうすべきだという道徳的、理論的裏付けはなく、嫌だからやめろという我だけでやっている。私はニヒリストであると同時にエゴイストであらなければならない。何の価値もないところからエゴを取ったら何もすることがなくなってしまう。

でもそれと同時に自分のしたい社会にするためには他人の支持を取り付けなければならない。ただ私が嫌だって言ってもじゃあやめるねって言うこと聞いてくれるわけもない。他人を巻き込むにはもっともらしく理屈を述べなければならないし、それが何らかの価値に規定されているかのように語らなければならない。単なるむき出しのエゴイズムじゃなんともならん。

私は人を説得するとか自分の考えに染めるなんて事は考えたことがなかった。人それぞれ色々な考えがあるし、なにより自分にそんな力があるなどとは思いもしない。でもそれじゃあいつまで経っても生きやすくならない。苦しいまま。嘘と分かっていても虚構と分かっていても何らかの価値を語り人を巻き込んでいく事がきっと大事で。宗教者ってのはそうやって人を騙してきたんだと思うし。石原も中曾根もそうやってエゴイズムを加工してるんだし。

だったら私も思ってもないことをなんて悩んでる場合じゃないよね?私は人間の命が大切だなんて思わない。でも目的達成のためならなんとでも言いましょう。死刑推進派よりも派手に華麗に壮大に、嘘を並べる。私は今悪魔に魂を売った。何度でも言える。人間の命は大切だ。それは何物にも変えがたい。

罪悪感なんてない。エゴイストはそんなことでくよくよしない。自分のしたいようにすることこれが唯一の目的。そのためにどのような価値を拾ってきてくっつけるかあるいは自ら捻り出すかが重要なの。そう言い切ってしまうと迷いがふっ切れて楽しくなってくる。人道主義者のようなことを言っても人権派のようなことを言っても心の中で「まあそんなこと本気で信じちゃいないけど」と笑っていればアンビバレントに悩む必要もない。私は自分にとって心地いいものを身にまといエゴイズムとニヒリズムを隠匿していればいい。

私にとって論理は借り物、あらゆる価値はその場限りのお付き合い。自分のしたいようにするための方便、虚構に過ぎない。

こうして人生の目的ができた。「あなたの夢はなんですか?」「究極のエゴイストとしてこの世の中を牛耳ることです」。素晴らしい。実に素晴らしい。もっともっと嘘のバリエーションを増やさなきゃ。私はそれに一生をかける。

最後に言っておくと私がこんな事をおおっぴらに書くのはおそらく最初で最後であろうと思われます。こんなことをいつもいつもぶっちゃけていては私の言っている事の信憑性が失われてしまう。私は真面目に人権を主張しなければならないのでもうこんな事は書きません。

今ふっと全てを台無しにする考えが頭をよぎったのですが、もしかして全ては

単なるいい人に陥らないための屁理屈なんじゃ

違う違う!そんなわけないでしょ!

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2008年4月29日 (火)

社会に適応したくない

最近少しずつですが自分の殻を破れてる感じがする。行動的になってきてるというか。いやね、本音を言えばずっと家に引きこもってたいし、店員に声かけるの一つとってももじもじしてたいし、人と会話をするたびに鬱になってたいんです。でも私にはやらなきゃいけないことがたくさんあって、そのためには人と口も利かなきゃなんないし、人の集まりの中に分け入っていかなきゃなんないし、自分の主義主張を行動で表さなきゃなんない。この性格は嫌いじゃないし直そうとか変えようとかは思わないけど、目標のために克服しなきゃならないこと、これはある。

まあ元来行動力のない私のことですから色々出来るようになってきたといっても高が知れてるんですが、最近だと死刑が執行されれば法務省にメールを出したりだとか、色々な集会に参加したりだとか、公開講座に参加したりだとか、そんなことをやってます。ただ活動家になるためには(活動家になりたかったのかよ)こんなもんじゃダメで、もっと積極的にデモに参加したり抗議文を出しまくったりしなきゃ。どこかに所属するってことも考えなきゃダメだし。結局あれです。こんな社会じゃダメだという強烈な問題意識と人と関わるのは嫌だという強烈な内向き思考とのせめぎあい。ただ最近は前者の問題意識が若干勝ってるかなという状態で、この社会を変えるための一歩を踏み出さんとしている所です。

でもその流れでいろいろな事ができるようになっていく自分というのが寂しくもあって、例えば昔だったら飲食店に入るんでも「どうしよう混んでるかな、座る場所がなかったらどうしよう、っていうか店に入っても店員に気付かれなかったらどうしよう」とかなんとか逡巡した結果、結局入んないで帰ってきちゃったりしてたのが、最近ではそれほど考え込む事もなくパっと店に入ってチャチャっと注文して普通に食べて帰ってきちゃったりするわけで、そういう時に「ああ私変わったなあ」としみじみ思うわけです。

そうやって色んなことが出来るようになって、どんどん社会に適応していって、私普通になっちゃうんじゃないか、と思うと無性に悲しくなったり…。だって私といえば5年間同じ場所に通って結構な割合でコンビニで買い食いしていたにもかかわらず、一度も肉まんを買ったことがない人間ですよ。なぜなら「肉まんく下さい」を言うのが嫌だったから。肉まん食べたいけど言うのやだなあとかいうレベルでなく、店員に言わなきゃ買えないようなものはそもそも選択肢としてなかった。そんな私がいまや普通に飲食店に入っちゃうんですもの。人間って望むと望まないとに関わらず成長するもんですね。

他にも挨拶ができるようになってきちゃったり、外出のハードルも下がった気がするし、全般杞憂も減ってきてるし…。だんだん自分がつまらない人間になっていくようで、日々の生活で自分の成長や変化を感じるたびなんとなく後ろめたい。私がまともになっちゃったら後には何も残らないのです。日本国民じゃなくなっても何も困らないけど、この性格じゃなくなったら相当困る。私のアイデンティティは病気だということで、色んな事がそつなくこなせるようになればなるほど自分が自分じゃなくなっていくような気がして落ち込む。普通は喜ばしい事なんだろうけど。変りたくない、という思いが強いです。

ただ積極的に活動していく、という目標からすれば喜ばしい変化であることも事実。なるべくこの性格を踏み倒さずに活動にシフトしていければいいのですが。

さて、お知らせですが明日から2週間ほどパソコンがネットに繋がらなくなるので更新が滞ることが予想されます。携帯から更新するとか方法がなくもないんですが、まあ2週間ぐらい空いちゃうかも、という心構えでよろしくお願いします。

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2007年10月24日 (水)

頭のおかしい人のブログなんだって

最近のペケポンの迷走ぶりは凄まじいですね。あ、因みにペケポンは深夜番組です。くりーむしちゅーとタカアンドトシの番組なんですが、ここ最近は見るたび新企画と言ってもいいぐらい。私は最初の頃のオープニングトークとか微妙なDVDのコーナーとかメンバーが企画出し合うコーナーとか、エンディングのタカの歌とかが好きだったんですが、やはりそれでは数字が取れなかったんでしょうね。いつのまにかレギュラーメンバー以外の芸能人が一人二人と増え、仕舞いには素人の家族を呼んできてチャレンジがどうとか…。もう目も当てられません。まったく、くりーむしちゅーは笑金の二の舞じゃないか。深夜番組ですら数字数字なんですね。もっと落ち着いて番組が見たいよ。

でもそんな事より大事件です。今発見したんですけど、これです。http://c-others1.2ch.net/test/-/net/1185359747/nまた晒されました。きゃ~もうどんだけ~。

さてテンションを元に戻しますが、これはあれです。一番上に頭のおかしい人のブログって書いてあります。奇人変人という事でご推挙いただいたと。あ、こんな事を書くと自分のブログの評判を気にするあまり常に自分のブログで検索をかけて情報キャッチに余念がない人間であるかのような誤解を与えそうなので断っておくと、ココログはアクセス数の他にこのブログにどこからやってきたかというのが分かるようになっていて、そこに上記のアドレスのリンクがあったのです。念のため。

それでは早速引用してみましょう。

自称ニヒリストだが内容が中二。何か回りくどく屁理屈を捏ねているが
ただ単に自分がニートである言い訳を延々と綴っているだけ
自分が受け入れられないのを社会の所為にするゆとり思考全開の典型的な例


ひどい…そんな風に思われてたなんてショックです…。

というのは冗談で、とりあえずひとつひとつ注釈を加えていきたいと思いますが、まず私の文章が中二レベルであるという事に関してはさほど異論はありません。知識も物の見方もまだまだ未熟、だからこそ勉学に励んでいるわけで。屁理屈だというのもまあそうかもしれません。

ただそれ以降の発言に関してはまったく同意できない。まず言い訳って…誰に?私がニートである事を一体誰に言い訳するんです?社会に?世間に?自分のしている事に引け目を感じているからこそ、そうではないんだ、これには理由が、とかなんとかみっともないセリフを吐くのであり(イコール言い訳)、私はそんなスタンスで文章を書いた事など一度もない。

大体私は「ニート」というポジションに対する所属意識自体があまりないのです。世の中で否定的な意味で使われている言葉だというのと、今の現状はまあニートが一番近いかな、と思ったから何となく使っただけで、私がニートであるからどうとかニートじゃないからどうとか、そんな事に対するこだわりが全くない所へさして言い訳だ何だと言われても、そんなものはそっちの勝手な先入観だと。

要するに、しっかり働いて税金を納めている=善で、働かず親のスネをかじっている=悪という道徳に凝り固まってしまっているから、少しでもニートを是認するような空気を感じ取ると脊髄反射的に「自己正当化だ、言い訳だ」となってしまうのです。だからおよそ私のブログに対する批評には似つかわしくない、マジョリティの手垢に塗れた言葉を投げかけてくるわけでしょう。

数と秩序を絶対的な正義だと信じて疑わない事の馬鹿さ加減にはもうウンザリ。私はお前に欠陥があるのを社会の所為にするな、と説教されているわけですが、私からしてみれば、社会の欠陥をマイノリティに押し付けて平然としているお前らの方が許せねえ、という事になります。ザ・水掛け論。

ほかにネタがなかったもんで、がっつり使わせてもらいました。こんな事に縋らなきゃネタがないブログってのも我ながらどうかと思う。ちょっと浅ましいかも…。

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2007年8月26日 (日)

一人で日常を生きる

今日は私の恋愛観とその他もろもろ、みたいな。世間で普通の女の子やってる人には卒倒しそうな内容でしょうが、まあお読みくださいね。

まず、告白して振られて今の関係が壊れてしまうのが怖い、とかよく聞くでしょ?私にとってはそんな考えはありえません。そんなぐちぐちぐちぐち煮え切らない関係は今すぐブチブチブチっと引き千切ってゴミ箱へポーンです(そうしろって意味じゃないですよ、私がそうだってだけの話です)。恋愛なんて好きか嫌いかのどっちかです。迷うぐらいなら断りゃいいの。駆け引き?ゲーム?そんな事してる時間があったら本の一つでも読みたいね。

そもそも自分の事を好きじゃないやつに時間をさく意義って私にはない。努力して自分を作って好きになってもらって何の意味があるのでしょう。一人でいる事ができるのに他人に自分の性格を妥協し切り売りする理由は私にはどこにもない。振り向かせるとかさ、私に自信が無いのも関係してるのかもしれないけど、そういう努力はする気がしない。自分を変えるとか治すとか、引け目を感じながら努力しなきゃならないような人とは私は付き合わない。

あと世間のここが分からないという事で、サプライズとか非日常とか何がそんなにいいんだろう、と。例えば恋愛で言うなら彼氏が自分の誕生日にサプライズとか、夜景の綺麗な所とかディズニーランドーとかそんないいかなあ。っていうかむしろいちいちそういうのに「わー!すごーい!」とか「これ…私のために?」とかいうリアクションを取らなければならないのだとしたら、またそれを求めてやっているのだとすればそんなものは迷惑千万、ひっじょうにめんどくさい。

何にも起きない日常こそが一番の幸せなのに、なぜ人は非日常を追い求め自らを酷使するのだろう。でもそれが楽しくてやってるんだから世間の人達にとっては酷使じゃないんだよね。私がどうこう言える事でもないか。でも私は何にも起きない日常を、ゆるーくじみーに生きてゆきたいのです。ディズニーランドとかたっかいレストランとかなんちゃらスポットとかいう窒息しそうな非日常とは関わらずに。ま、ここで宣言せずともそんな雑事に付き合わなきゃならんような男とは端から関係持ちませんけどぉ、あはははは。

すいませーん、結局自己満足的な内容に。ま、いいんだブログなんて誰でもそうさ。もっとひどいのいくらでも読んだ事あるもん。最後に、今日ここで書いた事はすべて私はこう思う、というだけの話です。一応。それでは今日は寝ますんでまた今度。

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2007年6月28日 (木)

ウマいこと

今非公開の日記を書いていて、ウマいことを思いついたので書き留めておきたいと思う。   
       

     
私の人生は恥のアップデートである。更新頻度はマカフィーの比じゃねえ。

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2007年2月14日 (水)

後半わりとがっつり書いたつもり

はー、気がつけば結構な期間ここをほったらかしてしまいました。なんかものを書く気がしなくて、このまま書かなくなって自然消滅するんじゃないかってぐらいの勢いでした。

でもちゃんと思いとどまりましたよー。ここはちゃんと長続きさせるつもりです。一応固定読者っぽい人も何人かいてくれてるみたいだし、更新頻度は下がっても書き続けます。見捨てないでいてくださいませ。

でね、最近ヤマナデにはまりました。正しくは「ヤマトナデシコ七変化」というテレ東でやってるアニメなんですが、なんというかどこをとってもどストライクなんですよね。やっぱ主人公が暗いってのがいい。半引きこもりで化粧だのファッションだのといったものと一切無縁な私としてはもう主人公スナコに惹かれっぱなし。

私も暗幕はって生活したい。いいよね、暗い女の子って。あーやばいDVD買っちゃうかも。単行本も買っちゃうかもー。

あとね、もう一個はまってるのがバックギャモン。携帯で何気なくダウンロードしてやり始めたら段々面白くなってきてしまい、パソコンでフリーソフト見っけてきて毎日やってます。でももとからこういう系の才能ないんですよね、私。

オセロはクソ弱いし将棋はルールすら覚えることができず…。でも負けまくりながらもついついやってしまう。気がつけば何時間も経ってたりしてね。もとからない生産性がさらに下がりましたよ。私の辞書には建設的なんて言葉は存在しませんね。日々破壊。日々死滅。

まあはまってるものを列挙するという今時のブログにありがちな構成になってるわけですが、最後にもう一つ言うなら、あれです。前に町田康が好きだってここで書いたんですが、あの人小説とか以外にもCD出してるんですよね。パンクロックで。こっちの方はあまり売れなかったみたいだけど。

で、その内のひとつの「腹ふり」っていうアルバムの中の「わるいやつ」っていう曲。これが今の私のテンションにこれでもかってぐらい合致してるんですよ。昨日からこの曲ばっかり狂ったみたいに聴いてます。

何がいいっていうのを表現するのがちょっと難しいんですが、具体的に言うと最後の繰り返しの部分がいい。「愛に溶けてしまう でも 恋に滅んでしまう」と繰り返したあと「ここに誰を見捨てるの」と繰り返して終わる。

なんかここで書くだけだと伝わりにくいんですが、思いっきり没頭して一緒に歌ってるといい感じに虚無が溶け出してきて、嘲笑が漏れ始め、奇声を発しながら家中のものを壊して回りたくなるぐらいのものはある。

前半の部分もかっこいいんですけど、やっぱり後半の繰り返しはすごい。なんか麻薬的なんですよね。中毒性あるし、テンションおかしくなるし。

なんか世では今日はバレンタインデーらしいっすね。へっへっへー、私には関係ねえや。本命どころか義理すらも渡す相手いないんですけど。何で7年半も同じ所に通って友達のひとつもできなかったのか不思議でならねえ。

ふっへっへ、東国原知事もビックリのしがらみのなさだね。そういえば私こないだテレビでやってた人間関係力テストってのやったんだ。私信じないくせにそういうの好きなんだよね。占いとかも見たって言う事聞かないくせに見るのだけは好き。ラッキーカラーはピンクとか言われて「身につけられるかそんなもん」と一笑に付すのが趣味みたいな。

まあそんな事はどうでもいいんですが、結果は人間関係指数は87でやや不足。ちぇー、人間関係力なんてネーミングが心をえぐる感じだし、どんだけひどいもんかやってみようと思ってやったのに、やや不足じゃつまんないよね。がっかり。

まあこんなテスト当てになんないしね。私がやや不足なわけないもん。もっとあれもこれも足りてないでしょう、明らかに。

そんな感じで、最近はいつにもまして虚脱してます。あ、でも溜めてた新聞は4ヶ月から3ヶ月になりました。私明後日の16日で18になるんですよ。18になる頃には新聞なんてとっくに片付いててバイトを探し始めてるはずだったんですが、まだかかりそうです。

でねー、気づいた人もいるかもしれませんが、2月16日って北の将軍様、金正日と同じ誕生日なんですよ。よかった、ブログのネタになるような誕生日で。なので、明日明後日と北朝鮮のニュースを見たら私の誕生日に思いを馳せてください。

それでは、もう寝たいけど今から風呂入ります。また寝るのが遅くなるー。強制終了ならず。

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2007年2月 5日 (月)

絶望を希望する

寝起きです。こんな時間にね。もういやんなっちゃう。

なんか段々暗くなっていく部屋で、布団の中に臥していると、ちょっと現実離れした気分になってくる。

このままこうしていれば誰かが闇の中に引き込んでくれそうで、このままこうしていればもう一生起きなくてもいいような気がして。

でも私は普通に起きた。起きて早々電気をつけ、現実に向き合う。今の私じゃ闇の中にいったところで眩しがられ、疎まれる。でもこっちの世界で認められるほどには明るくない。

絶望には年季がいって、希望には体力がいる。今の私にはどちらも手に入りそうもない。そして私の勘だと希望に耐えうる体力をつけるよりも、絶望を積むことの方が私に向いてる気がするんだよね。私はこれから前向きに一生懸命生きるけど、でも私は幸せよりも辛い思いをいっぱいすりゃあいいなあと思う。

人間幸せなだけじゃバカになるし、これからいっぱい辛い思いをすれば絶望しても文句言われない。なんか後ろ向きにも聞こえるかもしれませんが、私は十分前向きです。別に今ある希望を否定するわけではないし。ただそれらをちゃんと検証して、絶望に磨きをかけたいと、そういうことなのです。

私にとって辛い思いをするということはコンプレックス解消の手段でもあるのかもしれません。もっといっぱい辛い思いをして悲哀を知れば、私だって少しはマシな人間になれるかも。ここ1年ぐらいかな、そんな事考えるようになったの。

なんかさすがにこの時間に起きると感覚くるいますね。昨日の夜中の続きみたい。今がどっちの6時なのかちょっとあやふやだもん。

そういえば、今日布団から出るとき私が無意識に発した言葉があった。なんとなく書いておきたい。「私には光なんて必要ない」。なんなんでしょうね、こういう言葉を無意識に発する心境って。自分でもよく分かりません。

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2007年1月 4日 (木)

初詣の報告

いやっほー、最近もう人生というものが楽しくてしゃあない。無駄に残ってる希望を一つずつ見つけ出しては粉砕する作業を体験できるのも若いうちならでは。絶望を確かなものにするため、今日も頑張って生きてますよー。

とりあえず今日はこの間父親と初詣に行ってきたのでその様子を報告。

初詣。最初に誤解のないよう断っておきますが、私はそういった行事が大嫌いです。大体年に1回思い出したようにお参りしたって神様は願いなんて聞いてくれねえだろうと思うし、わざわざ混んでると分かってる場所に出向くということ自体も非常に屈辱的です。

そこまで言うならなぜ行ってきたのかと言うと、私は基本的に父親の誘いは断らないようにしているからで、それがなぜかという事はまた稿を改めさせていただくという事で。今は気にしないでください。

ということで父親に誘われるままに行ってきたわけですが、冒頭に書いたように私はとにかくそういう俗世間がやるようなものが嫌いなので、所々イラっとする場面も。

そもそもあの中に普段から信心深く暮らしてる人がどれだけ居るのか、とか分かりきった不満がまた噴出してくる。年に1度何も深く考えず集団で大挙して、しかも今回は並んだ挙句に立ち止まってのお参りもできないときた。混んでるからだって。

っていうかさー、40分近く並んだ挙句に金をほうるだけって、そんなもんもうただの神社への寄付じゃないですか。ろくに神様の事なんて考えもしてないような奴らが年に1度押し合いへし合いして、ただ金を投げて帰っていく。そんなのむしろ神への冒涜ではないのだろうか。どうせ行くなら真剣に神に祈りたいと考える私の方がクソ真面目みたいになってきてるじゃん。

そんな感じで、年に1度都合よくお願いするのも何か申し訳ないような気がしたので、去年は結局何も願わなかった。神様もこんなに大量の人間の願いを聞いてうんざりしてるだろうと思って、ねぎらいの言葉だけかけて帰ってきました。年に1度膨大な量の願い事を聞かされる神様が不憫に思えて。

でもねえ、そんな私も今年はどうしてもお願いしたい事があった。ちょっと奮発して100円投げて、お願いしてきました。あんだけ人がいたら私の願いなんて聞いてくれなかったかもしれないけど。

何を願ったかはここでは内緒です。何となく言いたくない、というか言ったら結構イタいことになるやもしれませんので、ここはあまり追求しないでください。結局俗世間っぽい事をやってしまっている私。問題ありますね。まあ父親との付き合いでもなかったら絶対やらない事なんで見逃してください。

はー、もう過去何度言ったか知れませんが、やっぱり締めってどうしたらいいのか困る。いつも書き終わってからここで時間を取られるんですよね。とりあえず今日は面倒なのでこの辺で終わりにさせていただきます。

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2006年12月 8日 (金)

物欲が皆無

はー、なんか書きたいことはいっぱいあったんですが、そんな時に限ってメンテナンス中。終わるのを心待ちにしてたのにいざメンテナンスが終わってみれば書くモチベーションが下がってたという憂き目に。しょうがないので特にテーマは決めずになんか書きます。

最近試験が終わったのでまあ一応頑張ったってことなのか何なのか、父親がなんか買ってくれるって言うんですが、私ってばほんとに物欲ってもんがないんです。急に欲しいものって言われても考え込んでしまう。

服とかにも興味ないし、ゲームももう時間とられるから新たに買う気も起きないし、なんというか今あるもので出来る事もやらなきゃいけない事も充分過ぎるぐらい。だから今は物より時間が欲しい。新聞がいくら読んでも片付かないんです。もう私に時間をくれーって感じで。読み出すと細かい所までついつい見ちゃうんですよね。いやー、困った。

でもこんな話世の同世代が聞いたらめっちゃ羨ましがるんでしょうね。なんか世の中の普通の家では物を買うにも親の許可がいるらしいし。まったく別世界です。小遣い制でもないし、欲しいものは欲しい時に適当に買うというアバウトな家なんで(父親を除いて)。

なんか親がダメって言うからとか、小遣いが足りないからとかそんなんじゃなくて、自分で本当にそれが必要かどうかを考える力をつけた方が健全な気がするんですがどうでしょう。親が先回りしてあれダメこれダメ言ってもねえ。自分で考えるって事が阻害されます。

もちろんあからさまな無駄遣いとか高額すぎる買い物などは話し合った方がいいでしょうが、あんまり親が管理しようとしすぎるのは問題です。管理によってお金を使わせないようにしてもそれは本当の意味での教育ではないし。そもそも小遣い制っていうのもほんとに解せません。同じ家ん中でそんなに金ケチってどうすんだ、と。なんか子供に金なんて持たせたらろくな事にならん、というあからさまに信用されてない感じがしゃくに障る。

まあそんな考えなんで、試験が終わったからって何か買ってもらうというのも馴染まないんですが、買ってくれるって言うから何か考えなきゃ。これも親孝行って事で。

さて、相変わらずブログの更新には結構な時間をとられます。当面はもっと短時間で書けるようになるのが目標でしょうか。毎回こんなに時間をとられると今後忙しくなってきたら更新できなくなるかも。まあそんな事も考えつつある程度字数が稼げたので今日はこの辺で。皆様風邪などひかぬようお気をつけください。

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2006年11月30日 (木)

布団の中でのぼやき

今携帯から更新ってのに挑戦してます。布団の中から。なんというかもうだるくて布団から出られんのです。

ちなみに今日の起床予定時間は11時。どんだけのびのびなんだよ。

やりたい事はいっぱいあるけど、布団の中にいるとそれらの雑事と向き合うのがやんなってきて、ついうだうだしてしまうんです。もうダメ人間の極致っていうか。

早く起きるためには早く寝るってだけの事がなぜもっとすっと出来んのか。ほんとに自分が嫌になる。

こんな風に時間を無駄にしつる場合じゃないってのは分かってるつもりなんですが、どうも体がゆうこときかない。

もうこの年からこんなババアみたいな事言ってたら駄目ですよね。若い内はもっと生きてるのが楽しくて仕方がない、みたいな感じでガバっと起き上がらないとさー。

ああもう、そろそろ起きます。でもこの時間に起きるとちょっとボーっとしてたらすぐ外真っ暗なんですよね…。またやる気が失せてきた。いかんいかん。よし、起きるぞー。

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2006年11月16日 (木)

やる気が起きん

まあ私は高卒認定試験を明後日に控えた身な訳ですが、どうもやる気が起きません。

というのも、前回8月に受けた時は10時50分から4科目ぶっ続けが二日連続というのと、小学4年で学校に行かなくなって以来の試験ということでそれなりに緊張感があったのですが、今回は二日間で二科目だけだし、開始時間も遅いし、なんか気合が入らない。

やっぱり1回経験すると慣れってのが出てきて、場所も分かってるし、私が意外や意外、試験好きだったことも分かり(全然緊張しないのです)、もう元来無精者の私は気が抜けきってしまう。今も頭がボーっとして何もやる気がしない。

でもこんな風に気が抜けてる時こそ危険なんですよね。忘れ物とか遅刻とか。試験に向かってもう少し気合を入れたい所ですが、どうもシャキッとしない私です。

また試験が終わったら更新します。ああもう早く終わらせたい。

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2006年11月 3日 (金)

見下げ果てた文

なんもやる気が起きない。やる気が起きないからこうやって画面に向かって文字を打っているわけだけど、ただ虚無的思考が頭の中を駆け巡るばかりで、何も書くことなど思いつかない。そんな状態でもこうやって書いているのだから、この場所も私の中でそれなりに定着しつつあるという事だろう。

さて、ほんとに何を書いたものだろうか。私はものを書くことは好きだけど、こんな時自分の感情をうまく文に乗せて表現するという術は持たない。ただ焦燥感だけが募り、なんらの行動も起こせない。こんな風に今書いていること自体無駄と言える。

私はもう様々な事に対して「何故」という問いを投げかける気力も無い。無駄と思うなら何故書いてるのかとか、何故生きてるのかとか、何故死なないのかとか、何故私が今こんな状態に陥っているのかとか。んな事はどうでもいい。というかこんな問いは愚問だ。

何故なら…とここまで書いてまた何も浮かばなくなった。こんな時無理に捻り出して書く文なんて、きっとなんの価値も無いのだろう。自分の思いを思うままに書き散らした文。それに価値があるのだ。でもなんも浮かばない。もうこれはあれです、私の中身がなんも無いということに他ならないのではないかと。

強いて言やあ、眠いとか寒いとか。そんなことしか。っつーか、最近ほんと寒くなりましたね。もうコタツの季節かな、なんて思っとりますよー、あはは。全然楽しくない。ただひたすらに気分が悪い。何がどうだからとかそんなんじゃない。慢性的な疲弊。

こんな退廃的なテンションに酔ってみたところで、何にもならん事はよく分かってるし、こんな恥の上塗りみたいな文章をせっせと書いている自分がいかに小物じみてるかもよく分かってる。でもどうにもならんのです。分かっててもね。

でも別に平気です。今日はほんのちょっと気分が落ちてるだけ。はっきりした原因が無い所がちょっとめんどくさいですが。よくあるんですよ、大した原因も無いのにいきなり誰かに突き落されたみたいにテンションが下がる事。今リッツでむせました。もうほんといやになるわ。

まあなんか憐れな奴だと思って、文章のめちゃくちゃさは目をつぶってください。こんなまとまりないのもそうないと思うんで。たまにはこんなんがあってもいいじゃんか、ということで、そろそろテンションを日常モードに戻して、いや別に人為的に落ちてたわけではないですが、今日はまあ何とか戻せそうかな、と。

結局なんらの中身もない文と成り果てました。ごめんなさい。でもこうやって更新してたら中にははずれの文だってそりゃあありますよ。だからこれからも見捨てないで読んでね、って誰に言ってんだ。

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2006年10月26日 (木)

投げ遣りな日記

前置きなんてまどろっこしいものは私のブログには必要ないのだー。なんて、思いつかないという事を巧妙にカバーした前置きをしつつ、今日はこのブログがあまりにも愚痴の割合が高くなってきた事を考慮し、たまには普通の話題で書いてやろうじゃねえか、ということで意気揚々と書き出したところでございます。

愚痴以外、愚痴以外でしょ、えーっと、えーと、えーと…。あはは。思いつきません。そんなお約束をかましている場合じゃない。本当に思いつかないじゃないか。じゃあなにか、あんたの頭の中は愚痴でできてんのか、と聞きたくなるような体たらくです。えーい、でも私は諦めませんよ。

そうだ、風邪薬ってのは何で効かないくせにあんなえらそうに宣伝してるんでしょうね。そりゃあ私だってきれいサッパリ風邪がその日から治るなんて事は期待してないですよ。でもそれにしたって緩和すらされてるのか疑わしいぐらいの効かなさ。でもかといって飲まなかったらもっとひどかったんじゃないか、とか言う考え方が出来てしまう所がたちが悪い。効かなかったということを証明する手だてがないんですもの。

えーっと、今テレビでぼったくり水道修理をやってます。ひっかかりたくないものですよねー。えーと、えーっと、ちょっと待ってくださいね。……ごめんなさい。もう無理です。何も書けない。何も思いつかない。わーん、泣いてなんかないもん。

というか、つくづく思うのが、何で私はこんなタイミングでブログを始めたのかと。正直考えうる非日常はすべて済んでしまっている。7月に約7年半通っていた場所をやめ、8月に高卒認定試験を受け、同月両親の実家に帰省し、9月には失恋。ネタの宝庫ではないか。

今待っている事と言えば、8月と同じ試験会場でなんの驚きも感動もない試験と、それに向かってしなければならない、したくもない数学と生物に向き合う日々。ネタもクソもあるかって思いません?思いますよね。うん、絶対思うはずです。

だから私のブログのクオリティが下がるのは仕方がないことなんです。同情の余地がありまくりなんです。寛大な処置を希望します。あなたの山よりも高く海よりも広い神憑り的なお心でもって…ああもうめんどくさくなってきた。

もう締めなんか真剣に考えてられるか、ってことで今日はこの辺で。こんな文章でも更新に時間を取られる自分に
辟易。今日も一日が終わる。

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2006年10月15日 (日)

気力を削ぐ言葉

今日例によって考えが煮詰まり鬱に陥り、無意識的に発した言葉。

「しょうがないよー、もう私は楽しく生きていくのは無理っ」

言った瞬間しまったと思いましたねー。そりゃあ分かってるよ。そうだろうね。でもそれを口に出しちゃったらさー。
もうほんと嫌んなる。今日も気が滅入る一日でした。おわり。

それと斜線の位置と文字の色を少し変えてみました。別に言わなくてもいいのかもしれないけど、一応。

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2006年10月13日 (金)

食べ物を捨てる人達

ネタがない。分かりきって始めたとはいえ、困るものは困る。まだ始めたばっかりなのに。やっぱ難しいね、ブログは。

結局今日も数学をやりませんでした。はー、大変です。試験に間に合わないよもう。とか言っておきながら急がない私。いつもそうなんですよね。電車とかでももう間に合わないなあ、と思いながらいつもと同じペースで歩いて普通に乗り遅れる。いつも心の中で走れよ!ってつっこんでるんですけど。

ってゆうかもうだめですね、ここで何か書こうと思っても、陰気な事しか出てこない。生きていくのが辛いとか、自分の欠陥についてとか、お腹がすいたとか、眠いとか。

最近夜更かしが過ぎるので生活リズムを戻そうと思ってるんですが、一回なると悪循環。遅く起きると寝るのも遅くなる。当然の結果。大体4時か5時ぐらいに寝て、14時か15時ぐらいに起きるって感じでしょうか。色んな人に怒られそう。まあこれでも一時期に比べたらまだ普通な方です。起きたらもう外が暗かったとか、、完全に朝日が昇ってから寝るとか、そういった事は最近ないからね。今のところまだ昼夜逆転の一歩手前って感じです。

そんな生活を漫然と生きてると、こんなとこで一日2食きっちり食べて、充足しきって、平和にかまけて、生きてる自分ってなんなんだ、とかちょっと思いますね。一歩外にでれば、空爆されてて、地雷原に住んでて、飢餓で苦しんでて、日本では助かるような病気で死んでて。そんな中たまたま衣食住保障されて、今のところは平和なこの国で生きてる私。うーん。考えてしまう。

だから私はせめて食べ物は捨てないようにしようって思うんだよね。日本は食べ物を捨てるって事をなんとも思わないような人間が多すぎる。日本は全体の食料の40%を捨てている。こんな事があっていいのか。自給率も低いくせに、ただ無限にあると信じて疑わない。当たり前だと思っている。

やっぱり食べるって事は人間の基本だと思うんですよ。もちろん病気などで点滴から栄養を取ってる人や、その他いろいろな事情で食べられる状態でない人もいる。でも、それでもやっぱり基本であることに変わりはない。それを軽視して、食べ物を捨てまくる人々ってのはどうも気に入らない。

どこにでも十分な量があるわけじゃない。たまたま恵まれていただけの話。外には飢餓で苦しんでいる人がいて、国内にだって食うや食わずの人がいる。食べ物を捨てるという行為は私から見ると最高に下品な行為だと思う。傍から見ればご飯粒一つ残さずがっついてる私のほうが下品なのかもしれないけど、だけど、限りあるもの、生きていくのに欠かせない食べ物を何のためらいなく捨てるっていうのは下品だ。絶対。


何でこんな話になったんだっけ。思いのほか書けましたね、今日は。まあ私の生活リズムの話なんかは誰が見て楽しいと思うのか、という疑問はありますが、あえて消さずにそのまま公開します。どうせその内ボロは出る。私という人間がつまらないという事はもうどうしようもない。

それはそうと、そろそろ手抜きの更新も覚えないときついかも。さらっと書ける短文を考えよう。うん、そうしよう。

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2006年10月10日 (火)

高卒認定試験

どうも。なんと今日はそれほど落ちてません。そんなにいつも鬱鬱言ってる訳じゃないですよー。

で、今日も一日家にいたわけですが、やっぱり外的要因無しに自分の脳内だけでネタを捻り出して書く、ということは想像以上に難しい。というのも、私は今高卒認定試験を控えた身なのです。勉強しなければならん訳です。そうするとほら、本を読んだり映画を見たりと見聞を広めるって事ができなくなってくる。そうするともとから少ない外的要因に更に出会えなくなってくる。

なんて、んなこと言いながら勉強してるかって言ったらそうでもない、っていうか私一人だったら試験は8月と11月の年2回、正直勉強って気分じゃないし来年にしよっかな、とすら思う。しかし、やっぱり日本は肩書きってのが大事らしく、今まで不登校児だったこともあって、周りが皆高卒資格を求めるんですよ、これが。ああプレッシャー。私に言わせれば高卒資格ぐらいなんだってんだ、ってなもんですが、世間一般が求めるものには従っておいた方が楽なのもまた事実。勉強する気になんてとてもならない自分に鞭打って数学に精を出さなきゃならない。はー、結構追い詰められます。

で、勉強ができないなら適当にやりたいことをやればいいものを、勉強しなきゃなあ、という後ろめたさからそういった普段の娯楽にふける事すらできず、無駄な時間を過ごしてしまい、その結果やっぱりブログのネタは生み出されない。あーあ。

そんな感じで11月の試験が終わるまではなんだか落ち着きません。それさえ終わればもっと本に映画に音楽に、と堪能できて、そうすれば論評などでもっと潤ったブログになると思うのですが。それまではネタを渇望しながら地味に続けていくしかないようです。なにか面白おかしいハプニングでも起こることを夢見つつ今日は終わりにします。

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